第四十九話
「さて、自己紹介と行こうか」
決められた席に着きながら、ジークフリートは呑気に告げた。
「まずは俺。ご存知『黄金』のドラゴンスレイヤー。ジークフリートです」
そう言ってジークフリートはちらりと視線を横に向ける。
「わ、私? ええと…『純白』のドラゴンスレイヤー、ハーゼと申します」
視線を向けられたハーゼは少し慌てながら名乗った。
与えられた色は、純白。
服装や美しい肌、純粋そうな雰囲気からも、相応しい色に思えた。
「同じく。『深緑』のファウストだ」
続けて、ファウストが自らの二つ名を名乗る。
火山のような荒々しい雰囲気を秘めた男だが、与えられた色は物静かな印象を受ける深緑だった。
「…『真紅』のフライハイト」
ぽつり、とフライハイトは呟いた。
露骨に顔を逸らし、レギン達と目を合わせないようにしている。
知り合いだと思われたくないのだろう。
「『漆黒』のエーファ」
それとは逆にエーファは不安そうにリンデとレギンを見ていた。
ドラゴンスレイヤーとして席に着いたエーファとは異なり、二人は沙汰を待つ罪人のように佇んでいる。
「全部で五人。コレが竜殺しの頂点、ドラゴンスレイヤーだよ」
王都を警邏する騎士や、多少魔力を扱える程度の傭兵とは次元が違う。
この五人全てが、単騎でドラゴンを屠る人を超えた英雄達だ。
「よろしくね」
「…ッ」
レギンの頬に冷や汗が浮かぶ。
目の前の者達から感じる魔力は、ドラゴンにも劣らない。
彼らは同時にレギンへと襲い掛かれば、逃げる間もなく討伐されるだろう。
エーファとフライハイトの実力は知っているが、他も決してそれに劣らない雰囲気を持つ。
(…やはり、アイツが一際ヤバいな)
レギンはジークフリートに目を向けた。
分かっていたことだが、比べてみると余計に強く感じる。
放たれる魔力量だけでも、エーファの倍以上だ。
「あ、ファウストさん。回復薬使う? 試作品だけどー」
戦慄するレギンを余所に、唐突にハーゼが懐から小瓶を取り出した。
先程のいざこざで怪我をしたファウストに気付いたのだろう。
「………」
しかし、ファウストは聞こえていないかのように無視した。
瞼を閉じ、また瞑想している。
「む、無視された…」
「ハッ、愛想のねえ奴」
落胆するハーゼを見ながらフライハイトは鼻を鳴らした。
「…そうだ、エーファさん。前に渡した試作品使ってくれました?」
「え? あ、ああ、あの薬ね」
急に声を掛けられたエーファは少し驚きながら、思い出した。
「その子の祖父が毒に冒された時に使わせてもらったわ」
エーファはリンデに目を向け、そう答える。
解毒薬を使った際に言っていた王都の知人とは、ハーゼのことだったのだろう。
「あの薬のお陰で祖父は元気になりました。ありがとうございます!」
「どういたしましてー。データが取りたかっただけですから全然構わないですよ」
「データ?」
「あの薬は私が作ったんですよー。それで、ちゃんと効果があるかどうか調べてもらおうって」
その様子だと問題なかったみたい、とハーゼは満足そうに頷いた。
実験台、と言えば聞こえが悪いが完成した薬も試さないことには効果が分からない。
そして解毒薬を効果を調べるには、毒を浴びた者が必要なのだ。
「そろそろ本題に入ろうぜ。ジークフリート、何でこいつらをここに連れてきたんだ?」
フライハイトは不審そうな目でジークフリートを見た。
「そいつの正体に気付いているのは、俺だけじゃねえだろ?」
レギンを指差して、フライハイトは言った。
レギンの首にロザリオは付けられていない。
それ故にレギンの放つドラゴン特有の気配には、この場に居る全ての者が気付いていた。
雑談を交わしながらも、ドラゴンスレイヤー達の注意は常にレギンへと向けられていた。
「その前に、一つ朗報だ」
「朗報?」
首を傾げるフライハイト。
ファウストとハーゼも訝し気に視線をジークフリートへ向けた。
「六天竜が一体、討伐された」
「なっ…!」
椅子から立ち上がり、驚愕に目を見開くフライハイト。
他の二人も表には出さないが驚いているようだった。
「いつの間に、一体誰が………ッ」
言いかけてフライハイトは何かに気付き、顔をレギンへ向ける。
「…そう言うことか。殺ったのは、コイツだな」
「フライハイト。君は粗暴に見えて、頭の回転は意外と速いね?」
「意外と、は余計だ…!」
そう吐き捨て、フライハイトはドカッと荒々しく座る。
今の会話でジークフリートの考えを理解したようだ。
「そう。彼はドラゴンでありながら、人間の味方だ」
「…おい、人間の味方になった覚えは無いぞ」
「失礼。人間では無く、そこに居るリンデの味方だった」
前以て考えていた台詞のように、ジークフリートはそう返す。
そしてキョトンとしているリンデを指差した。
「つまりは、彼は彼女の『戦力』と言うことだ。俺の魔剣と同じ、彼女だけの『武器』だ」
「え? え?」
「彼女の『武器』は強大だ。何せ、あの六天竜を討伐した功績がある。偉業と言っても良い」
六天竜の実力は、ここに居るドラゴンスレイヤーよりも上だ。
唯一ジークフリートだけは拮抗する可能性があり、事実ファフニールを討伐した経験があるが、他の者は単独では戦いにすらならないだろう。
それを成し遂げた実力を持つドラゴンを従える少女。
「ま、まさか…」
嫌な予感が覚え、エーファは不安そうにジークフリートを見る。
「俺は、彼女を新たなドラゴンスレイヤーに推薦する」
レギンとリンデを見据えて、ジークフリートはそう告げた。
「全く、正気かよ…」
「ドラゴンを、ドラゴンスレイヤーに…?」
「………」
ドラゴンスレイヤー達はそれぞれの反応を示す。
当然だろう。
ジークフリートは前例が無いことを口にした。
六天竜を討伐する為に結成されたドラゴンスレイヤーに、ドラゴンを加えると言ったのだ。
厳密にはドラゴンスレイヤーになるのはリンデの方だが、戦力として期待しているのはレギンであることは明白だ。
「エーファ。ドラゴンスレイヤーの選出方法は何だったかな?」
「…二つあるけれど、一般的なのは現役のドラゴンスレイヤーの弟子となり、推薦を受けてそれに過半数の同意を得ること」
「そう言う訳だ。だから…」
「ま、待って下さい!」
ようやく事態を理解したリンデが慌てて叫んだ。
「私がドラゴンスレイヤーになるだなんて、そんな…」
「リンデ。これは君の為でもある提案なんだ」
弟子に教える師のようにジークフリートは指を立てる。
「君がドラゴンスレイヤーとなれば、レギンは国家戦力となる。彼が人を害さない限り、討伐されることは無くなるだろう」
逆に言えば、そうならなければレギンは討伐対象のままだ。
交渉が決裂すれば、レギンはただのドラゴンでしか無く、この場に居る全てのドラゴンスレイヤーに瞬く間に滅ぼされるだろう。
「最初からコレが狙いだったのか? 腹黒野郎」
レギンは舌打ちをしてジークフリートを睨んだ。
逃げ道を完全に塞いでからの交渉。
最早、レギンが生きる道はリンデがドラゴンスレイヤーになるしかない。
「俺が君を殺せば、きっと彼女は泣くだろう?」
「………」
「それは、良くない。俺は『彼女』に、悲しんでほしくないだけさ」
そう言ってリンデを見つめるジークフリートは、どこか遠くを見ているようだった。
まるで、この場に居ない誰かを、リンデに重ねているかのような。
「それでは採決を取ろう。彼女を、彼女達をドラゴンスレイヤーと認めるか否か」
ジークフリートは他のドラゴンスレイヤー達を見渡した。
「………」
苦虫を嚙み潰したような顔でエーファが手を上げる。
リンデを危険に巻き込みたくないが、これしか手はない。
「ケッ」
気怠そうにフライハイトも挙手をする。
助ける義理は無いが、見逃された借りが残っているからだ。
「………」
「…うう」
ファウストとハーゼの二人は手を上げなかった。
コレで賛成は二票、反対は二票だ。
「票は現役のドラゴンスレイヤー全てに与えられる。つまり、俺も一票持っている」
当然ながら推薦者であるジークフリートは賛成に票を入れる。
結果は三票。過半数に至った。
「決まりだ。おめでとう! 君は新たなドラゴンスレイヤーとなったんだよ、リンデ」
「あ、ありがとうございます」
「二つ名は何が良いだろう? 希望する色はあるかい?」
「い、いえ…」
嬉しそうに言うジークフリートの勢いに圧されながら、リンデは頬を掻く。
あまりの急展開についていけないのだろう。
「『群青』」
「おや?」
それを見かねたかのようにレギンは呟いた。
首を傾げ、ジークフリートはレギンを見る。
「群青、はどうだ? コイツの翼の色だ」
レギンはリンデを軽く引き寄せながらそう告げた。
「群青、群青か。良いんじゃないかな? 君の眼も、川底のような綺麗な青色だしね」
何度も頷き、ジークフリートは笑みを浮かべる。
リンデの翼を見たことは無いが『群青』はその澄んだ眼のイメージに似合っていた。
「君は今日から『群青』のドラゴンスレイヤーだ。活躍を期待しているよ」