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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
二章 六天竜
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第三十九話


「おい待て。食事はリンデに作らせろ」


「それだと私が食べられないじゃない。いいから今日は私の手料理を食べなさいよ」


ルストから東に行った先にある森の中。


採取した山菜を使って昼食を作ろうとするエーファに、レギンは嫌そうに言った。


「お前の料理は味が無い。まるで紙を食べているような味わいだ」


「人を料理下手みたいに言うな! あなた、そもそも味覚無いでしょうが!」


「魔力が欠片も無い。せめて肉が入っていれば、まだマシなのだが」


レギンは鍋に放り込まれた野菜の山を見て顔を顰めた。


「レギンの分は私が作りますよ」


「…悪いな」


「いえいえ。私の料理を美味しく食べてくれるのはレギンだけですから!」


ニコニコと笑いながらリンデは別の鍋を取り出した。


人に料理を振る舞うのが嬉しいのか、本当に楽しそうだ。


レギンに味覚が無い、と言う話は聞こえていなかったらしい。


「………」


エーファと共にルストを出立した二人。


レギンの魔力探知によると、リンドブルムは東へ逃げたようだ。


それを追う三人がリンドブルムの屋敷があった森に入り、もう数日になる。


方角は確かに合っている筈だが、今の所ワイバーン一匹見かけることも無い。


「あ、これ美味しいですね! 野草ばかりなのに深い味わいで!」


「ふふふ、口に合って良かったわ」


エーファの作った山菜のシチューを食べながらリンデは笑みを浮かべる。


使っている材料はリンデも知っている野草ばかりだが、調理技術が違うのだろう。


肉類は一切入っていないが、物足りなさを少しも感じない味だった。


「前にご馳走になった時も思いましたけど、エーファさんって本当に料理が上手なんですね!」


「そう? まあ、修道院に居た頃から料理は私の担当だったからね」


「修道院?」


小首を傾げるリンデにエーファは木のスプーンを置く。


「元々私は姉と一緒に修道院で暮らしていたのよ。この格好も、その時の名残」


黒く染まった修道服を示しながらエーファは言う。


「あまり知られていないけど、割と多いのよ? 竜被害に遭った子供達を引き取る修道院って」


六天竜に限らず、この国ではドラゴンによる被害が多発している。


その被害に遭った身寄りのない子供を引き取り、竜に殺された者達の為に祈る宗教は王国中に存在する。


「………」


もう十五年も前のことだ。


だから今着ている服は当時着ていた物と同じではないけれど、どうしても変えられないのだ。


あの修道院に居た時が、エーファにとって最も幸福な記憶だった為に。


(あまり聞いていて楽しい話じゃねえな)


リンデ特製のスープを啜りながら、レギンはエーファの話を聞き流していた。


自分の話では無いとは言え、ドラゴンによる被害が出ていると聞くと、何だか居心地が悪い。


(…居心地が悪い?)


ふとレギンは自分の思考に疑問を抱いた。


何故自分は罪悪感のような物を感じているのだろうか。


以前の自分は人を殺しても、何とも思わなかった筈なのに。


直接手を出した訳でも無い人間相手に負い目を感じるなど、奇妙な話だ。


価値観の変化だ。


レギンの中の何かが確実に変わりつつある。


(記憶が戻りつつある、と言うことか?)


思い出したことは何一つないけれど、かつての自分はこうだったような気がする。


リンデと出会い、六天竜との交戦を経て、段々と以前の自分へと戻っている。


レギンでは無く『黄金の六天竜』へと。


「………」


それは、


本当に良いことなのだろうか?


リンドブルムと言う六天竜は、人間を植物化することを救済と語るような狂人だった。


あの者と同じ六天竜。


かつてのレギンも、彼と同様に狂気を抱えていたのではないだろうか。


記憶を全て取り戻した途端、レギンやエーファに牙を剥くのではないか。


それは本当に、自分の望むことか?


(…下らない。そんなのは分かり切ったことだ)


記憶を取り戻す。それがレギンの悲願だ。


例え以前のレギンがどんな化物だろうと、今の状態が正しい形とは言えない。


体に不足が生じ、それを直すことが出来ると言うのなら、何を躊躇う必要がある。


今のレギンには何もない。


自分が何者か分からない恐怖は、失った者にしか理解できない


仲間も、仇敵も、何一つ覚えていない。


善悪の意味すら分からない。


それは、途轍もない『恐怖』だ。


「さっきから何黙っているのよ?」


思考に耽るレギンの前に、エーファはシチューの入った器を置いた。


「それ、あなたの分。味は分からなくても匂いくらいは分かるんでしょ?」


「…ああ」


器を受け取り、レギンはぼんやりとそれを見つめる。


味覚の無いレギンに考慮してから具材は殆ど無く、ハーブのような匂いだけが漂う。


「食べない内からマズイって言うなんて、認めないから」


「………」


レギンはシチューを口にする。


相変わらず味は分からない。


分からないがその香りと、温かさだけは伝わった。


「………」


この感覚も、この想いも、いずれ消えてしまうのだろうか。


記憶を取り戻せば、全て忘れてしまうのだろうか。


それは…








「六天竜。六天竜っと…」


同じ頃、王都の歴史資料室ではフライハイトが大量の本を読み漁っていた。


魔剣を失い、修復するまではすることも無かった為、レギンについて調べていたのだ。


王都に存在する六天竜の資料を全て集め、何日もかけて目を通している。


とは言え、六天竜は未だに謎が多い。


王国中の情報が集まる王都と言えど、分かっていることはあまりに少ない。


少なくとも五百年以上生きる六体のドラゴンであること以外は、名前も姿も殆ど記録に残っていない。


地方に残る怪物の話や、一夜で町を滅ぼした災い、呪いなど。


信憑性の薄い民間伝承などの中に紛れ、六天竜は姿を隠している。


見られただけで呪われる。逆に見つければ幸福になれる。


などなど、王国中に残っている伝承はあまりにも統一性が無い。


「…んん?」


パラパラとページを捲るフライハイトは一枚の紙に目を止めた。


それは古文書の類では無く、古い新聞だ。


「十三年前…ああ、あの時か」


懐かしさを滲ませる顔でフライハイトはそれに触れた。


ドラゴンスレイヤーなら誰もが知る出来事だが、殊更フライハイトはそれをよく知っていた。


何故ならそれは、フライハイトの住む王都で起きた事件なのだから。


邪竜襲来・・・・。あの時は王都も大混乱だったな。まあ、俺はガキだったからあんま覚えてねえけど」


フライハイトは苦笑を浮かべながら、新聞を読み進める。


「アレも六天竜だったらしいが………まさかな」

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