第三十七話
「これで、最後の一体…!」
『グ…ルル…』
心臓を穿たれたワイバーンが地に墜ちる。
完全に絶命したことを確認してから、エーファは息を吐いた。
周囲にはワイバーンの死骸が山のように積まれている。
「ふう…」
エーファは深呼吸をして少しだけ乱れていた息を整える。
掠り傷一つ受けてはいないが、流石に体力を消耗するのは避けられなかった。
とは言え、休んでいる余裕は無い。
リンドブルムに攫われたリンデが心配だ。
レギンを先に行かせたが、あのドラゴンは底が知れない。
不測の事態が起きていても不思議では…
「…ん? あの光は」
大樹に擬態した屋敷から漏れる光に気付き、エーファは大樹を見上げる。
次の瞬間、大樹は黄金の光を放ち、爆発した。
「な…!」
覆っていた結界ごと屋敷が砕け散り、燃え盛る木片が雨のように降り注ぐ。
建物が倒壊する。
リンドブルムの作り出した救済の花園が燃えていく。
「今のはレギンの…?」
「よお! そっちは片付いたようだなァ!」
炎の雨を掻き分けて落ちてきたレギンが、エーファのすぐ近くに着地する。
「ほらよ。お届け物だ」
そう言ってレギンは抱いていたリンデをエーファへ渡した。
リンデの体に傷は無いが、ぐったりと気絶している。
「この子は、どうしたの?」
「分からん。俺が辿り着いた時は未だ意識があったが、戦い始めた頃にはこうなっていた」
恐らく、何らかの毒を使われたのだとレギンは予測している。
しかし、リンドブルムの性格から判断するに死に至る毒ではないだろう。
呼吸も安定している為、命に別状はないと思うが。
「…それで、リンドブルムを倒したの?」
「………」
エーファの問いにレギンは無言で倒壊した屋敷を見つめた。
パチパチと音を立てて、勢い良く燃え続ける炎。
その炎の中に、影が浮かび上がる。
「何、あれ…」
レギンの視線を追ったエーファは不気味そうに呟く。
それは異形だった。
無数の蔓を束ねたような形状の緑の塊。
巨大な蕾にも似た物体は、チリチリと焼け焦げながらも炎から飛び出す。
「―――――――」
花開くようにその中から現れたのは、リンドブルム。
植物の繭に守られていた為、その身体には火傷一つ無い。
ただ、その顔からは先程まで浮かべていた静かな怒りが消えていた。
浮かんでいるのは疑問。驚愕。不安。
そして何よりも強いのは、困惑だった。
「まさか………『黄金』なのか?」
「黄金…?」
リンドブルムの言葉に今度はレギンが困惑を浮かべる。
黄金、とは何かの暗喩だろうか。
確かにレギンを表す言葉としてはそれが最も相応しいだろう。
「その姿は…いや、それよりも、何で生きて…」
「待て。お前は俺を知っているのか?」
詰め寄る様にレギンは言った。
その反応を見て、レギンの事情を察したのかリンドブルムは納得したような顔を浮かべた。
「記憶を失っている?…なるほど。今までずっと行方を晦ましていたのは、そう言う理由か」
「答えろ! 俺は一体誰なんだ? お前達と同じ六天竜だったのだろう!」
ようやく見つけ出した記憶の手掛かりを前に、レギンは必死に叫ぶ。
知っている筈だ。
この男は、記憶を失う前のレギンのことを。
「…私が『百花』と呼ばれるように、あなたは『黄金』と呼ばれていた」
リンドブルムはレギンの顔を眺めながらそう答える。
レギンに対する口調が少し変化し、その目には敬意のような物が宿っていた。
「あなたは私よりもずっと古いドラゴンだ。しかし、あなたは十三年前、あの男に…」
(十三年前…だと?)
十三年前。あの男。
レギンの知らない記憶だ。
それが、レギンが記憶を失った原因なのだろうか。
「あなたは………」
言いかけて何かに気付いたようにリンドブルムは口を閉じた。
それからエーファや眠ったままのリンデに視線を向ける。
「………」
無言でリンドブルムは口元に手を当てて、考え込む。
しばらく黙ってから、深いため息を吐いた。
「…どちらにせよ。あなたが黄金である以上、殺す訳にはいかなくなった」
そう言って、リンドブルムはレギンへと背を向けた。
その周囲を無数の花弁が包み込む。
それを見て、レギンは血相を変える。
「ッ! 待て、逃げるな!」
「逃げる訳じゃないさ。彼女への報告が済んだら、また会いに来るよ」
花弁に包まれたリンドブルムの体が段々と薄れていく。
魔力が、気配が、遠ざかっていく。
「次に会う時、あなたの記憶が戻っていることを祈るよ」
やがて、花弁が全て散った時、リンドブルムの姿はどこにも無かった。
「くそっ…! やっと、手掛かりを掴んだと思ったのに!」
レギンは拳を地面に叩き付ける。
「レギン。気持ちは分かるけど、まずは…」
「チッ…ああ、分かっている」
エーファに言われ、レギンはリンデに目を向けた。
未だに眠り続けるリンデは、熱病を患ったかのように魘されている。
「町へ連れて行こう。貸せ、俺が運ぶ」
「分かったわ」
リンデを抱き抱えるレギンをエーファは眺める。
落ち着いたように見えるが、内心ではリンドブルムを追い掛けたい気持ちでいっぱいだろう。
記憶を取り戻す、と言うことはレギンの全てだ。
自分のことを何も思い出せないと言う苛立ちは、想像以上にレギンを苦しめている。
(記憶、か)
家族を失った痛みがレギンには理解出来ないように。
記憶を失った痛みはエーファには理解出来ない。
(それに十三年前って…)
エーファはリンドブルムが最後に言っていた言葉を思い出す。
十三年前。
それは、ドラゴンスレイヤーなら知らない者はいないある出来事が起きた時だ。
それとレギンはどう関係しているのか。
(あまり、良い予感はしないわね…)
この予感が外れることを、エーファは心から祈った。