第六十八話
「があああああああ! 人間如きが!」
胴体に風穴を空けられたフェルスが叫ぶ。
ダメージを負ったことよりも、人間に手傷を負わされた事実に激高してファウストを睨んだ。
「…急所を外したか」
人体なら致命傷であっても、心臓を貫かなければドラゴンには掠り傷と変わらない。
「次は外さん」
「言っていろ! 雑魚が!」
冷静に構えを取るファウストを見て、フェルスも手を翳す。
「石よ! 岩塊よ! 雨となって降り注げ!」
フェルスの命令に従い、周囲に転がる瓦礫が浮かび上がる。
フェルスの属性は『岩塊』
石も岩も、最もこの世にありふれた物体だ。
道端の石ころから、巨大な岩石まで。
フェルスはその全てを支配する。
「七星拳…」
空から降り注ぐ石の雨を見て、ファウストは構えを変えた。
地面が割れる程に踏む締め、一息で跳躍する。
「『星群』」
フェルスが放つのが石の雨なら、ファウストのそれは流星の雨だった。
流れるように放たれる無数の蹴りは、降り注ぐ全ての雨を捉える。
「馬鹿な…馬鹿な! その程度の魔力で! 何故…!」
「魔力だけが力の全てを決める訳じゃねえってことだろうよ」
言葉と共にレギンは黄金の槍を投擲する。
空に気を取られていたフェルスはそれを躱せない。
黄金の槍は、真っ直ぐフェルスの心臓を狙った。
「ぐうう…!」
心臓を狙った一撃をフェルスは左腕を突き出すことで防ぐ。
黄金の槍に肉を抉られた痛みにフェルスは顔を歪めた。
「く、くそが…!」
「七星拳『連星』」
怯んだ隙を突くようにファウストは連撃を放つ。
連続する拳の一撃。
一撃受ける度に、フェルスの石の鱗に亀裂が走る。
「人間如きが…」
フェルスの顔が憤怒に染まった。
自身に傷を負わせた人間に対する怒り、防戦一方な自分自身に対する怒り。
「この俺を舐めるんじゃねえ!」
その怒りを表すように額にある第三の眼が赤く変色する。
「『ゴルゴネイオン』」
「ッ!」
赤く光るその眼を見て、ファウストは悪寒を感じた。
嫌な予感に従い、攻撃の手を止めて距離を取る。
「は、はははははは! もう、遅い!」
「何…」
勝ち誇る様に嗤うフェルス。
瞬間、ファウストの足が熱を失った。
「何だ、コレは…」
石だ。
ファウストの両足が石化している。
「コレが俺の能力『ゴルゴネイオン』…俺の眼を見た者は魂まで石となり、永遠に戻らない!」
「ファウスト…!」
レギンは思わずファウストの下へ駆け寄った
今はまだ爪先だけだが、石化は止まっていない。
爪先から体を上る様に、石化は広がっていた。
全身が完全に石となるまで、持って数分と言った所。
「リンデ! 俺の血を使えば石化は解けるのか…!」
「わ、分かりません…! その性質が分からないことには、王都の薬を使っても解呪出来ないかも…」
「ッ」
竜血は確かに万能薬だが、この石化の呪いも竜による物。
例え竜血を用いて作り出された薬であっても、石化を解けるかどうかはやってみなければ分からない。
「人の心配をしている場合か?」
フェルスは残忍な笑みを浮かべて視線をレギンに向けた。
「チッ…!」
咄嗟にレギンは視線を逸らすが、僅かにフェルスの眼を視界に入れてしまった。
呪いが成立する条件が分からない。
一瞬でも視線が合えば、それだけで呪われるのか。
それともある程度の時間が必要なのか。
今の所、レギンの体に影響は出ていないようだが。
「はははは! そんなに怯えなくても、お前は石化しない」
嘲笑するようにフェルスは言った。
「そもそも俺はお前を殺しに来たんじゃない。お前の記憶を取り戻す為に来たんだ」
「………」
「だから、狙ったのはそっちだ」
フェルスはレギンを背後を指差した。
言われるままにレギンは背後を振り返る。
「―――――――」
そこには、全身が石化したリンデが居た。
呆然とした表情で、レギンを見つめたままの姿で。
「石化のスピードには個人差があるが、一瞬で石化するのも珍しい。余程魔力と相性が良い人間なのか?」
「………」
フェルスが何か言っているが、レギンの耳には届かなかった。
石化したリンデを見つめるレギンの脳裏に、誰かの記憶が蘇る。
呪い。
死。
そう、レギンはそれを知っていた。
この光景を、どこかで見たことがあった。
呪いに苦しむリンデとよく似た顔の誰か。
救えなかった。
助けられなかった。
またしても。
「ああああああああああああああああ!」
絶叫するレギンの体が黄金の鱗に覆われる。
竜化、とは違う。
人間体のまま、皮膚だけが鱗に覆われ、手足に強靭な爪が形成された。
不完全に具現化された翼を使い、レギンはフェルスへ襲い掛かる。
「記憶は戻ったか? ファフニール」
フェルスはそう呟きながら、腕を振り上げた。
再び瓦礫が腕に集まり、巨大な腕を形成する。
理性を失い、直進して来るだけの獣の相手など容易い。
正面から叩き潰すだけだ。
「さて、ぶっ潰してから持ち帰るか」
フェルスは巨大化した腕を振り下ろす。
頭上から迫る岩塊に押し潰され、レギンは動きを止める。
その筈だった。
「『赤き黄金』」
岩塊がレギンに触れた瞬間、レギンの体に刻まれた竜紋が光を放った。
竜紋が侵食するように、フェルスの腕が触れた部分から黄金に変換されていく。
「な、何だ…?」
ドロドロと溶けていく。
黄金へと変換された腕が溶解し、形を失う。
腕が溶け、肩が溶け、侵食は段々とフェルスの体を蝕んでいく。
「あ、あああああああ! やめろ、やめろぉ!」
青褪めたフェルスはレギンへ視線を向けた。
「『ゴルゴネイオン』」
レギンを石化することで侵食を止めようと呪いを発動する。
しかし、レギンは石化せず、侵食は止まらない。
ただ無表情で能力を発動させるレギンの眼からは、赤い涙が零れていた。
「ッ! コイツ、目を潰して…!」
目が潰れていれば、フェルスの呪いは発動しない。
既にフェルスの肉体の半分は黄金へと変換されており、何も出来ない。
「―――ッ」
断末魔すら上げられず、フェルスは溶けた黄金となって絶命した。