第四十話
あるところに一人の『少年』がいました。
彼は平凡な村の生まれでしたが、いつか誰かを救えるような人間になりたいと日々努力していました。
ある日、王様の住む都に『邪竜』が現れ『姫』が攫われてしまいました。
王様は深く悲しみ、誰か『姫』を救ってくれと国中に御触れを出しました。
それを聞いた『少年』は王国の宝である『魔剣』を手にして『邪竜』の下へ向かいました。
『邪竜』は強く、二人は一日中戦い続けました。
そして、長い戦いの末『少年』の刃が『邪竜』の心臓を貫き、見事倒すことに成功したのです。
その後『少年』は王様の下へ戻り、助け出した『姫』といつまでも幸せに暮らしました。
「子供騙しだな」
レギンはそう言って読んでいた本を閉じた。
あまり愉快な内容では無かったのか、レギンは苦い顔を浮かべている。
「あ、懐かしい。それって『魔剣の英雄』ですか?」
それに気付いたリンデが呟いた。
「私も昔読んでいたんですよ。コレ、面白いですよね?」
「ケッ」
笑みを浮かべるリンデをレギンは不機嫌そうに睨む。
「コレのどこか面白いんだよ? 意味分からん所ばかりじゃないか」
「え? 例えば?」
リンデは小首を傾げて、レギンに尋ねた。
レギンは鼻を鳴らし、閉じていた本を開く。
「まず、魔剣の英雄だとか言われているが、ドラゴン退治するまでは英雄でも何でもないコイツに国宝を与えるのもおかしい」
「ふんふん」
「次に、何でこの邪竜とやらは姫を攫っておきながら一切手を出していないんだ? 普通手に入れたその日に喰うだろう? その為に攫ったんだから」
「なるほど」
「最後に、国中に触れを出しているのに、よりによって平凡な村人がドラゴンを倒すなんて有り得ない話だろう? コイツより強い奴なんて国中に幾らでもいる筈だ」
「確かに!」
コクコク、とリンデは律義にレギンの言葉に相槌を打つ。
持論を語るレギンも何だか楽しくなってきたのか、普段よりも饒舌になっていた。
そんな二人をエーファは冷めた目で眺めていた。
「子供向けの物語をこき下ろすんじゃないわよ。大人げない」
「お前もそう思うだろうドラゴンスレイヤー。魔剣を持たせるだけでどんな村人にもドラゴン退治されては商売上がったりだろう」
「別に私は商売でドラゴン退治している訳じゃないのだけど…」
ため息をついてエーファは熱心にレギンの言葉に頷くリンデを見つめた。
「この子に変なこと教えないで。真似したらどうするの」
「保護者か」
「師匠よ。この子に悪影響を及ぼす者は見逃せないわ」
エーファはちらり、とレギンの持つ本に目を落とす。
「と言うか、そんな本いつのまに手に入れたの? まさか盗んだんじゃないでしょうね?」
「失敬な」
心外、と言いたげにレギンは胸を張った。
「コレは俺が体を売って得た金で手に入れた物だ」
「体を、売って…ですって…!」
堂々と言い放つレギンに、エーファの顔が真っ赤に染まる。
間違ってはいない。
嘘も言っていないが、言い方が致命的に悪かった。
「な、な、な…」
「何を面白い顔をしている? そんなに変なことを言ったか、俺は」
「変に決まっているでしょう!? ふ、不埒な…!」
「あの…」
トントン、と動揺するエーファの肩をリンデが叩いた。
「あのですね。レギンが言っているのは、自分の黄金を売ったと言う意味です」
エーファの勘違いを察して、リンデが耳元で囁く。
恥ずかしいのか、リンデの頬も僅かに赤く染まっていた。
「~~~ッ」
勘違いを悟り、エーファの顔がさっきよりも赤くなる。
「ま、紛らわしい言い方をするな!」
「さて、何が紛らわしいのか。何を勘違いしたのか。人ではない俺にはとんと見当もつきませぬ」
妙な口調で惚けるレギン。
どう見てもわざとだった。
「はて、リンデに悪影響を及ぼす者は無害なドラゴンである俺か、耳年増なシスターであるお前か」
「だ、誰が耳年増だ!? くううう…!」
「お、落ち着いて! 落ち着いて下さい、エーファさん!」
屈辱のあまりスティレットを抜こうとするエーファを必死で抑えるリンデ。
悔し気に唸るエーファを、レギンは心底楽しそうに眺めていた。
「近いな。段々とはっきり分かってきたぞ」
前を歩きながらレギンはそう呟く。
レギンの眼には魔力が見える。
その眼が感じ取っているのだ。
リンドブルムの残した魔力の残滓を。
「今、地図だとどの辺りですかね?」
「えーと、ルストから森を抜けてずっと東に来たから…」
地図を広げながらエーファは口元に手を当てて考え込む。
「今この辺りか。でも、このまま東に進むと」
指で地図をなぞり、エーファは顔を顰める。
この調子で東に進み続ければ、そこに在るのは『東の果て』
瘴気に満ちた死の土地だ。
人間では迂闊に入ることすら出来ない。
もし、この場所にリンドブルムが逃げ込んだとするなら追い掛けるのは非常に困難となるだろう。
「…ん? 向きが変わったな」
「どうしました?」
「こっちだ。ついてこい」
そう言うと、レギンは急に向きを変えて走り出した。
「そっちは東じゃないわよ?」
「最初から東を目指していた訳じゃない。リンドブルムの魔力を追っていたんだろう」
確かに東の方からもリンドブルムの魔力を感じた。
しかし、よりはっきりと感じるのはこの場から北の方角。
そしてそれは、かなり近い。
「…アレだ」
「アレって…」
レギンが指差す先には一つの町があった。
ルストよりは派手さに欠けるが、それなりに栄えているように見える町。
エーファは地図を確認する。
「王国の北東部。アレは『ミットライト』ね」
「ミットライト…」
特別な所など何も感じない町だ。
普通の人間が、普通に暮らしている町。
その場所に、
「間違いない。リンドブルムは、あの町に潜んでいる」
リンドブルムが存在する。