第八十三話
パラパラと衝撃で舞い上がった土埃が落ちる。
先程までティアマトが立っていた場所には、大きなクレーターが出来ていた。
「…凄まじい威力だな。普通剣でこんな風に地面が抉れるか?」
クレーターの中心に立つジークフリートを見ながらレギンは呟く。
その手に握られた魔剣は未だ燃え続けている。
竜爪系の滅竜術はフライハイトと戦った時に見ていたが、ジークフリートのそれは別格。
炎を纏う、と言うよりは膨大な魔力を常に爆発させているような感じだ。
直撃を受けたティアマトは跡形も残っていない。
「終わったの、かしら?」
「………」
エーファの問いには答えず、ジークフリートは険しい表情で地面を睨む。
その視線の先で、大地が泡立った。
まるで水中から巨大な怪物が顔を出すように、地面が隆起する。
「『魔竜剣・参式』」
それが姿を現すより速く、ジークフリートは魔剣の突きを放つ。
炎を纏った一撃が再び地面を大きく抉り取った。
『感付かれたか』
ジークフリートの魔剣を水銀の髪で受け止めながら現れたのは、倒した筈のティアマト。
「な、何で…」
それを見てリンデは驚愕の声を上げる。
仕留めたティアマトが生きていたから、ではない。
『不意打ちで仕留めておけば、楽だったのだがな』
『虫けらの分際で、小賢しいことだ』
言葉と共に次々と地面から新たに出現するティアマト。
その数は一体だけでは無い。
『まあいい。どのみち早いか遅いかの違いだ。結果は変わらん』
全く同じ姿形を持ったティアマトが、四体。
レギン達に合わせるように分身したティアマト達は、無機質な眼でレギン達を見ていた。
「数が、増えている…?」
「分裂したってこと?」
一体だけでも厄介だったのに、その数が四体に増えている。
目の前の光景に困惑したようにレギンとエーファは呟いた。
「と言うより、最初から複数居たってことかな」
ジークフリートがそれを眺めながら言う。
「俺が蒸発させたアレも、分裂した内の一体だったってこと」
「…なるほど」
レギンはティアマト達の足下を見る。
全員その足は地面に溶けるように沈んでいた。
一見複数に見えるが、ティアマトはあれで一つなのだ。
全ての個体が地面の下を流れる水銀で繋がっている。
本体以外のティアマトは、髪を変化させた触手と何も変わらない。
「…どれが本体か、分かるか?」
「さあね。あれだけ自由自在に動いているのだから、近くに心臓がある筈だけど」
新たに現れた四体の中の誰かが心臓を隠し持っているのか。
それとも、未だ別の個体が居て、地中に身を隠しているのだろうか。
『形成』
ティアマトは静かに口を開く。
ボコボコと蠢く水銀が周囲に広がり、やがてレギン達を囲むように巨大な格子へと変化する。
夥しい数の棘に覆われたそれは檻だ。
何者も通さない冷たい銀色の檻。
『誰一人として逃がしはしない…!』
「チッ!」
黄金の剣を片手にレギンは舌打ちをする。
周囲を完全に取り囲まれた。
前後左右、それに加えて地の下にも意識を向けなければならない状況で、これは最悪だ。
辺りの空間全てがティアマトの支配領域。
場の全てを覆い尽くす程の魔力。
コレが六天竜でも上位に位置するティアマトの力。
「『魔竜剣・弐式』」
襲い掛かる水銀の触手を振り払うべく、ジークフリートは魔剣を振るう。
だが、それでも防げるのは四本まで。
数を増し、攻撃が激化したティアマトの全てを防げる訳では無い。
「再生が速すぎる! ダメージは与えている筈なのに…!」
水銀の触手を躱しながら、エーファは叫ぶ。
心臓を破壊されない限り肉体を再生できるのがドラゴンだが、それにも限度がある。
失った部位を再生する際にも魔力を使用する以上、大きな怪我を負えば消耗する筈なのだ。
それなのに、ティアマトの再生力は衰えることが無い。
むしろ、段々と再生速度が上がってきているような気さえする。
ジークフリートとレギンの攻撃で、既に何度かティアマトの分身体を倒している筈なのに。
(…人間体?)
レギンはふと疑問を抱いた。
そう、ティアマトはずっと人間体のままなのだ。
確実にこちらを敵と認識し、全力で攻撃しているにも関わらず、竜体にならない。
ドラゴンにとって人間体であることは基本的に不利にしか働かない。
肉体面積を小さくすることで魔力消耗を抑えることは出来るが、それも膨大な魔力を持つティアマトにとっては気にすることでも無いだろう。
人間に紛れる為、と言う理由も言うまでもない。
そもそもティアマトは人間体になるメリットが殆ど無いのだ。
(分裂。再生力………コイツ、まさか)
何かに気付いたレギンが声を上げようとした時、地面が大きく揺れた。
「な…」
「コレって…!」
ボコボコとレギン達の立っている地面が波打つ。
地面から現れるのは無数の棘。
レギン達を貫き、命を絶つ処刑の刃。
その範囲は、檻に囲まれた領域全て。
「…ッ!」
銀の檻は、レギン達を閉じ込める為の物では無かった。
レギン達の行動範囲を狭めて、最初からこの攻撃を当てる為の準備だったのだ。
咄嗟のことでレギン達の回避は間に合わない。
銀の棘が、レギン達の血肉を抉る。
「滅竜術『竜翼』」
その直前、レギン達の体が宙に浮かび上がった。
銀の棘は目標を失い、空しく虚空を貫く。
レギン達の背には、青い翼が生えていた。
「ま、間に合った!」
リンデは息を荒げながらそう言った。
「まさか、魔力を飛ばして全員分の翼を…?」
エーファは驚いたように呟く。
元々魔力消耗が激しい竜翼を四人分。
ドラゴンスレイヤーでも難しい行為だが、無尽の魔力を持つリンデだからこそ可能なことだ。
「…ようやく、私も役に立つことが出来ました」
少しだけ苦しそうな顔で、リンデは笑みを浮かべた。




