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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
五章 悪竜
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第八十七話


『あ、ああああああああああああ!』


絶叫するティアマトの体に亀裂が走る。


山脈の如き巨体が崩れ、壊れていく。


「やった…!」


身を包む重圧が消えたことを感じ取り、エーファは歓喜の声を上げる。


レギンの作戦が成功したのだ。


どれだけ強大だろうと、心臓が弱点であることは変わらない。


心臓を破壊されたティアマトは、もう肉体を維持できない。


「でも、レギンは…」


そう呟きながら空を見上げたリンデの傍に、黄金の槍が突き刺さる。


『俺はここだ』


「レギン!」


聞き慣れた声を聞き、リンデはその槍に触れた。


魔力流出の要領で槍に自身の魔力を浴びせる。


リンデから与えられる魔力を吸収し、槍は段々とレギンの姿へと戻っていく。


「…気配を隠す為とは言え、人間体すら保てない程に魔力を削るなんて、無茶をするね」


呆れたような感心したような複雑な顔でジークフリートは言った。


レギン自身も言っていたように、分の悪い賭けだった。


勝算など殆ど無い。


途中でティアマトに気付かれてしまえば、それまで。


黄金の槍と一体化したレギンの心臓は容易く潰されていただろう。


レギンはリンドブルムとの戦いの時に一度心臓を潰された状態から復活しているが、その奇跡がもう一度起きる根拠も無い。


命懸けの作戦だった。


「それくらいしなければ、勝てなかったさ」


「まあ、確かにね」


レギンの言葉にジークフリートは素直に頷く。


相手は千年以上生き続けた伝説のドラゴンだ。


実力的には完全に格上。


それを覆す為には命の一つや二つ、覚悟する必要があった。


「…ところで、君はまだ記憶を取り戻したいと思っているのかい?」


「何?」


唐突なジークフリートの発言にレギンは訝し気な顔を浮かべる。


「いや、ティアマトに対して、自分の記憶について訊ねなかったからさ」


そもそも、レギンが六天竜に拘るのは彼らが記憶の手掛かりであるからだ。


以前の自分を知っていると思われる者。


ティアマトはその絶好の相手であった筈。


にも拘わらず、レギンはむしろそれを否定していた。


ティアマトの語る『以前のレギン』を否定し、今の自分の意思を通した。


「もう諦めたのかなって」


「…諦めた訳じゃねえよ」


どこか嬉しそうに言うジークフリートに、レギンは不機嫌そうに答える。


「ただ、前の俺が本当の俺だからと言って、今の俺が偽者って訳でもねえんだよ」


レギンは自身の手を眺め、そう呟く。


失った記憶を求める一方で、今の自分を否定しない。


元々は空っぽだったレギンだが、今は多くの物で満たされている。


あの森でリンデと出会ってからこれまでの記憶は、決して偽者では無い。


だからこそ、記憶を失う前の自身とは違うと言われても、自分の意思を曲げなかった。


「それは…」


ジークフリートが何か答えようとした時、音が聞こえた。


崩壊したティアマトの残骸。


その中から、一つの影が現れる。


「…ティアマト」


レギンは思わず呟いた。


それはティアマトだった。


最初に人間体のふりをしていた時よりも小さい。


今にも崩れ落ちそうな肉体を辛うじて繋ぎ止め、ティアマトはゆっくりとレギンに近付く。


『………』


既にその身体は致命傷を負っていた。


レギンに砕かれ、僅かに残った心臓の欠片が今のティアマトの全てだ。


それさえも、あと数分で完全に砕け散るだろう。


『ファフ、ニール…』


ティアマトは自身の寿命を縮めることも構わず、手を伸ばす。


『どうか…どうか、お願いです。わ、私を…』


今にも泣きそうな声で、ティアマトは懇願する。


どうか最期に自分のことを思い出してほしいと。


あの光を、あの希望を、無かったことにはしたくないと。


この方に忘れられることは、命を失うことよりも恐ろしいから。


『―――』


そうだ。ティアマトは怖かった。


ファフニールと出会うことが怖かった。


記憶を失ったと言うファフニールが、自身を目にしても記憶を取り戻さないことを恐れたのだ。


それは、あの記憶がファフニールにとっては何の意味も無いことであるように思えて。


自身の全てを否定されるようで、何よりも怖かったのだ。


「…ッ」


レギンは悔し気に歯を噛み締めた。


死にゆくティアマトに対し、レギンは口にする言葉を持たない。


何故ならレギンはティアマトのことを何も覚えていないから。


ティアマトの求める言葉を告げられるのは、今のレギンでは無いから。


『ファフニール…』


最期の力を振り絞り、ティアマトは呟く。


伸ばされた手を、レギンは悲し気に見つめる。


「いやぁ、女の情念ってやつはいつ見ても見苦しいねェ」


その時、どこからか悪意に満ちた声が聞こえた。


驚く間もなく、ティアマトの胸を何かが貫く。


『き、さま…!』


「この時を。この瞬間を! 待っていたぜ、十三年前から!」


それは、フード付きの黒ポンチョを羽織った男だった。


体格は人間とそう変わらないが、フードから覗く皮膚は鱗に覆われ、服の隙間から地面を引き摺る尾も伸びている。


服で隠された肉体は半人半竜。


翼を持たず、歪な形をしたドラゴン。


「み、ミーメ…?」


それを目にしたリンデは思わずその名を呼んだ。


以前王都で出会った奇妙な雰囲気の男。


ドラゴンでありながら、六天竜であるティアマトに逆らう風変わりなドラゴン。


ザッハーク(・・・・・)…!』


「…え?」


憎々し気に叫ぶティアマトの言葉に、その場の空気が凍り付く。


その名は、確か…


「キキキ…キヒヒヒヒヒヒ!」


悪辣に嗤うその顔は、エーファの脳裏に刻まれた物と何一つ変わらない。


黒ポンチョを突き破り、中から二本の首が顔を出す。


それは異形だった。


下半身は人間と変わらないのに、上半身は竜体。


竜の形をした頭部を持ち、その両肩からも同じ物が二本生えている。


「俺ァ、ザッハーク。『泥土』のザッハーク…」


三つの首に、同じ紋様が浮かび上がる。


「ティアマトと同じ、六天竜・・・だ」

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