第四十七話
二十年前、王都を邪竜が襲撃した。
邪竜の名は、ファフニール。
六天竜の中でも特に危険なドラゴンだった。
王都のドラゴンスレイヤー達は力を合わせてファフニールと戦った。
それは壮絶な戦いだった。
当時王都に居たドラゴンスレイヤーの殆どが戦死し、辛うじて退けたファフニールには止めを刺すことが出来なかった。
結果的に王都を守り抜くことには成功したが、とても勝利とは呼べなかった。
そして、十三年前。
二度目の邪竜襲来が起きる。
再び現れたファフニールを前に、人類は何の抵抗も出来なかった。
一度目の襲来時にドラゴンスレイヤーは壊滅寸前だったのだ。
王都を離れていたことで生き残っていた者達も、二度目の襲撃で残らず殺害された。
ファフニールは国王にも重傷を負わせ、人類を嘲るように王女を攫って消えた。
一国の王女が攫われたことで、多くの人間が彼女を救いに向かったが、ドラゴンスレイヤーでも無い人間では無力だった。
そんな中、一人の少年が魔剣を手にしてファフニールの下へ向かった。
彼はドラゴンスレイヤーを父に持つ男だった。
まだ若く未熟であるが故に、二度の襲来を生き抜いた見習いだった。
王女を助け出す為、父の仇を討つ為、少年は魔剣を手に戦った。
誰も知らない戦いの末、少年は無事生還した。
邪竜は滅ぼされ、少年は新たなドラゴンスレイヤーとなる。
二度の襲来を生き抜いた唯一のドラゴンスレイヤー。
彼は後に『黄金のドラゴンスレイヤー』と呼ばれるようになった。
「とまあ、俺の話はこれくらいかな」
ゴトゴトと揺れる馬車の中、ジークフリートはそう言葉を締めた。
王都へ向かう途中、退屈しのぎに自分の話と王都の歴史を語っていたのだ。
同じ馬車に乗るレギン、リンデ、エーファの三人はそれぞれ違う反応をしながら静かに聞いていた。
「大雑把な話は私も知っていたけど、やっぱり当事者から聞くと少し違うわね…」
エーファは一人納得したように頷く。
この話は王都、特にドラゴンスレイヤーの間では有名な話だ。
一般的には六天竜の存在が知られていない為、ただ強いドラゴンが王都を襲ったとしか伝わっていないが、真実を知る者は違う。
二十年前と十三年前、二度に渡って王都を襲った邪竜は、他とは比べ物にならない化物だった。
幾つもの村と町を破壊し、災害と同一視される程の存在。
多くのドラゴンスレイヤーが犠牲になったが、それでもまだマシな方だった。
最悪、王都そのものが消滅する可能性も十分にあった。
「正しく、英雄譚って感じですね! 凄いです、ジークフリートさん!」
リンデは素直にジークフリートの偉業を称賛する。
まるで物語の英雄そのものである彼に、目を輝かせていた。
「ははは。リンデは素直で良い子だね」
嬉しそうに、しかしどこか悲し気にジークフリートは笑った。
誰もが称賛する魔剣の英雄でありながら、ジークフリートはそれを誇らない。
それはきっと、邪竜を倒しても救えなかった人がいるからだろう。
父の復讐に燃える魔剣の英雄が、邪竜との戦いの中で何を見たのか。
魔剣の英雄はどうして攫われた王女を救えなかったのか。
その全ては当事者しか知らない。
「…少し良いか?」
ずっと黙って話を聞いていたレギンは重々しく口を開く。
「何か?」
「俺は記憶喪失と言う物でな。自分の名前すらろくに覚えていない」
「………」
「だからお前に、一つ聞きたい」
レギンはジークフリートの眼を見ながら、告げる。
「俺がリンドブルムに会った時、奴は俺を見て『十三年前』と口走った。詳細は不明だが、十三年前の出来事に記憶を失う前の俺が関わっているらしい」
そして今、改めて十三年前の出来事を当人の口から聞いた。
邪竜襲来。
ドラゴンであるレギンがどう関わっているかなど、誰でも分かる。
「俺は、十三年前にお前が戦ったファフニールと言う邪竜なのか?」
「………」
ジークフリートは真剣な表情で口を閉じた。
探し求めていた記憶。
忘れてしまっていた自分自身の正体。
コレがそうなのか。
かつて王都を襲い、大勢の人間を虐殺した邪竜ファフニール。
それこそが、レギンの求めていた真実なのか。
「レギン…」
リンデは心配そうにそれを眺めていた。
例えレギンの過去がどうあれ、リンデは態度を変えるつもりは無い。
しかし、エーファやジークフリートはどうだろうか。
個人的な感情は別としても、ドラゴンスレイヤーとして、邪竜を見過ごすことが出来るのか。
「…期待させている所、悪いけど」
ジークフリートはゆっくりと口を開く。
「君は、ファフニールでは無い」
ハッキリとそう告げた。
邪竜と直接戦った経験を持つジークフリート自身が断言した。
「そもそも、ファフニールは十三年前に俺が滅ぼした。それは間違いない」
「…そうか」
「君の正体は俺自身も分からない。けれど、ファフニールでないことだけは自信を持って言えるよ」
そう言ってジークフリートは苦笑を浮かべた。
「よ、良かったぁ!…あ、いや、良くなかった、のかな…?」
「どっちだ」
ジークフリートの言葉に喜びを露わにした後、リンデは気まずそうに視線を逸らす。
レギンの正体が邪竜でなかったことは嬉しいが、レギンからすればまた記憶探しが振り出しに戻ってしまったと言うことだ。
その為、喜べばいいのか悲しめばいいのか、複雑な表情を浮かべている。
「はっはっは、リンデは本当に素直だな。素直なのは良いことだよ」
そんなリンデを見てジークフリートは楽し気に笑った。
何故か、リンデを見つめる眼には懐かしさすら浮かんでいる。
「………」
上機嫌なジークフリートをエーファは不思議そうに眺めていた。
今まで彼が声を上げて笑う姿など、見たことが無かったからだ。
戦士として、騎士としては優秀な男だが、あまり必要以上に他人に干渉しない。
人当たりは決して悪くないが、どこか他人との間に壁を作る男。
エーファも他人のことは言えないが、仕事人間と言った雰囲気の人物だった。
(レギンを王都に連れて行くから? それとも、リンデが何か…?)
首を傾げながら考えるが、答えは出なかった。
そうしていると、ガタッと音を立てて馬車が止まる。
「…着いたようだ」
「着いたって…」
「早すぎないか?」
「この馬車は特別製なんだよ。さあ、二人共降りて」
ジークフリートは馬車の扉を開けながら言った。
「ようこそ王都へ。これから俺が、ドラゴンスレイヤー本部へ案内しよう」