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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
二章 六天竜
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第四十五話


『変化』と言う物が、嫌いだった。


ドラゴンは不変だ。


成長も老化もしない。


魔力を喰らい続けることで存在の強度は増大するかもしれないが、本質的には何も変わらない。


だから私は変化を嫌った。


変化し続ける世界を疎み、森の奥で静かに暮らしていた。


『………』


自然は好きだ。


森は人間の町とは違い、いつまでも変化しない。


たまに森に現れる人間を喰らいながら、私は何も変わらずにただ生き続けた。


そんな日々を何十年も何百年も、繰り返してきた。


『…あなたは、誰?』


そして、彼女・・に出会った。


『…子供?』


今度の侵入者は幼い少女だった。


ボロボロの恰好をした傷だらけの娘。


いつもとは毛色の違う来訪者に私は興味を持った。


『どうして、ここに来た?』


『それは…』


少女は語り始めた。


この森は、人々の間では『帰らずの森』と呼ばれていること。


この森に入った者は誰一人生きて戻れないと恐れられていること。


少女は、実の両親によってこの森へ捨てられたこと。


『………』


これだから心変わりする生物は嫌いだ、と私は思った。


不要になるなら最初から子など作らなければいい。


初めは望んで得た筈の物をあっさりと手放すなど、理解に苦しむ。


『あの、ここに居てもいいですか?』


『何?』


『帰る場所が、無いんです…』


それはそうだろう。


この娘はどう見ても十歳にも満たない年齢だ。


両親の住む家に居場所が無いのなら、もうどこにも帰る場所など無いだろう。


だからと言って私が面倒を見る理由も無い。


しかし、


『…好きにするといい』


何故か私はそう口にしていた。


この惨めで憐れな少女に、この森で暮らす許可を与えた。


『ッ! は、はい! ありがとうございます!』


少女は弾けるような笑みを浮かべて、深く頭を下げた。


それは私の最も嫌う『変化』だったが、その時の私はそれに気付かなかった。


『………』


少女の名前は、エーデルと言った。


エーデルワイス、と言う花から付けられた名前らしい。


良い名前だとは思う。


エーデルを捨てた両親も最初から彼女を疎んでいた訳では無いのだろう。


人間は時と共に醜悪になっていく。


外見だけの話では無い。


純粋無垢だった心も、時と共に荒み、醜くなる。


どんな人間であっても、幼少期の清廉さを失ってしまう。


そう、思っていた。


『お師匠様! 今日は山菜が沢山採れましたね!』


『ああ、だけど…』


『分かっています。採り過ぎないように、ですよね? 森は皆の物ですから』


エーデルは、美しく成長していった。


痩せこけてボロボロだった体は、この森で生活する内に健康な体になった。


それでも自然への感謝を忘れず、清廉さを失わなかった。


『お師匠様。今日は何を教えてくれるんですか?』


森で生きる為の知恵をあれこれ教えていたら、いつの間にかエーデルは私を師匠と呼ぶようになった。


悪い気分はしなかった。


だから私は師として、長い経験から得た知識を全てエーデルに教えていた。


食べられる植物。食べられない植物。危険な動物の特徴。有毒植物に触れた際の対処法。


エーデルは私の教える知識に喜んだり、驚いたり、素直な反応をしていた。


『そうだな。今日は…』


楽しかった。


今まで生きてきて、最も楽しい時間だったかも知れない。


私はいつしかエーデルを自分の娘のように感じていた。


こんな時間がいつまでもいつまでも続くと思っていた。


『………』


時は流れ、エーデルは大人になり、歳を取っていった。


六十年・・・


数百年を生きる私にとっては、ほんの僅かな時間だった。


しかし、人間エーデルにとってはそうではなかった。


『…お、師匠、様…』


年老いたエーデルは、もう自力で起き上がることも出来なくなっていた。


美しかった肌には深い皺が刻まれ、綺麗だった髪は全て白く染まっている。


『ッ…』


何か出来ることはないか、と私は自問した。


死がエーデルに迫っている。


それなのに、私は何もすることが出来ないのか、と。


『ッ……う…』


『…エーデル? 泣いているのかい?』


横たわるエーデルの目から涙が零れ、私は彼女の傍に近寄った。


『ごめん、なさい…』


『…何故、謝るんだ?』


『私、約束した、のに…』


『約束?』


『一緒に居る…って…』


それは出会ってすぐの頃にエーデルが言った言葉だった。


森で一人きりで生きていた私に、これからはずっと一緒に居ると約束した。


いつまでもいつまでも一緒に居る、と。


『私は、またあなたを、一人に、しようとして…』


涙を浮かべるエーデルの目が、地面に咲く一輪の花を見つめた。


『生まれ変われれば、良かったのに…』


『え?』


『もし、生まれ変われたのなら、私……あの花になって、ずっと、お師匠様の、傍に…』


それが、エーデルの最期の言葉だった。


悲しみと後悔の中で、エーデルは死んだ。


『あ…ああッ…!』


どうして、人は死ぬのだろう。


どうして、私は生きているのだろう。


私は、どうすれば良かった?


『ああああああああああああッ…!』


どうすれば、良かったのだろう?








『………』


レギンは黄金の光の中に消えたリンドブルムを睨んでいた。


回避する隙は与えなかった筈だ。


そして、今の一撃にリンドブルムは耐えられない。


戦いは終わった。


その筈だった。


『…な、に』


光が消えた時、そこにリンドブルムの姿は無かった。


跡形も無く消し飛んだ、訳では無い。


居ない。


(なら、さっきまで俺が見ていたリンドブルムは…!)


その答えは、全身に走る痛みと共にやってきた。


レギンの全身を串刺しにする大量の茨。


「忘れたのかい? 私の能力は、ドラゴンのあなたにも通じるんだよ?」


その茨の上に、リンドブルムが立っていた。


竜の姿ではない。


レギンの眼を欺く為か、人間の姿になっている。


「あなたが攻撃したのは、少し前の私。最後の最後で、私の術があなたの精神を捉えた」


『………』


「と言っても、もう聞こえていないかな」


リンドブルムはレギンを貫く茨に目を向ける。


全身を貫く茨は、リンドブルムの胸も貫通していた。


心臓を貫いた(・・・・・・)。どんなドラゴンであっても、致命傷だよ」


ぐらり、とレギンの体が揺れた。


羽搏くことを止めたレギンの体が地へと墜ちていく。


「私の勝ちだ。黄金の竜よ」








「レギン! ちょっと、まさか本当に…!」


地に墜ちたレギンにエーファが駆け寄る。


エーファの見ている前でレギンの体がドロドロと溶けていく。


「心臓が壊れたから魔力が縮小しているのかな? 人間で言う死後硬直みたいなものだよ」


「ッ」


「やあ、そこを退いてくれないか」


レギンの体の前に立つエーファに、リンドブルムはそう告げる。


今はエーファの相手などする気は無い。


そもそも放っておけば、町に満ちる魔力の影響でいずれ植物化する。


「くっ…」


「今の状態で魔力を使うのはやめておいた方が良いよ。植物化が促進して体が痛むから」


「そんなこと…! あ、ああああ…!」


「ほらね」


植物化した腕を抑えて苦悶の声を上げるエーファに、リンドブルムは呆れたように呟く。


「ゆっくり植物化すれば痛みも無いから。大人しくしていなよ」


「あああ…! ぐ…あああ…!」


忠告されても、エーファは魔力を止めない。


当然だ。レギンが倒された今、この町を救えるのはエーファしかいない。


例えそれが自殺行為であったとしても、抵抗を止めて諦めることなど有り得ない。


「全く、聞き分けの無い子は苦手だよ………うん?」


ふと足音を聞いて、リンドブルムは音の方へ視線を向ける。


「レギンは、どこですか…?」


そこに居たのは、リンデだった。


滝のような汗をかき、呼吸を荒げながらも、自分の足で立っている。


「ほう。この状況で一切植物化しないのは凄いね。流石、黄金が狙っていた(・・・・・)だけのことはある」


「答えて、下さい。レギンを、どうしたんですか…?」


「殺したよ。そこに在る死体が見えないかな?」


リンドブルムはあっさりと答えた。


リンデの眼が驚愕に見開く。


「嘘…嘘です…あの人が、死んだ、なんて…」


「あの人、じゃなくてドラゴンだよ。どうも君は彼を人間扱いしているようだね」


リンドブルムはそう言いながら、リンデの顔を見つめた。


「ティアマトには悪いことしたし、君を連れて行けば彼女も機嫌を直すかな?」


「ッ! リンデ、逃げて…!」


不穏な言葉を聞き、エーファは叫ぶ。


しかし、リンデはレギンが死んだことがショックなのか動けない。


リンドブルムは朗らかな笑みを浮かべて、リンデへ手を伸ばす。


「それじゃあ、一緒に…」


「何を、している…」


地の底から響くような声が聞こえた。


リンドブルムの背筋に悪寒が走る。


有り得ない。


彼は、死んだ。


心臓を破壊され、確実に死んだ筈だ。


リンドブルムは慌てて振り返る。


俺の黄金(・・・・)にお前は、何をしている…!」


死が、立っていた。


手足と胴体、剥き出しとなった心臓すらも再生しながら人間体のレギンが襲い掛かる。


(違う…! コイツは『黄金』じゃない! ドラゴンですらない! コイツは、コイツは…!)


黄金化したレギンの右腕が、リンドブルムの心臓を貫いた。


化物・・だ)


急所を貫かれたリンドブルムの体が崩れ落ちる。


破られた服から、小さな骨が地に転がった。


「……あ…」


ゆっくりと手を伸ばし、それを大切そうに握り締めるリンドブルム。


それは、かつて共に居た少女の欠片。


どれだけの時間が経とうと色褪せることの無い記憶。


「………」


段々と闇に沈んでいく意識の中、いつかの光景が蘇る。


『お師匠様。エーデルワイスの花言葉って知ってますか?』


『知らないんですか? えへへ。なら、私が教えてあげますよ』


『エーデルワイスの花言葉は―――』


「…『大切な思い出』」


リンドブルムの目から一筋の涙が落ちた。


「…エーデル。君と、同じ時を、生きたかった…」

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