第六十話
王国の北西部に存在する町『ヘンドラ』
そこは国中の商人が集まり、様々な取引を交わす商人の町だ。
どんな希少な品であれ、ここで手に入らない物は無いとされる場所。
指令を受けたレギン達が向かった先は、その町だった。
「遠い所、よく来てくれた」
丸々と肥え太った男がレギン達を歓迎する。
「私の名はゲーレ。この町の、代表のような物だ」
贅肉が付いた体つきもそうだが、身に着けた装飾品も派手過ぎて品性が欠けていた。
ぶよぶよとした顔の肉を動かして無理やり笑みを浮かべ、握手を求めるように手を伸ばす。
「…レギンだ。こっちはリンデ」
その脂ぎった手を無視し、レギンは軽く頭を下げた。
リンデも合わせるように頭を下げる。
「いやぁ、ドラゴンスレイヤーの方と会うは初めてだが、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだとは」
そう言うと、ゲーレは好色な目をリンデに向けた。
「ッ…」
舐めるような視線に、リンデの背筋に鳥肌が立つ。
思わず、視線から逃げるようにレギンの背に隠れた。
「ふ、ふふふ。ますます可愛らしい」
「おい。商売女を呼んだつもりなら、相手を間違っているぜ」
ぎろり、とレギンはゲーレを睨みつけた。
「失敬。想像以上にドラゴンスレイヤーが若かったので、少し試しただけだよ」
レギンの視線を受けてもゲーレは好色な笑みを崩さない。
ただのスケベ親父に見えたが、それなりに肝が据わっているらしい。
「本題に入ろうか。最近、この町の近辺で行方不明が多発していてね」
「行方不明?」
「ええ。犠牲者の殆どは町を出た商人達でね。現場にはドラゴンの足跡が残されていたらしい」
ゲーレは苦い表情を浮かべて腕を組む。
商人達の荷馬車は破壊され、馬は踏み殺された恐ろしい光景だった。
地面に残った大きな足跡は、ドラゴン以外に考えられない。
「盗賊の仕業と言う可能性は? ドラゴンの仕業と思うように偽装したのかも知れないぞ」
「いえ、それは有り得ない。積み荷には一切手が付けられていなかった」
「………」
人間の仕業だとすれば、確かにそれは有り得ない。
馬車を破壊し、積み荷には一切興味を持たずに人間だけを連れ去る。
人間に宿る魔力を求めたドラゴンの仕業と見て、まず間違いないだろう。
「…分かった。その場所へ向かおう」
「感謝する。すぐに地図を用意させよう」
ゲーレは頷くと、軽く手を叩いた。
すると、部屋の扉が開き、一人の少女が入ってくる。
年齢は十五、六歳だろうか。
額に赤いバンダナを巻いた少女だ。
首元や手首などに宝石を身に付け、踊り子のような露出度の高い服を纏っている。
身に着けた宝石にも負けないほど美しい容姿をしているが表情は無く、感情と言う物を一切感じられない無機質な顔をしていた。
「―――」
口を開くことなく、少女はゲーレの下へ近付く。
少女は靴を履いておらず、歩く度にペタペタと音が響いた。
「私の部屋に地図があった筈だ。持ってこい」
「―――」
言葉を発さず、会釈すらせずに少女は歩いていく。
「…娘さん、ですか?」
「まさか」
リンデの疑問にゲーレは即座に否定した。
首を傾げるリンデに苦笑を浮かべる。
違うようだが、少女との関係を説明する気はないようだった。
(今、こっちを見たか?)
扉から出て行く寸前、少女がレギンへ視線を送る。
レギンを見るその少女の顔には、僅かな驚きが浮かんでいたように見えた。
それから二人は渡された地図を頼りに、現場へと向かった。
その場所は町からそう離れていない場所だった。
既に馬車の残骸は撤去されているが、地面には巨大な生物が踏み荒らしたような足跡が刻まれていた。
「コレは、確かにドラゴンの仕業かもしれんな」
レギンは足跡に触れながら呟く。
ワイバーンとドラゴンの足の細かい違いなど分からないが、サイズが明らかに違う。
見た所、竜体となったレギンよりも少し小さいくらいか。
足跡がこのサイズなので、体も相応だろう。
「六天竜、でしょうか?」
「いや、違う」
恐る恐る尋ねるリンデにレギンは首を振った。
「僅かに魔力が残っているが、六天竜にしては薄い」
リンドブルムのように膨大な魔力を持つドラゴンが暴れたら、もっと大地に魔力が残っている筈だ。
「直接町を襲うのでは無く、町から出た者だけを狙っているんだ。恐らく、知恵はあるがドラゴンスレイヤーと敵対する度胸は無いドラゴンだな」
この場で喰い殺さず、巣に持ち帰る所もそのドラゴンの性格を表している。
力はあるが、慢心はしていない。
人間を容易く喰い殺す実力を持ちながら、自身の脅威となる人間の存在を知っている。
「ドラゴンのくせに臆病なことだ。出来るだけ痕跡を残したくなかったのだろう」
そう言ってレギンはもう一度足跡に触れる。
「だが、薄いと言っても魔力は魔力。追うのは容易い」
「え?」
「リンデ、ついてこい」
大地に残された魔力の残滓を辿りながら、レギンは歩き出す。
「そ、そっちにドラゴンの巣があるんですか?」
「ああ、何度も同じ場所で人間が襲われているんだ。そう離れていない筈…」
街道を外れ、木々を壊しながら突き進むレギン。
一切迷いなく足を進めるのは、その眼に魔力が見えているからか。
やがて、目標を見つけてレギンは足を止めた。
「アレだ」
「…洞窟、ですか?」
レギンが見つけたのは、大きな洞窟だった。
人の手が一切入っていないのか、自然のままの姿だ。
あの中に、ドラゴンが。
「んん?」
拳を握り締めるリンデの隣で、レギンは訝し気に首を傾げた。
「レギン?」
「………」
「あ、ちょっと!」
無言のままレギンは洞窟へ走っていく。
何か、疑問を確かめるように。
「…何だ、コレは」
洞窟の中を見たレギンは思わず呟いた。
「レギン、中に何が………ッ!」
追い付いたリンデも洞窟内を覗き込み、息を呑む。
そこにあったのは、無数の人骨。
恐らくはヘンドラから連れて来られた者達だろう。
バラバラになった人骨と洞窟内に漂う血の臭いに、リンデは口元を抑える。
「そっちじゃねえ」
顔を青くしたリンデを一瞥してからレギンは告げた。
そう、犠牲者の亡骸などあって当然だ。
ここはドラゴンの巣なのだから、それくらいはレギンも予想していた。
レギンにとって予想外だったのは、その奥に居る物。
「何で、ドラゴンが死んでいる?」
「…え」
慌ててリンデは顔を上げ、洞窟の奥を見る。
人骨の山の向こう側。
そこに、ドラゴンが居た。
剥製のようにぴくりとも動かないドラゴンの骸。
胸には、宝石を削り出して作ったような巨大な杭が刺さっていた。
「…どう言うことだ?」
そのレギンの問いに答える者はいなかった。