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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
四章 追憶
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第七十三話


「ああ、もう! 視界が最悪ね!」


霧に包まれていく王都をエーファは全力で駆ける。


レギンの姿は既に無く、気配だけを頼りに追っている状況だ。


その気配さえも、周囲の霧に紛れて分かり辛くなっている。


(この霧全てからドラゴンの気配を感じる…! まさか、王都を襲って来るなんて)


今の所、住人に被害は出ていないようだが、安心することは出来ない。


ドラゴンの生み出した霧が、人間にどんな影響を及ぼすか分からない。


「…あ、いた!」


霧を掻き分けながら進むエーファは、ようやくレギンに追い付いた。


「レギン! あの子はどこに…」


「チッ、遅かったか」


声をかけるエーファにレギンは忌々しそうに呟く。


その視線の先には、地面に僅かに残された血痕がある。


「リンデの血…? まさか、あの子は…!」


「…いや」


青褪めるエーファの予想を否定するようにレギンは首を振った。


地面に残った血痕は本当に僅かだ。


指先を傷付けられた程度。


命に関わる傷では無い。


そして、無傷で捕らえることも出来たにも関わらず、リンデにわざわざ手傷を負わせた理由は。


「俺を誘き出す為、か」


「話が早くて助かります。流石はファフニール様」


レギンの前で霧が収束し、女の形を取った。


死装束を思わせる白い服を纏った、幽霊のように青白い女。


媚びるような笑みを浮かべ、レギンを見ている。


「私はネーベルと申します。この度は、ティアマト様の命令で参りました」


「…ティアマト?」


「あなた様と同じ、六天竜でございます………どうやら、記憶喪失と言うのは本当のようで」


慇懃な態度を取りながらも、ネーベルは観察するようにレギンの顔を眺める。


「つきましては、あなた様の悩みに手を貸す為に…」


「御託は良い。リンデはどこだ?」


レギンは右手に黄金の剣を握りながら告げた。


「あの娘の何がそんなに重要なのですか? 人間にしては魔力を多く感じましたが、その程度。それとも何か他に価値が…」


そう言った瞬間、ネーベルの顔は跡形も無く消し飛んだ。


投擲された黄金の剣は、ネーベルの頭部を完全に破壊して、地面に突き刺さる。


「御託は良い、と言った筈だが?」


「………」


霧散したネーベルの顔が再び集まり、元の形に戻る。


ネーベルの属性は『霧』


形を持たず、霧散して広がる不定形。


霧は傷付けることも壊すことも出来ない。


「私の『霧』はあらゆる物を透過する。剣だろうと弓だろうと私に触れることは出来ませんよ」


「ふん。それはお前も同じだろう」


レギンは周囲を覆い尽くす霧を眺め、吐き捨てる。


「この状態である限り、お前も攻撃することは出来ない。相手に触れられないと言うことは、自分も触れられないと言うことだ」


「それはまあ、その通りですよ。しかし、私の目的はあなたを殺すことでは無いので」


「殺すことでは無い?」


ネーベルの発言にエーファは訝し気な顔をした。


わざわざリンデを拉致してまで、レギンの前に現れた理由が分からないのだろう。


「…言ったでしょう? 私はあなたの悩みに手を貸しに来た、と」


ニヤリと笑みを浮かべて、ネーベルは言う。


慇懃な態度が崩れ、悪辣な本性が浮かび出ていた。


「さあ、惑いなさい。この『迷霧の森』を」


「ッ!」


レギンは眩暈を覚え、思わず顔に手を当てた。


意識が霞む。


霧が深く、視界が暗い。


何かを忘れていくような、何かを思い出すような。


頭の中を誰かに引っ掻き回されるような悍ましい感覚だった。


「…何を、した…」


「忘れていたことを思い出させてあげるだけよ」


ネーベルは笑いながら答えた。


「私の霧は、生物の記憶に干渉する。忘れてしまった記憶。忘れたかった記憶。その全てを暴き立て、引き摺り出す!」


残忍な笑みを浮かべながらネーベルは言う。


霧の向こうから多くの悲鳴が聞こえた。


それは、この霧によって記憶を引き摺り出された者達の声だ。


「逆に幸福な記憶を忘れさせることも出来るわ。あはは! 全ての幸福の記憶を奪って、不幸な記憶ばかり思い出した人間って、どんな顔をするか知ってる? あははははは!」


「お前…!」


「あなたの場合は、人間と過ごした今までの記憶を消し、ファフニールとしての記憶だけを思い出させてあげるわ」


「…ッ!」


阻止しようとレギンは動くが、既にネーベルは霧の中に姿を消していた。


深い霧の中、ネーベルの笑い声だけが聞こえる。


「全て忘れたあなたが! 今まで親しくしていた人間の肉を食む光景を見るのを楽しみしているわ! あっははははは!」


「…そこか!」


声を頼りにレギンは地面を駆ける。


視界を塞ぐ霧を振り払うように、黄金の剣を振るった。


「何…?」


霧が掻き消え、現れた光景にレギンは声を上げる。


そこに在ったのは、変わり果てた王都の姿だった。


燃え盛る建物、地に転がる無数の焼死体。


空には黒い煙が上がり、辛うじて生き残った者達は悲鳴を上げる。


阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


「何だ…? 一体、いつの間に…」


王都に霧が発生してからまだ一時間も経っていない。


そんな短時間に、王都をここまで破壊できる筈が無い。


『邪竜だ! また邪竜が来たぞー!』


『に、逃げろ! 早く!』


どこからかそんな声が聞こえてきた。


重傷を負った人間さえも、怯えた表情で空を見上げている。


「邪竜だと?………まさか」


レギンは今、目にしている物の正体に気付く。


コレは現実では無い。


ネーベルの霧によって具現化されたレギンの記憶だ。


邪竜襲来。


二十年前と十三年前に王都で起きた虐殺。


レギンはそれを思い出しながら、黒く染まった空を見上げた。


「―――」


暗い空の中でも輝く黄金の鱗。


鱗に浮かび上がる赤い不気味な紋様。


空を覆い尽くすように大きく翼を広げたそれは、


「アレは…」


レギンと全く同じ姿をした、黄金のドラゴンだった。

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