第七話
「あんな蜥蜴如きに負ける俺では無いが…」
黄金の槍を弄びながら、レギンは困ったように空を見上げる。
そこには、ワイバーンが翼を動かして飛んでいた。
飛べる、と言うことはそれだけで十分脅威と成り得る。
地を這うだけのワームなら人間にも容易く殺せるだろうが、翼を持つワイバーンはそうはいかない。
あのワイバーンを殺すなら、レギンも本来の姿に戻る必要があるだろう。
だが、そうなるとまた別の問題が…
「レギン!」
「おお?」
考え込んでいたレギンの横に、息を切らせながらリンデが現れた。
「丁度いい所に来た。出番だぞ、騎士様」
その背をトン、と押して前に突き出すレギン。
空に浮かぶワイバーンを目撃し、リンデの肩がビクッと跳ねた。
「なっ! 何でワイバーンがここに!」
「そこらに散らばっている山賊共が間違って呼び出した。このままだと村の人間も含めて、全員アイツのフルコースだ。以上」
良いからさっさと退治しろ、と言う態度のレギン。
状況が分からず、混乱するリンデ。
『………』
そんな中、相変わらずレギンを睨んでいたワイバーンは、その口を開いた。
カッとワイバーンの口内が光を放った。
「あ…」
「…?」
瞬間、ワイバーンの口からブレスが放たれ、ぼんやりしていたレギンに直撃した。
真っ赤に燃える炎の中に呑み込まれるレギン。
それを目の前で見たリンデの顔が青褪める。
「れ、レギン! 大丈…」
「弱火」
「…え?」
燃え続ける炎の中から、恐ろしく低い声が聞こえた。
埃でも払うように腕で炎を薙ぎ払い、レギンはぎろりとワイバーンを睨んだ。
「良い度胸だ、このクソ蜥蜴! ぬるい息なんて浴びせやがって、俺はやられたら絶対にやり返す主義の男なんだよ!」
大してダメージは負っていないようだが、攻撃された事実が気に入らないようだ。
完全に頭に血が上ったレギンは、黄金の槍を握った右腕を大きく引く。
「くらえ!」
そして、ドラゴンの怪力でそれを思い切り投擲した。
砲弾のように打ち上げられた黄金の槍は、狙い狂わずワイバーンの脇腹を抉り飛ばす。
『ギギ、アアアアアアア!』
傷口から血を流し、ワイバーンが悲鳴を上げる。
やはり再生能力は持っていないようで、傷口が塞がる様子は無い。
予想外のダメージを負って恐怖を感じたのか、ワイバーンはレギンに背を向ける。
「あ。逃げるか、コイツ!」
そうはさせまい、とレギンの体がメキメキと音を立てて変化する。
「待って下さい! 今ここで元の姿に戻るのは…」
「じゃあ、誰がアイツを追う」
「ここは私が…!」
そう言ってリンデは瞼を閉じた。
身に宿る魔力を一点に集中させる。
イメージするのは人体には本来存在しない部位。
天空を舞う竜に対抗する為、人が生み出した術。
「滅竜術『竜翼』」
言葉と共に、リンデの背から青白く光る翼が出現した。
生物の翼と言うよりは、氷を削って作ったような無機質な印象を受ける一対の翼。
「お、おお? 翼を生やすことも出来たのか。器用な奴だな」
思わず怒りを忘れて目を丸くするレギンの前で、リンデは飛翔する。
その速度は、想像よりも速い。
足を強化した時以上ではないかと思う程だ。
普通の人間なら空中を飛ぶよりも、地上を走る方が慣れていそうだが、この辺りはセンスの違いだろう。
流星のように空を舞うリンデは、瞬く間にワイバーンの背に迫った。
『グ、グルルル!』
それに気付き、ワイバーンはリンデの方へ顔を向ける。
大きく開いた口から、ブレスが放たれた。
「フッ…!」
放たれた炎を前に、リンデは僅かに右に逸れることでそれを躱した。
直線的な高速移動なら躱せなかっただろうが、翼を持ったリンデはまるでドラゴンのように自由自在に天空を舞い踊る。
「隙あり、です!」
『ッ!』
ブレスが尽きた隙を狙い、リンデは手にした短剣を振るう。
空中でワイバーンの首が刎ね飛ばされ、その体が地上へと落ちていった。
「何となく滅竜術とは竜を真似た術だとは思っていたが、まさか飛べるとは思わなかったぞ」
地上へと戻ってきたリンデに、レギンは感心したように告げる。
珍しい物を見たことと、ワイバーンが死んだことで溜飲は下がったようだ。
「他にも何か面白い術は無いのか? ブレスを吐いたりは?」
「い、いえ、私が使える滅竜術はコレで全てです」
期待に目を輝かせるレギンを見て、リンデが苦笑を浮かべた。
「『竜鱗』『竜脚』『竜爪』そして『竜翼』…それが滅竜術の基本となる四種」
「基本…」
「そこから自己流にアレンジして、新たな滅竜術を編み出してやっと一人前なんです」
防御術。移動術。強化術。浮遊術。
確かにその四種は、ドラゴンと戦う上で基本となる手段だろう。
強力なブレスを防ぐには竜鱗を。強靭な鱗を破るには竜爪を。と言う感じに全てドラゴンと戦うことを想定した術だ。
「『ドラゴンスレイヤー』だ」
その時、ワイバーンが現れてから恐怖に震えていた傭兵達が呟いた。
「あの滅竜術。間違いねえ! あの女、王都のドラゴンスレイヤーだ!」
「それってドラゴンよりヤバいって言う化物じゃねえか! に、逃げろ!」
誰かがそう叫んだ瞬間、男達は一目散に逃げだした。
下手すれば、ワイバーンを見た時よりも顔を青褪めて、一人残らず走り出す。
一度も振り返ることなく逃げ去る男達の背を眺め、レギンは視線をリンデへと戻す。
「…あはは」
怯える男達に顔を引き攣らせながら、リンデは誤魔化すように笑っていた。