第六話
「危ない所を助けていただいて、ありがとうございました!」
「あなたはこの村の恩人です!」
「いえいえ、そんな…」
ワームを倒して村を救ったリンデは、村の人々に囲まれていた。
皆が拝むように心から礼を言い、リンデは照れたように頬を掻いている。
あまり褒められ慣れてはいないようだ。
「………」
それを少し離れた場所から眺めながら、レギンは思う。
この村には見覚えが無い。
村の人間を一通り見て回ったが、既視感を感じることも無かった。
なので、既にレギンはこの村に対する関心を失いつつあった。
唯一気になることと言えば、
(ワーム、か)
リンデの言っていた話。
ワームが村を襲うことは殆ど無い、と言うこと。
自発的にワームが人の村に近寄らないなら、考えられることは一つ。
何者かに連れて来られた、としか思えない。
(となると誰が連れてきたか、と言う話になるが)
村がワームに襲われて、誰が得をする?
「…?」
ぴくり、とレギンは眉を動かした。
何かに気付いたように、視線を動かす。
「………」
そして、村人に囲まれるリンデに気付かれないように移動し始めた。
「はっはー! 見つけたぜ、クソ野郎!」
ふらふらと歩くレギンの背に、声が掛けられる。
振り向くと、十数人の男達がレギンを取り囲むように立っていた。
「よくも俺の計画を台無しにしてくれやがったな、テメエ!」
そのリーダーと思われる男は青筋を浮かべて怒鳴る。
「俺の名はガイツハルス。名前くらいは聞いたことがあんだろ?」
「…記憶にないな」
「ハッ、俺みたいなケチな傭兵なんざ、記憶にも残らないってか! ヒーロー様はよォ!」
山賊のように見えたが、どうやら彼らは傭兵団だったらしい。
まあ、リーダーの態度を見る限り、山賊とあまり変わらないゴロツキの集団のようだ。
「通りすがりのヒーロー様がワームを殺してくれやがったせいで、こっちは大損だ!」
「………」
どうやら、レギンがワームを倒したと勘違いしているようだ。
レギンとリンデの二人組なら、確かにレギンの方がワーム退治をしたように思うのが自然だろうが。
「ワームを倒すのが、どうしてマズイ?」
「あのワームが俺らが殺す予定だったんだよ! その為に準備していたんだ!」
「準備?」
レギンは首を傾げて、視線を動かした。
武装した男達。
何か、大きな動物を入れる為の檻。
そして、何故か村を襲っていたワーム。
「…ああ、そう言うこと。『自作自演』か」
「その通りだ。ワームをただ殺すだけじゃ、大した報酬は貰えねえからな! 村を襲わせて、後から報酬をたんまり貰うつもりだったんだよ!」
ドラゴン退治には国から報酬が出るが、ワーム退治の報酬は非常に低い。
だから、ワームを連れて来て村を襲わせることで、二重に報酬を得ようと企んでいたのだ。
「…ガイツハルス、と言ったか?」
「ああ?」
「お前、小物だな」
きっぱりとレギンは思ったことを告げた。
「金が欲しいのなら、ドラゴンを退治すれば良いだろうに。あんな寂れた村から貰える報酬と、ワーム退治の報酬を必死に求めるなど、小物と言う他ない」
レギンは別に、ワームを使ってあの村を襲わせたことを怒っているのではない。
ただ純粋に、ガイツハルスの器の小ささに呆れていた。
金だろうが、名誉だろうが、本当に欲しいのなら自身の命を懸ければ良いのだ。
少なくともレギンの知る少女は自分の願いの為に命を懸けていた。
「ワームを一匹殺したからって、調子に乗ってるんじゃねえぞ!」
殺気立つガイツハルスは武器を構える。
合わせて他の男達もそれぞれの武器を手にした。
(…竜体に戻るのは、やめておくか)
リンデの言葉を思い出し、レギンは右手を翳す。
ずるり、とその手の平から黄金の槍が生えた。
「これ一本で十分だろう」
人間体のまま戦ったことなど無いが、コレも練習だ。
リンデに言われるまでも無く、トラブルに巻き込まれる度に竜化していては目立つことこの上ない。
「ああ、それと一つ訂正を」
手に取った黄金の槍を、ガイツハルスへと向けるレギン。
「お前は俺を見つけたと言ったが、逆だ」
牙を剥き、笑みを浮かべて告げる。
「お前は見つかってしまったんだ。俺にな」
「殺せ、お前ら! ぶっ殺せェェェ!」
怒り狂ったガイツハルスの命令に従い、男達は襲い掛かる。
目の前の男を取り囲み、錆びついた剣や槍を振り上げた。
「ククッ…!」
振り下ろされる武器を躱し、レギンは手にした槍を横薙ぎに振るう。
本人は軽々と振るっているが、黄金で作られた槍だ。
それで胴を打たれた男達の体が紙のように飛ぶ。
「クハハハハハハ!」
それに怯んだ者達にも容赦なく、レギンは黄金の槍を振り下ろす。
盾のように突き出した武器を砕き、人体を容易く貫通する。
「槍なんて初めて使うが、案外、様になっているんじゃないか?」
返り血に濡れた槍を肩に当て、レギンは笑う。
「まるで体の一部のように扱えるぞ。まあ、その通りなんだがな? クハハハハハハ!」
「いい気に、なるなよ!」
そう言うと、ガイツハルスは懐から『笛』を取り出した。
粗暴なこの男に似つかわしくないそれを、吹き鳴らす。
(…何だ? 妙な気分になる音だな)
笛の音に何となく不快感を感じ、レギンは眉を動かす。
「ははははは! コレはなァ! 王都の連中から盗んだ『竜を呼び寄せる笛』だ」
「!」
「俺が連れてきたワームが一匹だけだと思ったか! 手懐けたワームがまだ…」
バサバサ、と何かが羽搏くような音が聞こえた。
空を見上げると、そこには竜が居た。
強靭な足と、蝙蝠に似た翼を持つ竜。
ドラゴンと呼ぶには未だ僅かに小ぶりで、腕が無い。
「わ、ワイバーン…?」
思わず、ガイツハルスはその竜の名を呼んだ。
ドラゴンよりは弱く、しかしワームよりはずっと危険な存在。
『――――――』
ぐちゃぐちゃ、とワイバーンは何かを咀嚼していた。
それはガイツハルスが飼い慣らしていたワームの残骸だった。
どうやら、ガイツハルスの笛が偶然近くに居たワイバーンを引き寄せてしまったようだ。
「は、ははは! コレはついているぜ! コイツが居れば、お前も…」
その時、ワイバーンのかぎ爪がガイツハルスの体を掴んだ。
「…………あ?」
そのままガイツハルスの体を足で抑え付け、ワイバーンの口が大きく開く。
「お、おい、嘘だろ。やめろ、やめろ! 何で俺の言うことを聞かねえんだ!」
「コレ、ワームにしか効かないんじゃないか?」
いつの間にか取っていた笛を見ながら、レギンはどうでも良さそうに呟く。
「こんな玩具がドラゴンに通用するとは思えないし、同様にワイバーンにも効かないとか?」
事実、成体のドラゴンであるレギンには全く効果が無い。
誰が作った物かは知らないが、人が作った物ならその辺りが限界だろう。
「た、助け…」
ぐちゃり、と言う音と共にガイツハルスの頭部はワイバーンに咀嚼された。
その光景を顔色一つ変えずに眺めながら、レギンはワイバーンを見つめる。
「一応、聞いておくぞ。俺と知り合いだったりするか?」
『グルルル…!』
「…どうやら違うようだな」
少しはワームより成長したようだが、未だ知性は獣並のようだ。
何が気に入らないのか、敵意を含んだ目でレギンを睨んでいる。
「さて、どうするか」
然程困った様子も無く、レギンはそう呟いた。