第五十一話
グンテルの一件後、ジークフリートによってその場に集められた者達は解散した。
ジークフリートはその場に残り、フライハイトとファウストはそれぞれ何も言わずに去っていった。
レギンとリンデは、グンテルとジークフリートの関係を気にしながらも、エーファ達に連れられて町へ繰り出した。
「この国の王様、アルベリヒ王は十年くらい前から体を壊していてね」
王都の道を歩きながらエーファはレギン達に言う。
「王城で療養しているらしいけど、もう何年も人前に顔を見せていないらしいわ」
病気だけでなく、年齢の問題もあるのだろう。
グンテルが願うまでも無く、アルベリヒ王の寿命はそう長くない。
「なるほど。だからそのドラ息子が調子に乗っている、と」
「…相手が相手だから皆、大きな声では言わないけれどね。彼に良い印象を抱いている者は殆どいないわ」
ほんの少し見ただけのレギンでもよく分かる人物だった。
権力を笠に着て、威張り散らす男。
自分以外全ての者を嫌悪し、侮蔑する性格。
分かり易い程の権力主義者だ。
「国王に他の子供はいなかったのか?」
「娘が一人。だけど…」
「あ、王女様…」
エーファの言葉にリンデは『魔剣の英雄』を思い出す。
当事者であるジークフリート曰く、邪竜が王女を誘拐したのは事実だ。
十三年前にこの国の王女は誘拐され、そして命を落とした。
「…それが、妹か」
レギンは確認するように呟く。
グンテルの妹である王女。
それはグンテル自身が口に出していた。
曰く、ジークフリートと何か関係があったらしいが。
「リンデと似ている、とか言っていたな。それは本当か?」
「…分からない」
レギンの問いにエーファは苦い顔で首を振る。
「グンテルはともかく、王女様は殆ど知られていないの。王様の方針で、ずっと王城の中で育っていたらしいわ」
それはまるで、箱に仕舞われた宝物のように。
或いは、籠の鳥のように。
外見や年齢どころか、名前すらもエーファは聞いたことが無い。
その隠された王女がリンデと似ていると言われて、エーファも驚いていたのだ。
「ただ、あの二人の仲が悪いのは、その王女様が関係しているのよ」
エーファは足を止め、レギン達の方を振り返った。
「十三年前、ジークフリートは邪竜に攫われた王女を助けられなかった。竜を倒しながらも、みすみす目の前で死なせたジークフリートを、あの男は口汚く罵ったらしいわ」
実の父親ですら侮辱するグンテルだが、妹に対しては情があったのか。
それとも、単にジークフリートの失敗を嘲笑しただけなのか。
どちらにせよ、その一件が原因で二人の関係は悪化した。
今では顔を合わせればグンテルの罵倒が飛ばないことは無い。
「…ジークフリートさん、王女様と仲が良かったんですかね?」
リンデは悲し気な表情でそう呟いた。
ジークフリート自身は何も語らなかったが、十三年前のことを話す彼の顔には深い悲しみがあった。
恐らくだが、グンテルの言っていたことは本当だろう。
十三年前、ジークフリートは義憤だけで剣を取ったのではなかった。
友人、或いはそれ以上に親しい相手を救う為に邪竜に立ち向かったのだ。
しかし、彼は王女を救えなかった。
その悲しみと後悔は今でも彼の中に残っている。
だからこそ、似た容姿をしているリンデを放っておけなかった。
見捨てることが出来ず、つい世話を焼いてしまった。
「…その辺りの話は、いずれ本人に聞くとして」
そこまで言ってレギンは後ろを振り向く。
会話にも参加せず、レギン達の少し後ろをついてきていた女を見る。
「お前はさっきから何なんだ。ちらちらと俺の顔を見て、何か用か?」
「う…」
その女、ハーゼは引き攣った顔で後退った。
それを見て、エーファは苦笑を浮かべる。
「ハーゼ。まだびくびくしていたの? この男は危険じゃないって言ったでしょ?」
「ドラゴン嫌いの狂戦士、エーファさんが言うならきっと本当だと思いますけどー…」
「ちょっと待って、私ってそんなあだ名で呼ばれているの?」
初耳だ、とエーファはげんなりとした表情を浮かべた。
確かに一時は復讐に燃えて、週一でドラゴン退治をしていた時期もあったが、狂戦士は酷い。
あまり周りからの評価など気にしないエーファだが、流石に少し傷付いた。
「………」
エーファを余所にハーゼは恐る恐るレギンに目を向ける。
「か、噛みつかない?」
「俺は猛犬か」
呆れたようにレギンは息を吐いた。
この小動物チックな女は、本当にドラゴンスレイヤーなのか。
感じる魔力は確かにエーファに負けず劣らずだが、どうも戦いが向いているようには見えない。
「てっきりエーファさん以外男の人ばかりかと思ったら、ハーゼさんくらい若い方も居たんですね。私と同い年くらいでしょうか?」
「いいえ。私、これでもエーファさんより年上ですよー?」
「え゛」
リンデは思わず固まり、まじまじとハーゼを見た。
小柄で華奢な色白の美少女。
下手したらリンデよりも年下に見える童顔の少女は、二十一歳であるエーファ以上だと言う。
「…私が入った時から、姿が変わっていないような気がするんだけど」
「そう言うエーファさんは二年で随分とスタイルが良くなりましたねー。羨ましいです。本当に」
自身のスレンダーな体に思う所あるのか、ハーゼはため息をつく。
少なくとも、エーファがドラゴンスレイヤーとなった二年前には既にドラゴンスレイヤーだったようだ。
「ハーゼさんはどうしてドラゴンスレイヤーに?」
「私ですかー? 私は元々、ちょっと病気だったんですよー」
何でも無いことのようにハーゼは答えた。
「それで王都の病院に来て病気を治してもらったんですけど、その時の検査で魔力が高いことが分かって…」
「分かって?」
「色々あって、いつの間にかドラゴンスレイヤーになっちゃってましたー!」
笑みを浮かべてハーゼはあっけらかんとそう言った。
特にコレと言った夢も目的も無く、ただ流された末に現在の地位に至った、と。
リンデはポカンと口を開けていた。
「ど、ドラゴンスレイヤーってそんな簡単になれるものなんですか?」
「普通はなれないわよ。逆に言えば、ドラゴンスレイヤーは誰も彼も普通じゃないってことだけど」
「失礼ですねー。私は狂戦士のエーファさんと違って、普通ですよー」
「そのあだ名止めてくれないかしら!?」
あだ名を嫌うエーファのことは無視して、ハーゼは少しだけ怒ったようにリンデを見た。
「そりゃあ、魔力はエーファさんと同じ『C』ランクですけど、ギリギリなんです。ドラゴンスレイヤーとして辛うじて及第点、ってレベルなんですー」
「そう、なんですか?」
「そうなんですー。元々私は、私のような体の弱い人を助ける薬を作る為にドラゴンスレイヤーになったみたいなものでー。ドラゴン退治よりも、薬作りの方が本業なんですー」
人間をドラゴンの脅威から護ることよりも、傷ついた人間を救う薬作りを本業とするドラゴンスレイヤー。
ドラゴンの流す竜血は、万病の秘薬と言われる。
その竜血を研究すれば、どんな怪我も病も治す薬を作ることが出来るかもしれない。
「そう言う訳なので、レギンさん。献血にご協力してくれたりしませんか?」
「断る」
「あはは。そう言うと思いましたー。でも、気が変わったらいつでも言って下さいねー」
クスクスと笑いながらハーゼは言った。
「さて、言いたいことは言ったので、そろそろ私は行きますねー」
「もう行くの?」
「ええ、作りかけの薬が残っているんですよー。それでは」
手を振りながらハーゼは去っていった。
それを見送ってからリンデはエーファの顔を見る。
「ドラゴンスレイヤーにも、色々な方がいるんですね」
「それはそうでしょ。人の身で『竜殺し』なんて偉業を果たすくらいだからね。余程強い意志が無ければなれないものよ」
ハーゼは笑って誤魔化していたが、口で言うほど単純な話では無い筈だ。
誰でもなれるなら英雄とは呼ばれない。
傷付いた人間を救う薬を作る、と言う強い願いがあったからこそハーゼは竜殺しを果たし、ドラゴンスレイヤーとなったのだ。
方向は違えど、その意志の強さはエーファやフライハイトにも劣らない。
「ドラゴンスレイヤー…」
リンデは一人呟く。
ジークフリートの提案でその地位を得てしまったリンデだが、この名の意味は重い。
リンデは自分も他のドラゴンスレイヤーのようになれるだろうか、と不安になったのだった。