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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
三章 王都
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第五十四話


「あのグンテルって人は、どうしてレギンを疑うのでしょうか…」


本部を離れ、レギンの部屋を訪れたリンデは悲し気に呟いた。


思い出すのはグンテルの言葉。


まるで当然のことのようにレギンの仕業だと決めつけていた。


「野良ドラゴンの忍び込めない王都で人間が襲われれば、俺が疑われるのは当然だろう」


「でも、レギンは人を襲ってなんかいません!」


「だが、それを証明する手段が無い」


自分のことだと言うのに、レギンは淡々とそう告げた。


前にエーファに指摘されたように、そのこと自体に怒りは感じていないようだ。


「………」


レギンは無言で液体の入った瓶を握る。


仏頂面のまま、それを荒っぽく口に含んだ。


「レギン…?」


思わずリンデは首を傾げる。


レギンが手にしているのは、酒瓶だった。


いつの間に買ってきたのか、王都でありふれた安酒をレギンは水のように呷る。


「…ハッ、やはり味なんて分からんか」


一息に全て飲み干した後、レギンはそう吐き捨てた。








「つまり、お前が昨夜目撃したのはレギンに違いないと?」


同じ頃、フライハイトは昨夜の目撃者の下を訪れていた。


「ええ。あの髪、あの服装、間違いありません!」


正義感の強そうな騎士はハッキリと答える。


その顔には、レギンに対する怒りも浮かんでいた。


「顔はどうだ?」


「え?」


「顔だよ、顔。深夜だったらしいが、顔はよく見えたのか?」


フライハイトは騎士の熱意は無視して、そう訊ねた。


「は、はい。確かに暗かったですが、顔も確かに」


「では声は?」


まるで騎士の言葉を全て信用していないかのように、フライハイトは質問を続ける。


髪、服装、顔まで同一だと言われても尚、その態度は変わらない。


「声は聞いたのか?」


「い、いえ、奴はすぐに逃げ出したので、言葉は交わしていません」


「………」


「ですが! 奴はレギンに違いありません! 本性を表したのですよ!」


「…分かった。もう訓練に戻っていいぞ」


騎士の言葉は聞こえていないように、フライハイトは言う。


騎士の男は納得していないような顔をしながらも、素直に訓練に戻っていった。


「フライハイトさん。もしかしてあのドラゴンのこと庇ってます?」


そこへ男達が声をかけた。


フライハイトが連れてきた三人の弟子だった。


「アイツのことは同期だからよく知ってますけど、嘘をつくような奴じゃないッスよ?」


「きっとあのレギンとか言うドラゴンがやったんですって」


弟子達は口々にレギンのことを呟く。


既にレギンの存在はドラゴンスレイヤーのみならず、騎士達の耳にも届いている。


疑いを掛けられていることも含めて。


「お前達は馬鹿か? 誰がドラゴンなんか庇うか、間抜け共」


「へ? じゃあ、何であのドラゴンのことを…」


「それでもこの俺の弟子か? 俺から何を学んできた」


イラついた様にフライハイトは弟子達を睨む。


機嫌の悪い時のフライハイトに逆らうと酷い目に遭うことは経験上分かり切っているので、弟子達は素直に口を閉じた。


「視点を変えろ。もしお前がドラゴンなら、王都で人を襲う時どうする?」


「俺がドラゴン? うーん、町にブレスを吐く、とか?」


「…はぁ。そんなだからお前はいつまで経ってもワイバーンの一匹も狩れないんだ、ボーゲン」


その弟子、ボーゲンの発言に心底がっかりしながらフライハイトはじろりと残る二人を睨む。


「お前達もそうか。アクスト、ドルヒ」


「「も、申し訳ありません…」」


恐縮したように二人は頭を下げた。


「教えた筈だぞ、ドラゴンは自由自在に肉体を変化できる。だったら…」


「あ! そうか!」


ようやく理解したようにボーゲンは手を叩いた。


本来の姿である竜体はともかく、人間体は仮初の姿だ。


その形を変えることなど、ドラゴンにとっては容易い筈だ。


「人を襲う時だけ姿を変えれば、例え犯行を見られても問題無い…」


「そうだ。だからこそ、目撃証言なんて最初から意味が無えんだよ」


本当にレギンの仕業なら、何故最も知られている人間体で犯行に及んだのか。


常識的に考えて不自然だ。


逆に言えば、真犯人はレギンの姿で誰かに見られる必要があった。


「…何でそれ、ジークフリートさんに伝えないんスか?」


「奴ならとっくに気付いているだろう。それに、他の連中の反応を見たかった」


レギンに罪を擦り付けることを目的としている人間が居るのなら、そいつは絶対にどこかで顔を出す。


計画が上手くいっていると思い込み、油断する。


レギンを囮にして、それを見つけ出したかった。


「作戦が失敗して犯人は焦っている筈だ。きっとまたすぐに行動を起こすぞ」


「それをフライハイトさんが捕まえる、と」


「王都で暗躍する悪を見つけ出し、一刀の下に斬り伏せる! ハハハハッ! 次のドラゴンスレイヤー人気投票では一位は確実だなぁ!」


段々と調子が上がってきたフライハイトは思わず叫ぶ。


未だ魔剣が手元に無いことは忘れているようだ。


「あー、そう言えば気にしてたスね。ハーゼさんとエーファさんに順位で負けたの」


「ハーゼさんとエーファさん人気だもんなぁ。可愛い系と、綺麗系で人気二分にしているし」


「分かる。弟子入りを求める者の大半は、あの二人の下を希望するもんなー」


「ぶっちゃけ俺達も最初は…」


「ボーゲン! アクスト! ドルヒ! 余計な話してないで、さっさと調査を再開するぞ!」


三人の無駄話が聞こえたのか、フライハイトは激怒していた。


その怒声に、三人は慌てて彼の後を追ったのだった。








「お前、いつまで俺の部屋にいるつもりだ?」


日が完全に落ち、空に星々が光り始めた頃、レギンは言った。


既に夜も更けてきたと言うのに、リンデは未だ自分の部屋に戻らなかった。


「まだ大丈夫ですよ…ふわぁぁ…」


「あくびしてるじゃねえか。さっさと戻れ」


レギンとしては別に共に寝泊まりしても全く気にしないのだが、エーファから釘を刺されている。


この部屋でリンデを寝かせたら、あの女に何をされるか分からない。


「…だって、レギンが何も言わないから」


「はぁ? 俺が何だって?」


拗ねたようなリンデの言葉に、レギンは首を傾げた。


「レギンが、何か悩んでいるみたい、だったから」


ぽつり、とリンデは呟く。


「だからその、傍で待っていれば相談してくれるかな、って」


「………」


その指摘にレギンは何も言えなかった。


図星を突かれたこともそうだが、まさかリンデに気を遣われているとは思わなかった。


「お前には関係な…」


「昨夜のこと、ですよね?」


「ッ」


いつになく鋭いリンデにレギンは顔を歪める。


リンデはレギンを責める訳でも無く、ただ真剣な表情で見つめていた。


「何を悩んでいるんですか? 昨夜、何かあったんですか?」


「………」


「教えて下さい」


「………………」


レギンは真っ直ぐ見つめるリンデの目を見つめ返した。


珍しく、その黄金の眼には不安・・が宿っている。


何かを恐れている、とリンデは感じた。


「何も、なかった」


レギンは重々しく口を開く。


「少なくとも、俺はそう記憶・・している」


それだけ言うと、レギンは荒々しく椅子に腰かけた。


その不安を隠すように顔に手を当てる。


だが(・・)それが何の保証になる(・・・・・・・・・・)?」


「…え?」


「俺には記憶が無い。記憶が、無いんだよ。昨夜の記憶が失われていないと誰が証明できる? 本能を抑えきれなくなった俺が人を襲い、それを忘れているだけではないか?」


それは、初めて打ち明けるレギンの本音だった。


記憶が無く、また失われるのではないかと言う不安。


段々と大きくなっていく竜の本能に対する恐怖。


「俺は、()を信じられない」


今までずっと抑えて、隠して来たレギンの弱さだった。


「…レギン」


それを聞き、リンデはレギンに一歩踏み出した。


今までと変わらない笑みを浮かべ、レギンに笑いかける。


「レギンは『人』ですよ」


「…何を言っている?」


「種族がどうと言う話ではありません。体が竜であっても『人の心』を持っています」


自分が誰かを傷付けたのではないか、と不安になったり、いつか自分が罪を犯してしまうのではないかと、恐怖を抱いたり…


それは人の心だ。


本能で生きる竜は持たない、人の弱さだ。


「誰がレギンを疑っても、レギン自身が自分を信じられなくても…」


リンデはレギンの眼を見つめて告げた。


「私は、人の心を持ったレギンを信じます」


「―――――」


何故、と言う疑問を抱く。


何故この娘は自分をそこまで信用出来るのか、と。


だが、同時にこの娘はこういう人間だとどこか納得している所もある。


この感情は、何だろうか。


温かで、穏やかなこの感情は。


(…安心、と言うやつだろうか)








「…やれやれ、入りそびれちゃった」


部屋の外で、エーファは息を吐く。


本当は少しだけ、レギンを問い詰めるつもりだったのだが、その気も失せてしまった。


「年下の少女に言い負かされるような男が、凶暴な竜の筈も無い、か」


呆れたような、嬉しいような、複雑な表情でエーファはそう呟いた。

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