第四十八話
王都。
この王国の中心に位置する都市であり、国中の人々が集まる最も活気ある場所だ。
ルストよりも栄えた町並みでありながら、浮浪者の姿は一切無く、道も綺麗に整備されている。
大通りを歩く人々に混じり、何人かの騎士が警邏していた。
町の中央には国王の住む城が存在し、その西方にはドラゴンスレイヤーの本部がある。
他にもドラゴンスレイヤーが使う武器を鍛える鍛冶場や、竜血を研究する施設など。
ドラゴンスレイヤーの本拠地だけあって、ドラゴンに関する施設が多く存在する町だ。
「ここが王都、か」
レギンが初めて見る街並みを見回す。
ジークフリート曰く、邪竜襲来に遭ったこともあるらしいが、破壊の跡はどこにも残っていない。
「リンデは一度来たことがあるのだったな」
「はい。初めて来た時は、人の多さに目が回りましたよ…」
そう言ってリンデは苦笑する。
リンデののんびりとした性格もあいまって、着いたばかりの頃は驚いてばかりだった。
「…エーファさんに出会ってなかったら、途方に暮れて故郷へ帰っていたかも」
「それは、容易に想像出来るわね…」
思わずエーファはその言葉に頷いた。
エーファ自身、この人畜無害そうな娘がドラゴンスレイヤーになりたいと言った時は何の冗談かと思ったくらいだった。
その後に、リンデの才能を知った時の方が冗談みたいな話だったが。
「その頃のリンデは、ずっとエーファの所に居たんだね」
「そうですね。王都に居る間は殆どエーファさんの訓練を受けていました」
「なるほど。道理で俺とは会わなかった筈だ」
ジークフリートはどこか残念そうにそう呟いた。
ジークフリートとエーファは同じドラゴンスレイヤーだが、特別親しい訳でも無い。
わざわざエーファの弟子に会いに行くことなど、ある筈も無かった。
「………」
(やっぱり、何か妙な感じね)
そんなジークフリートの態度に、エーファはまた不思議そうな顔を浮かべる。
今の言い回しは、まるでもっと早く出会っていたかったと言っているように聞こえた。
ジークフリートはやけにリンデを気に入っているようだ。
(一目惚れ、じゃないわよね。流石に年が離れすぎているか)
ジークフリートは今年で二十九歳だ。
十四、五歳のリンデとは少々歳の差に問題がある。
(もしかして、リンデの体質に気付いている?)
どちらかと言えば、そちらの可能性の方が高そうだった。
リンデの持つ『無尽の魔力』
永遠に魔力が尽きない特異体質は、ドラゴンスレイヤーとして無視できない。
例えばリンデの特異体質を解明することが出来れば、他の人間をその体質に変化させることも出来るかもしれない。
全てのドラゴンスレイヤーが無尽の魔力を保有する、そうでなくても魔力ランクの高い者を大量に生み出すことは十分な戦力になる。
(リンデを実験材料にする、なんてことは流石に無いと思うけど…)
何だか嫌な予感がする、とエーファは一人呟いた。
「この部屋を使うのも随分久しぶりな気がするぜ」
ドラゴンスレイヤー本部にて、フライハイトは呟く。
フライハイトが居る場所は、本部の会議室だ。
会議の中でも特に重要な案件を話し合う為の場であり、基本的にドラゴンスレイヤーしか入ることを許されていない。
主に六天竜についてドラゴンスレイヤー同士が意見交換する為に設けられた場だが、最近大きな進展があったことは無い。
この場所が使われるのも一年ぶりのことだ。
「しかも、ドラゴンスレイヤー全員出席とはな。なあ、久しぶりじゃねえか」
フライハイトは自身と同じく席に着いた男に声を掛ける。
「………」
それは、岩のように鍛え上げられた肉体の偉丈夫だった。
年齢は三十代前半と言ったところ。
暗い緑色の道着のような服を纏っており、防具らしい物は何もつけていない。
頭髪を全て剃り落とし、その厳めしい風貌はただ立っているだけで周囲に重圧を与えている。
例えるなら『火山』だろうか。
煮え滾るマグマを強靭な理性で抑え付けているかのような威圧感を持っていた。
「ファウスト。おい、寝てんのか?」
「………」
フライハイトの言葉に男、ファウストは目を閉じたまま答えない。
言葉を返さないどころか、身動き一つしなかった。
「た、多分何か考え事でもしているんじゃないですかね?」
段々と苛立っていくフライハイトの気配を感じたのか、反対側に座っていた女が言った。
ファウストが『火山』なら、その女は『氷雪』と言った雰囲気の人物だった。
雪のように白く美しい肌を持つ美少女。
『雪』と言うと冷たい印象を受けるが、やや幼く見える顔は表情豊かで温かさを感じる。
黒く長い髪を持ち、顔の左目が隠れるように前髪を伸ばしていた。
白い布を何枚も重ね合わせて作ったような暑苦しい服装をしており、体格は華奢でスレンダーな体つきをしている。
年齢は十五、六歳に見える程の童顔だが、エーファが最年少であることを考慮すると、実年齢は二十を超えているのだろう。
「お前も久しいな、ハーゼ。少しは魔力上がったか?」
「いえ、私はまだまだですよ…」
フライハイトの言葉にハーゼは苦笑を返す。
それが全てでは無いが、やはり魔力ランクはドラゴンスレイヤーにとって大きなステータスだ。
フライハイトの魔力ランクは『B』
つまり、ジークフリートに次ぐ魔力の持ち主と言うことだ。
「二十年前と十三年前の戦いでほぼ全てのドラゴンスレイヤーが死んじまって、今のドラゴンスレイヤーはたった五人しかいねえんだ。ジークフリート程とは言わずとも、俺と同じくらいの魔力を持つドラゴンスレイヤーが現れればな」
今のドラゴンスレイヤーが若い者ばかりなのは、それが理由だった。
人間がドラゴンに唯一勝っていた数でさえ、最近では六天竜に劣っている。
せめて魔力くらいは何とかならないか、とフライハイトは嘆いた。
「魔力だけが全ての実力を決めるのではない」
「あん?」
唐突に、ファウストは口を開いた。
閉じていた瞼を開き、フライハイトを見る。
「魔力とは剣のような物だ。質が良ければ確かに強くなれるが、技術を磨かなければ、ただ剣に使われるだけだ」
「…何が言いたい?」
「宝の持ち腐れだと言っている。それだけの魔力を持ちながら、慢心して武器を失ったのは誰だ?」
「テメエ…!」
ガタッと音を鳴らしてフライハイトは立ち上がる。
「ゴミみてえな魔力の分際に俺に何て言った?」
「魔力の有無がドラゴンスレイヤーの価値を決めるのではない。ドラゴンを屠る実力だ」
「なら見せてみろよ! 魔力量と言う絶対的な才能の差を超えた実力ってやつを!」
元々沸点の低いフライハイトは完全に激高して叫ぶ。
「得物を失った相手と戦いたくなど無いのだがな」
そう言ってファウストも席から立ち上がる。
武器は持たず、ただ拳を構えるだけだ。
「ハッ! 魔剣が無ければ勝てるとでも思ったかよ!」
フライハイトは何も持っていない右手で、大気を掴むような動作をする。
それに合わせ、大気に色を塗る様に赤い結晶のような物が具現化した。
「魔力で、剣を作ったのか」
「有り余る魔力を持つ俺だけの技術だ」
常に魔力を送って結晶の剣を維持しなければならない為、消耗は激しい。
しかし、ジークフリートに次ぐ魔力量を持つフライハイトだからこそ成立する。
「怪我してから後悔すんなよ!」
「………」
赤い剣を振り被り、フライハイトはファウストへ襲い掛かる。
ファウストは無言のまま、武術のような構えを取った。
交差は一瞬。
「ッ…!」
ファウストが呻き、自身の首に手を当てる。
そこには薄く、赤い線が一本刻まれていた。
「ハハハッ! 良かったなぁ、俺の手に魔剣があれば首を刎ねていた所だぜ?」
勝ち誇ったようにフライハイトは笑った。
「…ああ、そうだな。魔剣であれば、折れなかっただろう」
「何?」
瞬間、音を立ててフライハイトの持つ剣が砕け散った。
魔力で作られた剣は、跡形も無く消滅していく。
「いつの間に…」
消えていく剣の欠片を眺めながらフライハイトは呟く。
フライハイトがファウストの首を狙うと同時に、ファウストの拳はフライハイトの剣を砕いていたのだ。
「チッ、引き分けか。面白くねえ!」
大きく舌打ちをしてフライハイトはファウストを睨む。
「こうなりゃとことん…」
「こ、これ以上会議室で暴れるのはやめて下さーい!」
まだ戦いたそうなフライハイトを止めるように、ハーゼが叫んだ。
「お二人が本気で戦ったら部屋が滅茶苦茶になっちゃいますよ! それに、ほら!」
そう言ってハーゼは慌てた様子で部屋の入り口を指差す。
「やれやれ。二人共、何やっているんだい?」
そこには、呆れた顔のジークフリートが立っていた。
「お前らは…」
フライハイトにとって見覚えのある三人を連れた状態で。