第六十六話
「………」
レギンとリンデの二人は、シュトルツの街を探索していた。
霧から解放された街並みに、破壊の跡は残っていない。
悲鳴や助けを求める声も聞こえない。
むしろ…
「…静かすぎるな」
「そう、ですね」
レギンの言葉にリンデは同意する。
そう、静かすぎる。
この街にはドラゴンが潜んでいるのだ。
そうでなくとも、つい先程まで異常発生した霧に包まれていたにも拘らず、人影を見ることさえ無い。
「あまり考えたくないことだが、一人残らず皆殺しにされたのかもな」
「そんな…!」
長時間ドラゴンの支配域に閉じ込められていたのだ。
霧が晴れるまでの間に全員捕食されていても不思議ではない。
「その可能性は低い」
「ああ?」
断言するように告げられた声に、レギンは振り返る。
二人から少し距離を空けて歩いていたファウストは周囲を見渡してからレギンを見た。
「血の匂いがしない。人が死んでいれば、匂いで分かる」
「…コイツ、獣みたいなこと言っているぞ」
「獣はお前だ」
仏頂面でそう言うと、ファウストは民家の中を確認する。
やはり中にも人の姿は無い。
しかし、遺体や血痕も残されていなかった。
「誘拐しただけか? しかし、何の為に…」
「非常食…ってことは無いよな?」
「お前ならそうするのか?」
「ハッ、人間なんて不味そうな物を俺が喰うかよ」
「…美味そうだと舌なめずりをされるよりはマシか」
やや棘のある言葉を使っているが、ファウストに敵意は無かった。
レギンを警戒はしているようだが、特に憎しみや怒りは感じない。
そのことをレギンは少し意外に思った。
「ドラゴンスレイヤーにも色々いるんだな」
「何の話だ?」
「いや、エーファと言い、ハーゼと言い、ドラゴンに恨みを抱いている奴ばかりかと思っていた」
どちらもレギンに対して敵意剥き出しだった。
フライハイトの時は少し事情が違ったが、それでもレギンに敵意を持っていた。
いくらレギンがリンデの道具として認められているとは言え、ここまで冷静なのは意外だった。
「恨み、か」
「…どうしたんですか?」
ぽつりと呟いたファウストに、リンデは尋ねる。
じろり、とファウストはリンデの顔を見つめた。
「うっ。な、何ですか?」
強面のファウストの視線を受け、リンデが怯んだように一歩後退る。
「恨みが無い訳でも無い………俺の師は、ドラゴンに殺された」
「!」
「え…」
あっさりと告げられた事実に、二人は驚愕する。
だが、ファウストはどこまでも冷静な表情でレギンを見た。
「しかし、それは俺の師が弱かったからだ」
ファウストは冷徹な目で告げる。
師を殺したドラゴンに対する怒りも憎しみも無い。
むしろ、ドラゴンとの戦いに敗れた師の無力を侮蔑するように。
「勘違いをするな。俺がドラゴンスレイヤーとなったのは、師の復讐の為では無い」
「では、どうして…?」
「それは…」
ファウストがそう言いかけた時、大きな音が響いた。
民家を破壊しながら何かが近付いてくる。
「石像…?」
レギンは音の正体を見て、思わず呟く。
それは石の塊だった。
悪魔か、竜を模した恐ろし気な風貌の石像。
生命の温かみを感じない石の塊でありながら、まるで生き物のように灰色の翼を広げて空を舞っている。
「アレが霧を発生させていたドラゴンか…!」
『―――!』
ガラス玉のような眼球を動かし、石の竜はレギンを捉える。
恐らく、霧の封鎖を解いた者を探していたのだろう。
獣染みた咆哮を上げて、レギンの下へ襲い掛かった。
「………」
迫る石の竜に気付き、ファウストは静かに構えを取った。
『―――!』
「七星拳『凶星』」
レギンを狙って向かってきていた石の竜へファウストは拳を放つ。
真っ直ぐ石の竜の胴を突く正拳突き。
その一撃は、石の鱗を容易く破り、胴体を貫通した。
『…ガ…』
胴に風穴を空けた石の竜は短い断末魔と共に墜落する。
地面に叩き付けられた体に亀裂が走り、ガラス細工のように砕け散った。
「な…」
レギンはそれを見て驚愕に目を見開く。
ドラゴンを一撃で殺したことに驚いているのではない。
その程度、ドラゴンスレイヤーなら出来て当然だろう。
(今の一撃、魔力を感じなかったぞ…!)
レギンが驚いているのは、ファウストがそれを一切魔力を使わずに行ったこと。
滅竜術どころか、身体強化すらしていない。
魔力を含まない純粋な筋力、そして研ぎ澄まされた技によってファウストは竜の鱗を貫いたのだ。
ファウストの肉体そのものが、竜の鱗を上回る強度を持っているのだ。
「俺の望みはただ一つ」
砕いた竜の残骸を踏み締め、ファウストは口を開く。
「非才なる我が拳が竜に届くか否か。それだけだ」
魔力に恵まれず、それを人間離れした努力と鍛錬で覆したドラゴンスレイヤーはそう告げた。
師の敵討ちでは無く、ただ純粋な己の武の為。
自身が師から引き継いだ武術『七星拳』が、竜にも通じると証明する為。
その為だけに、ファウストはドラゴンスレイヤーとなったのだ。
「………」
「さあ、呆けている余裕はなさそうだ」
呆然とする二人に対し、ファウストは空を指差した。
そこには、たった今倒した物と同じ石の怪物が何体も空に浮かんでいた。
「壊した感触から判断するに、アレはドラゴンでは無い。どうやら雑兵のようだ」
「…だとしたら面倒だな」
「全て壊すしかあるまい。あの程度の敵、十だろうと百だろうと問題ない」
「ハッ、頼もしい限りだ」
レギンは不敵な笑みを浮かべて黄金の剣を握り締めた。
ファウストには驚かされたが、戦闘能力と言う意味ではレギンも決して劣っていない。
「競争でもするか? どっちが数を殺すか」
「やめておこう。どうせ俺が勝つ」
「…良い度胸だ。あとで吠え面をかくなよ!」
そう言って二人は迫る石の竜達を迎え撃った。