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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
三章 王都
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第五十三話


その夜、王都を歩く影があった。


「………」


「な、何なんだよ、お前…イカレてんのか」


影の前には、一人の男が腰を抜かしていた。


怯える男の言葉を聞いても、その影は何も答えない。


ただ無言で男に近付き、その首に手を伸ばす。


「ぐう…! や、やめろ…!」


首を掴まれた男の体が持ち上がる。


男は必死に抵抗するが、腕はびくともしない。


「………」


その姿を見て、影は僅かに口元を歪めた。


笑みを浮かべたのかも知れない。


開いた口から牙が見え、男の顔が青褪めた。


コイツは化物だ。


この不気味な影が浮かべているのは、餌を前にした獣の顔。


今にも男の肉に牙を突き立てようと、舌なめずりをしているのだ。


「た、助け…」


「そこのお前! 何をしている!」


その時、どこからか声が聞こえた。


夜の王都を警邏していた騎士だ。


腰に差した剣を抜き、慌てた様子で駆け寄ってくる。


「…チッ」


それに気付き、影は獲物を蹴り飛ばした。


騎士から逃れるように、その場から去っていく。


「待て!」


若い騎士は手にした灯りを影へ向けた。


せめて、その姿だけでも目に焼き付けようと不審者を睨む。


「………」


先端が赤く染まった特徴的な金髪。


獣の皮を用いて作ったような原始的なコートとズボンを纏った男。


灯りに照らされたその姿は、レギンによく似ていた。








「あなた、昨夜はどこに居た?」


翌朝、レギンは宿を訪れたエーファに開口一番にそう言われた。


「いきなり来て、何の話をしている?」


「いいから、答えて」


「………」


エーファの真剣な表情を見て、レギンは訝し気な表情を浮かべる。


何かの冗談、と言う訳では無いのだろう。


平静を装っているが、エーファの顔は僅かに青褪めていた。


「お前と別れてからはずっと部屋で読書をしていた」


「…それは、一人で?」


「ああ」


レギンは素直に頷く。


エーファの言いつけを覚えていたのか、リンデも部屋に来ることは無かった。


なのでレギンは一人静かに読書をしていたのだ。


「くっ、こんなことなら部屋を一緒にしておけば…!」


血相を変えてエーファは吐き捨てる。


何が何だか分からないが、良からぬ事態になっていることは理解できた。


「あれ? エーファさん、早起きですね」


レギンの隣の部屋の扉が開き、あくびをしながらリンデが出てくる。


部屋の前でレギンと向かい合っているエーファに気付くと、首を傾げた。


「何があった?」


「………」


レギンに促され、エーファは二人の顔を交互に見つめた。


「昨夜、王都の人間が襲われたのよ」


重々しくエーファはそれを告げる。


「目撃した騎士の話だと、その襲撃者の特徴は赤が混じった金髪に動物の皮のコート」


「それって…!」


リンデは驚き、思わずレギンの顔を見た。


それほど特徴的な外見は、他に居ない。


「私が言いたいこと、分かったでしょう?」








「年に一度あるか無いかの王都会議が、まさか二日連続で行われるなんてなぁ」


昨日と同じく、会議室に集められたフライハイトはそう言った。


既に部屋には全ての者が集まっている。


呼び出されたレギン、ドラゴンスレイヤー達、そして…


「………」


グンテルの姿もそこにあった。


昨日とは打って変わって、少しだけ機嫌良さそうに口元を歪めている。


「既に知っていると思うが、昨夜王都の民が襲われる事件があった」


ジークフリートの代わりに、グンテルは笑みを浮かべながら言う。


「幸いにも偶然騎士が通りがかった為、未遂に終わったが、許されざることだ」


大袈裟な仕草でグンテルは面々を見渡す。


視線を巡らせた後、レギンへ向けた。


「目撃情報から、この男の仕業であることは確実だ。ふん、腹でも空かせていたのか?」


「………」


「さて、この責任は悪竜を一匹討伐するだけでは済まんぞ」


そう言ってグンテルは視線をジークフリートへ向けた。


「このドラゴンを王都に招いたのは貴様だ、ジークフリート。故に、貴様にもその責任がある」


グンテルが機嫌良さそうにしていたのは、これが理由だった。


ジークフリートが身内に引き入れたレギンが問題を起こせば、ジークフリートの責任問題に出来る。


築き上げたその地位から引き摺り下ろすことが出来る。


グンテルは隠そうともせず、笑みを浮かべた。


「ま、待って下さい! レギンは何もしていません!」


それを見て、リンデは慌てて声を上げた。


「…何だ? 発言を許した覚えは無いぞ、娘」


「レギンは昨夜、ずっと部屋に居たと言っています! 人なんて襲う筈がありません!」


水を差されたグンテルに睨まれながらも、リンデは懸命にレギンを弁護する。


「青いな…いや、幼い(・・)のか?」


リンデの言葉にグンテルは深いため息をつく。


呆れと憐れみが含んだような目で、その顔を見つめた。


「いいか、小娘。この世は欺瞞に満ちている。人だろうと竜だろうと、己の身を守る為なら平然と嘘をつくものだ」


「そんな、レギンは嘘なんて…!」


「そう信じるのはお前(・・)だけだ」


容疑者の言葉を素直に信じる程、この場に居る者達は純粋では無い。


事実、リンデやレギンに好意的に接しているエーファさえ反論はしなかった。


ただレギン自身が否定するだけでは、この疑いは晴れない。


「…確かに、彼が無実であることは証明できない」


ずっと黙っていたジークフリートはようやく口を開いた。


「しかし、彼の犯行であることもまた証明できていない」


「何だと?」


続くジークフリートの言葉に、グンテルは眉を吊り上げた。


「言い逃れを! コイツを見たと言う証人もいるのだぞ!」


「一人だけ、だろう? それも深夜に一度見ただけだ」


それだけでは証拠としては弱い。


ジークフリートはそう主張した。


「確か、その目撃者はハーゼの弟子の一人だったかな?」


「は、はい。真面目で、正義感の強い者です」


「ああ、彼が虚偽報告をしたと言うつもりはないんだ。ただ、見間違い(・・・・)と言うのは誰にでもある」


「ッ!」


ギリッ、とグンテルは歯を食い縛った。


見間違いなど有り得ない、と言うのは簡単だ。


目撃者の発言は、あまりにもレギンの外見特徴を言い当てている。


しかし、たった一人の目撃情報では証拠として弱いのも事実。


せめて戦闘の痕跡でもあれば話は違ったが、昨夜は犠牲者すら出ていない。


「チッ」


大きく舌打ちをして、グンテルは荒々しく会議室から出ていった。


それを見送り、ジークフリートは息を吐く。


「やれやれ、何とかなったかな?」


「お前…」


「あ、礼なんて言わないでくれよ。全部自分の為だからさ」


何か言おうとしたレギンを、ジークフリートは手で制した。


「君を味方に引き込むと決めたのは俺だからね。多少のリスクは承知の上さ」


「それでも、ありがとうございました。ジークフリートさん!」


「うんうん。まあ、それはそれとして、リンデに感謝されるのは悪い気持ちがしないな」


一転してリンデの礼には笑みを浮かべて答えるジークフリート。


やはりリンデに対しては、どこか甘い。


「で? 結局のところ、本当にお前がやったのか?」


それに割り込むように、フライハイトはレギンに尋ねた。


正義感では無く、純粋な疑問から言ったような顔だ。


「違う。俺は意味も無く人間を襲わん」


「ふーん…ま、取り敢えず信じておくわ。他がどう思うかは知らねえけど」


自分から尋ねた割に、然程興味も無さそうにフライハイトは言った。


レギンの性格的に、襲う気があれば隠すことすらしないと思っているのだろう。


言いたいことだけ言って、さっさと部屋から出ていった。


「何だか、大変なことになっちゃいましたねー」


そんなやり取りを見ながら、ハーゼは隣に座るエーファに言う。


「ハーゼ。その目撃者の騎士だけど…」


「彼ですか? さっきも言いましたけど、とても優秀で職務熱心な男の子ですよー?」


弟子の一人である男を思い浮かべながら、ハーゼは笑みを浮かべる。


少なくとも、その男が嘘をついてレギンを陥れようとしている訳では無いようだ。


(…どちらかと言えば、それは)


エーファはグンテルが去っていった扉を見つめた。


レギンが問題を起こし、それで得をする人物は…

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