第四十一話
「思っていた以上にのどかな町だな…」
レギンはミットライトの街並みを見て、思わず呟いた。
王都から離れている為、ルストほど華やかでは無いが、騒乱の音も聞こえない。
気になるのは町の規模に対して、やや人口が少ないことくらいだ。
他にこれと言った特徴は無い、極々平凡な町だ。
一体何が目的でリンドブルムはこの町を選んだのだろうか。
「レギン。本当にこの町に?」
「それは間違いない」
リンデに言われてレギンは周囲に目を向けた。
はっきりと魔力を感じ取れる。
リンドブルムは確実に今、この町に居る筈だ。
「だが、魔力が拡散し過ぎているな。これでは具体的な位置までは分からん」
リンドブルムの魔力は町全体に広まっている。
町のあちこちから魔力の残滓が感じ取れる為、詳細な位置が把握できない。
「直接見つけ出すしかないな」
「そうですね。幸い、あの人は目立つ容姿をしていますし」
頭から花の生えた男など、どこに居ても目立つだろう。
特にこんな穏やかな町なら尚更だ。
「どちらにせよ、私は一度本部と連絡を取るわ」
「別のドラゴンスレイヤーが送られるのだったか」
「ええ。それが到着してからリンドブルムの討伐に当たる」
そう言ってエーファはレギンの顔を見た。
「派遣されるドラゴンスレイヤーにもよるけど、出来る限り顔は合わせない方がいいわよ」
「分かっている。俺だって、ドラゴンスレイヤーと戦いたい訳じゃない」
エーファの時も、フライハイトの時も、やむを得ない事情があったのだ。
やってくるドラゴンスレイヤーが誰であれ、リンドブルムを倒すことに不満はない。
その前に、レギンの知りたいことを聞きだすだけだ。
「じゃあ、ちょっと行って来るわね」
小石のような通信機を見せながらエーファは走り去る。
この場で通信すれば良いとも思うが、希少な魔道具なので人前で使えない規則でもあるのだろう。
「………」
エーファを見送って、レギンは町を見渡す。
奇妙だ、と思う。
この町からリンドブルムの魔力を感じると言ったのは嘘では無いが、そもそも感じ取れるのがおかしい。
ルストで出会った時、リンドブルムは自身の魔力と気配を完全に隠していた。
町中を調査していたレギンが魔力の残滓すら感じ取れず、エーファに至っては目の前に現れてもすぐには気付くことが出来なかった。
それなのに、ここに来るまでリンドブルムの魔力が途切れることは無かった。
魔力の残滓がまるで道標のように存在し、レギン達をここまで案内した。
(罠、か)
レギンはリンドブルムを見付けたのではない、リンドブルムに誘い込まれたのだ。
薄々レギンはそれに気付いていたが、敢えてここまでやってきた。
リンドブルムにどんな狙いがあるのかは知らないが、好都合だ。
例え罠であろうと、利用させてもらう。
「あ!」
「…何だ、急に大声を出すな」
横目で睨むレギンの声は聞こえていないのか、リンデは突然走り出した。
「あの、落としましたよー!」
地面に落ちていた本を拾い、リンデは前を歩いていた男に声をかけた。
どうやら、あの本は男の持ち物らしい。
「おや。コレはご丁寧にどうも」
呼び止められた男は、ゆっくりと振り返った。
それは、腰に剣を差した騎士風の男だった。
白地に金色の刺繍が入った服を纏う三十歳前後の男。
右手の人差し指には金の指輪を付け、左耳だけに同じく金のピアスを付けている。
髪は鮮やかな金色だが、寝癖もそのままにしている。
立派な服装をしているが、全体的に服に着られていると言う印象が拭えない人物だ。
「―――――」
「?」
騎士風の男は愛想の良い笑みを浮かべたまま、動きを止めた。
その視線は真っ直ぐリンデに向けられている。
「どうかしましたか?」
「…ああ。いや、何でも無い」
リンデの声に我に返り、男は曖昧な笑みを浮かべた。
「ちょっと知り合いに似ていて、驚いたんだ。悪いね」
男はリンデから落とした本を受け取りながら、そう言った。
「俺はザイフリートと言う。君は?」
「私はリンデです。はじめまして、ザイフリートさん」
自己紹介を交わすリンデの頭に手が置かれた。
「おい、本当にお前は幼児よりも目が離せない奴だな」
「あ、レギン」
「あ、じゃねえよ。勝手に走り出すんじゃない」
コツン、と軽くリンデの頭を叩くレギン。
善意で行動するのは構わないが、本当に危なっかしい。
「えへへ、ごめんなさい…」
頬を掻きながら謝るリンデ。
気まずそうに逸らした目が、ザイフリートの持つ本を捉えた。
「魔剣の英雄…?」
「え? ああ、コレか」
言われてザイフリートは手にした本を開いた。
「その本、お好きなんですか?」
「いや、好きか嫌いかと言うと………嫌いかな」
何やら渋い表情を浮かべてザイフリートは言った。
「この話自体は嫌いじゃないんだけど、やはり空想は空想に過ぎないってことを考えてしまうな」
「ほう? お前もコレは子供騙しだと思うのか?」
同じ意見を得られたと思ったのか、レギンは興味深そうに言う。
「実は、コレって本当の話を元にした物語なんだよ」
「そうだったんですか? 知らなかったです」
「もう十三年も前の話だから、若い子は知らないかな」
(十三年?)
ぴくり、とレギンの肩が動いた。
最近聞いたばかりの情報だ。
「大体の話はこの本と同じさ。とある邪竜がお姫様を攫っていった。義憤に燃える『少年』は魔剣を手にして邪竜を滅ぼした」
ザイフリートは淡々と物語の真実を告げる。
「そして、お姫様は助からなかった」
「…え?」
「現実は物語のように上手く運ばない物でね。魔剣の英雄は邪竜を倒しても、お姫様までは助けられなかったんだよ」
どこか悲し気にザイフリートは笑った。
それはあまりにも悲痛と後悔に満ちており、リンデは心に痛みを感じた。
「あなたは、もしかして…」
「さて、そろそろ俺は行くよ。おっさんの長話に付き合わせて悪かったな」
リンデの言葉を遮る様にそう言うと、ザイフリートは返事を待たずに立ち去った。
それを二人は無言で見送る。
不思議な雰囲気を持つ男だった。
物静かで人当たりが良さそうなのに、その顔の下には深い悲しみと後悔を滲ませている。
『読めない人間』とは、あんな人間のことを言うのだろう。
「リンデ。レギン。ここに居たのね」
「エーファさん。連絡はもう終わったんですか?」
入れ違いになるように戻ってきたエーファにリンデは言う。
エーファは何やら複雑な表情で、小石のような魔道具を握っていた。
何かトラブルでもあったのだろうか。
「ええ。それが…」
「…待て。空を見ろ」
言いかけたエーファの言葉を遮り、レギンは空を指差した。
言われるままに二人は空を見上げる。
「何?」
「空が、赤い?」
まだ昼間だと言うのに、空が赤く染まっていた。
夕焼け、では無い。
雲一つない青空を覆い隠すように、赤い靄のような物が浮かんでいる。
「コレは…」
その時、町全体が揺れた。
思わずふらつくレギン達の前で、地面が隆起する。
「ッ!」
大地を突き破り、天へと伸びる『赤』
それは、柱のような大きさを持った『巨大な花』だった。
蕾が開くように、口を開けた花弁から赤い花粉が散布される。
一本だけでは無い。
町のあちこちから計十本の大輪が咲き誇る。
(この花…! まさか、町全体から魔力を感じたのは…!)
ただ魔力の残滓が残っていただけじゃない。
リンドブルムは自身の魔力を町のあちこちに植え付けていたのだ。
レギン達を迎え撃つ為に。
「リンドブルム…!」
罠だとは思っていたが、ここまで大掛かりな物を仕掛けていたとは思わなかった。
赤い花粉が霧のように町全体を覆い尽くす。
町の人々がそれに呑まれ、意識を失っていく。
「私の庭へようこそ」
赤い空の下、リンドブルムは悠然と佇んでいた。
「歓迎するよ。黄金の竜」