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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
五章 悪竜
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第八十一話


邪竜ファフニールはよく災害に例えられる。


人の身では抗うことすら出来ない力もそうだが、その行動には規則性があった。


姿を見せるのは約百年に一度だけ。


まるで嵐や津波のように出現し、その場にある物を全て破壊し尽くす。


それが都市だろうと、国だろうと、関係ない。


ファフニールが破壊すると決めた場所は、何一つ残らないのだ。


トラオア城跡もその内の一つ。


二百年ほど前にファフニールに狙われたこの地は、一夜で滅んだ。


生きとし生ける者は虐殺され、地形が変わる程に破壊の限りを尽くされた。


「着いたよ」


およそ文明と呼べる物が存在しなくなった土地にて、ジークフリートは呟く。


地面から噴き出す瘴気がジークフリートの髪を撫でる。


常人なら数分呼吸をするだけで死に絶える毒の風。


穢れた土地に足を踏み入れながら、ジークフリートは遠くを睨む。


「ここが、トラオア城跡」


「…リンデ、そこ気を付けて」


荒れ果てた大地を見つめるリンデに、エーファは注意を飛ばす。


リンデの足下から瘴気が噴き上がっていた。


「私達なら大丈夫だとは思うけど、念の為にあんまり吸わない方が良いわ」


ドラゴン並みの魔力を保有するドラゴンスレイヤーなら、魔力に対してもある程度耐性を持つ。


それでも無害と言う筈もないので、出来る限り吸わない方が良いだろう。


「そうだね。レギンはともかく、俺達が長時間ここに居るのは危険だな」


ちらり、とレギンの様子を見てからジークフリートは言った。


「ふん」


レギンは周囲を見渡して鼻を鳴らす。


ドラゴンであるレギンにとっては、瘴気など何の問題も無い。


むしろ、魔力に満ちたこの土地では普段よりも調子が良いくらいだ。


「レギン。ティアマトの気配は感じるかい?」


「………」


ジークフリートに言われ、レギンは集中するように瞼を閉じた。


ティアマトは自身の気配を隠そうともしていない。


その膨大な魔力と威圧するような気配は確かに感じ取れた。


「…妙な気配だ」


レギンは瞼を開き、ジークフリートを見る。


「周囲一帯、地面にまでティアマトの魔力が染み付いてやがる」


力が強大過ぎて距離すら掴めない。


目に映る全ての物に魔力を感じる。


まるで、ティアマトの腹の中にいるような感覚だ。


「あれ…?」


「どうしたの、リンデ?」


聞こえた声にレギンは声の方を向く。


そこではリンデは膝をつき、地面に手を当てていた。


近くではエーファが不思議そうに見つめている。


「今、地面の下で何か動いたような…」


「ッ! リンデ、その場から離れろ!」


「え…?」


慌てて叫ぶレギンの声に、リンデは首を傾げた。


次の瞬間、リンデのしゃがみ込んでいる地面が泡立った。


地面が隆起し、銀色の何かが飛び出す。


「『バルムンク』」


リンデの胴体を狙った一撃は、咄嗟に間に入ったジークフリートによって防がれた。


抜き放たれた竜骨の魔剣と水銀の触手が衝突する。


「ジークフリートさん…!」


「大丈夫? 怪我は無い?」


「は、はい…」


リンデの無事を確認してから、ジークフリートは魔剣を握る腕に魔力を込めた。


「滅竜術『竜爪クリンゲ』」


腕の筋力を上昇させる滅竜術。


初歩的な滅竜術であっても、六天竜並みの魔力を持つジークフリートが使えば効果は段違いとなる。


ジークフリートは水銀の触手を押し返し、一太刀で斬り払った。


『ほう…』


どこかから感心するような声が聞こえた。


斬り飛ばされた水銀が集まり、人型を作る。


一見、美しい女のようにも見える水銀の塊。


金属のように光沢のある長い髪を揺らしながら、女はジークフリートを見た。


『私の体を斬るか、少しはやるようだ』


「君がティアマトかい?」


『如何にも』


ぐにゃぐにゃと流動的な体を動かし、ティアマトは肯定した。


自身の体を斬って見せたジークフリートに少しだけ興味深そうな視線を向けた後、すぐにその眼を別の方へ向ける。


ティアマトがジークフリートに感じた興味などその程度だ。


どれほどの実力を持っていようと、ティアマトは人間に関心など持たない。


地を這う虫如きよりも、ティアマトにとっては重要な存在がそこには居る。


『黄金竜ファフニール。お戻りになられましたか』


「………」


歓喜を隠そうともせずに告げるティアマトに、レギンは苦い表情を浮かべた。


「俺はレギンだ。それに悪いが、お前のことも覚えちゃいない」


『…ええ、存じておりますとも。しかし貴方はここへ戻った…! 我々六天竜の下へ!』


ボコボコとティアマトの体が泡立つ。


その興奮を表すように、大地が揺れる。


『歓迎の準備は出来ていないが、まずは掃除と行こうか。我々の再会を祝すには、この場に目障りなゴミが多過ぎる』


「ッ…!」


ティアマトの殺意がジークフリート達に向けられた。


同時に、地面から次々と水銀の触手が伸びる。


レギン以外は一切不要だ。


全て殺す。


「ゴミ、とは言ってくれるね…!」


ジークフリートはティアマトを見つめながら、不敵な笑みを浮かべる。


塵を払うように迫る水銀の触手を前に、ジークフリートは魔剣を構えた。


「フッ!」


魔力で足を強化し、一気に距離を詰める。


「『魔竜剣・壱式』」


足を止めず、走り抜けるように魔剣を振るうジークフリート。


それは滅竜術では無く、純粋な武術。


魔剣を手にしてから磨き上げたジークフリート自身の剣技だ。


横薙ぎに振るわれた一閃はティアマトの胴体を捉え、一刀の下に両断した。


「やった…!」


「いや…」


歓声を上げるリンデに、レギンは苦い顔で呟く。


宙を舞うティアマトの眼が、ジークフリートを見た。


『…ゴミをゴミと呼んで何が悪い?』


斬り飛ばされたティアマトの体が形を失い、水銀となる。


人の形をしていようが、ティアマトはドラゴンだ。


心臓を破壊されない限りは、何度でも再生できる。


『殺せ』


流動体となった水銀が触手となり、四方からジークフリートへ襲い掛かった。


「『魔竜剣・弐式』」


それを見てジークフリートは再び剣を振るう。


今度は壱式よりも威力は弱いが、素早い斬撃を四方に四撃。


ジークフリートを狙った水銀の触手は残らず捉え、攻撃を防いだ。


「心臓を貫けば…!」


ティアマトの意識がジークフリートに向いている隙を突き、エーファは無数のスティレットを投擲する。


黒塗りのスティレットはティアマトの心臓を狙い、全て左胸に命中した。


『…何かしたか?』


しかし、ティアマトの心臓には届かない。


ドロドロとしたティアマトの肉体は、突き刺さったスティレットを沼のように取り込む。


「刃が心臓に届いていない…!」


「…これなら、どうだ!」


エーファを押し退けてレギンは前に出た。


その口内に光が収束し、解き放たれる。


「『ブレス』」


放たれるのは黄金の光。


ティアマトの記憶にある物と同じ力。


正面からそれを浴びたティアマトは、口元に笑みを浮かべる。


『この力…やはり、やはり! 貴方はファフニールだ! 貴方自身が否定しようと真実は変わらない!』


例えレギン自身が否定しようとも関係ない。


それはティアマトにとっての光。


自身の全てと言っても過言ではない希望そのもの。


『僭越ながらこの私が、このティアマトが! 全てを思い出させてあげましょう!』

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