第六十七話
「クハハハ! 脆い脆い! 石ころ如きが黄金に勝てるわけねえだろ!」
黄金の剣で石の竜を斬り捨てながらレギンは獰猛な笑みを浮かべる。
首や胴を断ち切られた竜はバラバラに砕け散り、全く動かなくなった。
(…再生能力は無い。見掛け倒しか)
迫る石の竜を次々と倒しながらも、レギンは思考を巡らせる。
この怪物はドラゴンでは無い。
生命ですらない。
石の塊に魔力を込め、生きているかのように操っているだけだ。
「こんな石人形。何体集まろうと同じことだ」
レギンは視線をファウストへ向ける。
「七星拳『連星』」
先程と違う構えを取ったファウストは、目にも留まらぬ速度で拳を放つ。
一発では無い。
一瞬の内に連続して放たれる拳の嵐によって、石の竜の首から上が跡形も無く消し飛んだ。
「三発…いや、四発か?」
「五発だ」
レギンの問いに対し、ファウストは視線を石の竜へ向けたまま答える。
「素手でドラゴンを殴れば、自分の拳の方がどうかなりそうなものだが。化物だな、お前」
「ドラゴンに言われる筋合いはない、な!」
会話を続けるファウストの回し蹴りが石の竜の首を破壊した。
「…今ので七体目だ」
そう言ってファウストはニヤリと笑みを浮かべる。
その勝ち誇るような笑みを見て、レギンのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ちゃっかり数えてるじゃねえか! 見てろよ、すぐに逆転してやる…!」
新たに黄金の剣を生み出し、両手それぞれに構えるレギン。
視線の先には地面に降り立った石の竜が居た。
勝ったところで何か意味がある訳では無いのだが、負けるのは何だか癪だ。
そう思い、レギンは両手に剣を構えて石の竜へ向かっていった。
「…何だか、仲が良さそうですね」
競い合うように石の竜を狩り続ける二人を見て、リンデはぽつりと呟いた。
無口に見えたファウストが意外とノリが良かったことも驚きだが、レギンが人間相手に最初から親し気に接しているのも珍しい。
名声でも無く、復讐でも無く、ただ己の武の為に生きるファウストの何かが気に入ったのだろうか。
ファウストの方も何故か、レギンとは気が合っているように見える。
「二人共戦うのが好きだから、ですかね?」
二人に共通点があると言えばそれくらいだが。
案外性格も似ているのだろうか。
「…まあ、トラブルになるよりは全然マシですよね」
エーファ、フライハイト、ハーゼと。
それぞれ事情や経緯が異なるが、現存のドラゴンスレイヤーと次々戦ってきたレギンだ。
予期せぬトラブルでファウストとも衝突することが無くて良かった、とリンデは安堵した。
「よーし! コイツが最後の一体…!」
黄金の剣を両手に構え、レギンは最後の竜へ迫る。
「…あ?」
しかし、石の竜はレギンが破壊する前で独りでに砕けてしまった。
思わずファウストへ視線を向けるが、彼も訝し気な顔を浮かべている。
ファウストが倒したわけでは無いようだ。
「随分と好き勝手してくれたなァ」
ズン、と音を立てて空から石の塊が落下した。
よく出来た石像に似た何か。
削り出した岩石の如き竜。
「お陰で俺のガーゴイル共は、全滅ではないか」
「…お前は?」
「俺か?」
レギンに問われ、石像に似た男は獰猛な笑みを浮かべる。
辛うじて人型を保っていた体に亀裂が走り、灰色の肉が膨らんでいく。
「我が名はフェルス。岩塊のフェルス! 六天竜に連なるドラゴン也!」
それは、先程の石の竜を大きくしたような灰色のドラゴンだった。
岩の鱗に覆われたドラゴン。
額には第三の眼があり、ぎょろぎょろと蠢いている。
「六天竜? お前も六天竜のドラゴンか?」
「否。だが、いずれそうなる! この俺様がリンドブルムの後継者となるのだ!」
大口を開けて堂々と宣言するフェルス。
(自信過剰。傲岸不遜。だが、敵を見てすぐに竜化した所を見るに、出し惜しみはしないタイプか)
冷静な目でレギンは目の前の竜の性質を観察する。
敵が弱いからと手を抜くタイプでは無い。
相手を見下しながらも、自身の全力で壊し尽くすような奴だ。
「…つまり今はまだ六天竜じゃないんだな?」
「そうだと言った筈だが」
「…だと思った」
「あ?」
レギンの言葉にフェルスの眉が動く。
見るからにプライドが高そうなフェルスはその言葉を無視できない。
それを理解して、レギンは言葉を続ける。
「六天竜と呼ぶには、魔力が低すぎるからな。お前、それほど強くないだろう?」
「…テメエ!」
挑発に乗り、フェルスは地面を蹴る。
石の鱗に覆われた拳を振り上げ、レギンへと襲い掛かる。
「この街の鉱山から吸い上げた俺の魔力! 俺の力! その身で受けてみろ!」
振り上げた右腕にガーゴイル達の残骸が集まり、形となる。
巨大化した石の拳を大地ごとレギンを叩き潰さんと振り下ろす。
「単純だな。能力も性格も」
レギンは手にしていた黄金の剣を投擲した。
それは空中で形を変え、黄金の刃となってフェルスの右腕に迫る。
「バランスが悪いんだよ。そこが弱点だ」
「ッ」
黄金の刃はフェルスの右腕の肩から先を両断した。
巨大になれば巨大になるほど、魔力の制御は複雑になる。
況して、フェルスはこの強大な魔力を手に入れたばかりで持て余している状態だ。
フェルスの核である『心臓』から切り離されてしまっては、維持することは出来ない。
巨大化したフェルスの右腕は呆気なく空中分解した。
「チィ! 良い気になるなよ! 何度でも再生できる!」
すぐさま右腕を再生しながらフェルスはレギンを睨む。
シュトルツの鉱山から魔力を得たフェルスにとって、この程度ダメージにすらならない。
「視野狭窄、だな」
「何だと…!」
「目が三つも付いている割に、視野が随分と狭いじゃないか。それとも見えていながら、脅威と認識していなかったのか?」
レギンは呆れたように告げ、フェルスを指差す。
「七星拳…」
より正確には、その背後に立つファウストを。
魔力を殆ど持っていないが故に、フェルスの認識の外に居たファウストはその隙を突く。
慌ててフェルスが振り返るが、既に遅い。
「『凶星』」
背後からの一撃が、フェルスの胴体を貫いた。