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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
二章 六天竜
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第三十八話


トラオア城跡。


それは、王国の東の果てにある廃墟。


かつては立派な城と広い城下町が存在した場所だったが、二百年程前にドラゴンの襲撃を受けて、人の住める土地ではなくなった。


破壊された残骸からは瘴気が溢れ、生身の人間ならば呼吸すら困難になる程の魔力に満ちている。


此処は一切の文明が失われた死の土地。


その地に生きるのは、人ならざる存在のみだ。


「やれやれ…」


地から湧く瘴気の中を歩きながら、リンドブルムは息を吐いた。


常人なら死に絶える猛毒だが、ドラゴンであるリンドブルムにはむしろ心地良い。


レギンとの戦いで消耗した魔力を回復しつつ、リンドブルムは視線を前に向ける。


「いきなり襲い掛かってきた方が悪いのだよ」


そこには地面に横たわるドラゴン達が居た。


齢百年を超える成体のドラゴン達は、ぴくぴくと痙攣しながら完全に気絶している。


「まあ、私の方もアポなしで来たのは悪いと思っているけどさぁ…」


まさか一歩踏み入っただけで襲われるとは思わなかった、とリンドブルムは深いため息をつく。


「………」


そんなリンドブルムを物陰から見つめる影があった。


フード付きの黒ポンチョを羽織った男だ。


体格は人間とそう変わらないが、フードから覗く皮膚は鱗に覆われ、服の隙間から地面を引き摺る尾も伸びていた。


「『ブレス』」


フードの中から暗い色をした光が放たれる。


何もかも呑み込むような重苦しい光は、一人佇んでいたリンドブルムへ直撃した。


「…やったか?」


「どこを見ているんだい?」


「ッ!」


背後から聞こえた声に気付くよりも早く、男の全身を無数の茨が縛り上げる。


「私さ。今、ほんのちょっぴり機嫌が悪いんだよ」


「ぐ、ぐうう…!」


茨が首に食い込み、男は苦悶の声を上げた。


それを冷めた目で見つめながら、リンドブルムは言葉を続ける。


「だからさ、とっとと彼女・・を呼んでくれないかな?」


「あ、あの方は…」


「うん?」


その時、リンドブルムは視線を男から動かした。


視線の向かう先は、大地だ。


瘴気を噴き出す地面から染み出すように、白銀の液体が出現する。


『―――――』


ぐにゃぐにゃと変化する水銀は、やがて人間の女の形を取った。


美しい容姿を持つが、その長い髪と肌は金属のように光沢を放っている。


一見、体のラインが強調されたぴっちりとした服を纏っているように見えるが、布と皮膚の境が無い。


服のように見えるのは、そのような形に変化した鱗であり、本質は水銀の塊に過ぎないのだ。


「『水銀』のティアマト。こうして直接会うのは何百年ぶりかな?」


『…何をしに来た』


水銀の女、ティアマトは無機質な目でリンドブルムを睨む。


『私の縄張り(・・・)に無断で侵入したからには、死ぬ覚悟は出来ているのだろうな?』


ボコボコと周囲からは水銀の触手が伸び、今にもリンドブルムに襲い掛かりそうだ。


放たれる魔力はリンドブルム以上。


ドラゴンとして、六天竜として、ティアマトはリンドブルムより格上なのだ。


『お前が人間相手にお花遊び(・・・・)をする分には構わないが、自身の領分を弁えずに私の邪魔をすると言うのなら、その無駄に長い人生を終わらせてやるぞ』


「長生きはお互い様だろう? と言うか、私より年上じゃないか。あなたは」


苦笑を浮かべてリンドブルムは男を拘束していた茨を消した。


咳き込む男には目を向けず、真っ直ぐティアマトを見つめる。


黄金が蘇った(・・・・・・)


『――――――――ッ』


それは衝撃だった。


ティアマトの体が硬直し、言葉を失う。


「ば、馬鹿な!」


黒フードの男がティアマトの代わりに叫んだ。


ガタガタと身を恐怖で震わせながら、頭を振る。


「黄金は十三年前に死んだ筈だ! あの男(・・・)に殺され…」


『黙れ』


「ッ…!…し、失礼しました。ティアマト様」


ティアマトの言葉に黒フードの男は跪き、頭を下げた。


それを見下ろしてから、ティアマトは銀色の顔をリンドブルムに向ける。


『真実なのだろうな? 虚言であれば、塵も残さず消し去るぞ』


「私達六天竜が、彼を見間違えると思うかい?」


『………そうだな』


ティアマトは納得したように目を伏せた。


「ただ、気になる点が無い訳でも無い」


ぽつり、とリンドブルムは呟く。


「今の彼は、どうやら私達の知る彼とは違うようだ。人間の女の子一人を助ける為に、私の縄張りを焼き払ってくれたよ」


僅かに怒りを滲ませながらリンドブルムは言った。


レギンの正体に気付いた今でも、子供達を焼き殺されたことは忘れていない。


『………』


ティアマトは訝し気な顔を浮かべる。


かつての『黄金』は人間などに執着するような男ではなかった。


あまりにも記憶と違い過ぎる。


「記憶喪失。彼はかつての自分を完全に忘れている」


「何だって? だったら、そいつが本当に黄金かなんて分からないじゃないですか」


黒フードの男が思わず口を挟んだ。


むしろ、そうであって欲しいと言う願望が見え隠れしている。


『…黙れと言った筈だ』


苛立ちと共に、水銀の触手が黒フードの男の胴体を貫く。


「が、あ…!」


『急所は外した。そのまましばらく苦しんでいろ』


男を宙吊りにしながら、ティアマトは視線をリンドブルムへ戻した。


『本当に黄金が復活したのなら、私はそれを歓迎する。だが、その前に確かめる必要があるな』


「…何が言いたいんだ?」


『何、難しい話じゃない。その黄金が本物かどうかを確かめる方法など、簡単だろう?』


そう言ってティアマトは酷薄な笑みを浮かべた。








「ご迷惑を、おかけしました…」


しょんぼりと肩を落とし、リンデはそう言った。


幸いにも、リンドブルムの毒は自然に回復し、リンデはすぐに元気を取り戻した。


しかし、一方で自分が誘拐されて二人を危険に晒したことを思い出し、自己嫌悪に陥っていた。


「迷惑なんて思ってないわよ。私こそ、ごめんね」


エーファはリンデの頭を撫でながら、顔を歪める。


罪悪感を感じているのはエーファも同じだった。


エーファはリンデの師であり、そうでなくてもドラゴンスレイヤーとしてリンデを守る義務があった。


それなのに、リンドブルムを前に何の抵抗も出来ずにリンデを危険な目に遭わせてしまったのだ。


「そんな、エーファさんが謝る必要は…」


「いや、だって私が…」


「おい、いつまでやっているつもりだ。全く、面倒臭い」


互いに謝り続ける二人を見て、レギンは呆れながら口を挟んだ。


その言葉にエーファはムッとなり、レギンを睨む。


「面倒臭いとは何よ」


「面倒臭いものを面倒臭いと言って何が悪い。終わったことをグチグチと、人間の女とは本当に面倒臭い生き物だな」


「あなたが単純なだけよ。このドラゴン!」


「くっはっは、俺がドラゴンなのは最初からだ」


馬鹿にしたように笑うレギンに、エーファはますます不機嫌そうな顔をする。


そんな二人のやり取りを眺め、リンデは不思議そうに首を傾げた。


「あれ? いつの間に仲良くなったんですか?」


「なってないわよ。全く、これっぽちも」


苦虫を嚙み潰したような顔でエーファはそう吐き捨てた。


「コホン。話は変わるけど、今回の一件は王都に報告しておいたわ」


調子を戻すように咳をして、エーファはレギンの方を向く。


「どうやって?」


「通信用の魔道具があるのよ。あんまり数は無いから、ドラゴンスレイヤーにしか支給されていないけど」


エーファは懐から小石サイズの通信魔道具を取り出す。


色はエーファを表しているのか、黒色だ。


「六天竜の調査、討伐は最重要事項だからね」


「それで、王都の連中は何と言った?」


「取り敢えずは引き続き調査続行。発見次第、他のドラゴンスレイヤーをこちらに送り込むと」


リンドブルムの実力はエーファ以上だ。


それ故に、単独ではなく複数のドラゴンスレイヤーで討伐しろと言うことなのだろう。


「私も索敵は得意な方だけど、それでも遠く離れたドラゴンまでは追えない」


「…なるほど。何故そんな話を俺に聞かせるのかと思えば、そう言うことか」


「え? どう言うことです?」


首を傾げるリンデを見て、レギンは鼻を鳴らした。


「この女は俺の能力を当てにしているんだ。奴を追うのに協力してくれ、と頭を下げているのだ」


「頭は下げていないでしょう」


「まあ、俺も奴には用がある。話を聞く前に滅ぼされては堪らない」


ニヤリと悪い笑みを浮かべてレギンはエーファを見つめた。


ドラゴンに頼ることに抵抗があるのか、複雑そうな表情のままエーファは視線を返す。


「良いだろう、協力してやる。と言うより、ここまで来れば無理矢理にでも着いていくぞ」


「…そうね。その方がこっちも気が楽かも」


諦めたように息を吐き、エーファは告げる。


「短い間だと思うけど、よろしく」


「ああ」


「よろしくお願いします!」

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