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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
二章 六天竜
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第三十四話


「………」


エーファはただ呆然と路地裏に立ち尽くしていた。


リンドブルムは消えた。


リンデを連れて、音も無く居なくなってしまった。


エーファは何も、出来なかった。


「あ…あ…」


同じだった。


かつて、エーファの姉がドラゴンに嬲り殺しにされた時と。


大切な人が傷付いている時、見ていることしか出来ない。


姉の仇を討ちたくて。


あんな思いは二度としたくなくて。


必死に努力して来たのに、何も変わっていない。


多くのドラゴンを殺して得た力は、本当の敵には一切通用しなかった。


エーファの今まで倒してきたドラゴンなど、所詮は小物。


六天竜には、どうあがいても勝てない。


「おい、何があった!」


絶望するエーファの前に、レギンが駆け付けた。


周囲を見渡し、青褪めた顔をしたエーファを見て、大きく舌打ちをする。


「くそっ、妙な魔力を感じたと思えば、やっぱりか」


「レギン…」


「リンデはどこだ? アイツを連れて行った奴はどこに消えた?」


「わ、分からない」


カタカタと身を震わせて、エーファは呟いた。


その姿は歴戦のドラゴンスレイヤーではなく、化物に怯える普通の女にしか見えなかった。


「例え見つけても、アイツには勝てない…! 何百年も生きるドラゴンなんて、人間が敵う相手じゃ…」


「エーファ!」


レギンは弱音を吐くエーファの肩を掴んだ。


ぎろり、と殺気すら含んだ目で正面からエーファの顔を睨みつける。


「しっかりしろ! それでもドラゴンスレイヤーか!」


「ッ」


「姉の仇を討つんじゃなかったのか! それとも自分より弱いドラゴンを殺す為にお前はドラゴンスレイヤーになったのか!」


レギンの叱責を受けて、エーファはハッとなる。


敵が強大であることなど、初めから分かっていた筈だ。


六天竜の実力がドラゴンスレイヤーを超えていることなど、知っていた筈だ。


それを理解した上で、エーファは姉の無念を晴らすと努力してきたのだ。


「お前は誰だ? 何の為に生きている?」


「私は…」


体の震えは既に止まっていた。


真剣な目でエーファはレギンの目を見返す。


「私はドラゴンスレイヤーのエーファ。全てのドラゴンをこの手で滅ぼす為に、生きている」


「クハハハハハハ! それでこそ、だ!」


調子を取り戻したエーファから手を離し、レギンはニヤリと笑った。


「それで? ドラゴンスレイヤー様はこれからどうする?」


「…まずはリンデの居場所を見つけないと」


そう言ってエーファは虚空に手を翳した。


何も無い空間に半透明の地図のような物が浮かび上がる。


「何をしている?」


「リンデは、私がプレゼントした短剣を持っているわ。この辺に落ちていなかったから、きっと今も手元にあると思う」


「…ああ、アレか」


レギンはリンデが唯一持っている武器である竜の意匠が刻まれている短剣を思い出す。


アレは元々エーファが持っていた物だったようだ。


「あの短剣には私が使っていた時の魔力が残っている筈だから、それを『電磁万有』の応用で探知しようとしているの」


細かく動かしていたエーファの指が止まる。


半透明の地図の一点に、赤い光が浮かんだ。


「ビンゴ! 見つけたわ!」


「どこだ!」


「町の外よ! でも、そんなに離れてはいない」


「よし! なら、案内しろ。俺は後ろから着いていく」


言いながら魔力を使って身体強化するレギン。


エーファ程の速度では走れないが、後を追い掛けるだけならこれで何とかなる。


「…ありがとう。礼を言っておくわ」


黒い雷を足に纏わせながらエーファは視線を合わせずに、礼を告げた。


「どういたしまして、っと」


レギンも視線を合わせないまま、そう答える。


その会話を最後に、二人は全速力で駆け出したのだった。








「…あれ、私?」


同じ頃、リンデは目を覚ました。


寝起き特有の怠さを感じながら、周囲に視線を向ける。


リンデが居た場所は、見覚えのない建物内だった。


床も壁も天井も、家具の一つ一つさえも全て木だけで作られた童話染みた部屋だ。


柱などは大木をそのまま使用しており、部屋の至る所に咲いている花々は床から直接生えていた。


「気が付いたようだね」


「!」


その声を聞き、リンデは全てを思い出した。


目の前に立つのはリンドブルム。


リンデはあの路地裏でこの男に誘拐されたのだ。


「私を、食べる気ですか?」


「食べる? だから私はそんなことしないってば」


やれやれ、と呆れたようにリンドブルムは息を吐いた。


花が咲いた木製の椅子に腰かけ、優しい目でリンデを見つめる。


「君には前に話しただろう? 私はただ、あの子達を救いたいだけなんだよ」


恵まれない子供達を救いたいと言うリンドブルムの顔は、以前見た時と同じだった。


リンドブルムには何の悪意も無い。


人間を食物と見下すドラゴンでありながら、本気で子供に同情している。


「あの孤児達は、ここに居るんですか?」


「勿論、準備が出来たからね。皆そこに居るだろう?」


リンドブルムは朗らかな笑顔で、部屋の隅を指差した。


「………?」


その指が差す方を見て、リンデは首を傾げる。


そこには何も無い。


そもそもこの部屋にはリンドブルムとリンデ以外の存在は初めから居なかった。


「ほら、そこだよそこ。前とは少し姿が違うから(・・・・・・・・)分からないかな?」


「…え?」


リンドブルムが指差す方角には、何本かの花が咲いていた。


床から直に生えている色とりどりの花。


「まさ、か…」


リンデは嫌な予感がして、その花達に近付いた。


「ひっ…!」


小さな悲鳴を上げ、リンデは腰を抜かす。


それは、花では無かった。


否、見た目は完全に花だが、コレは生きている(・・・・・)


心臓が脈打ち、息遣いが聞こえる。


毒々しい花弁の中心には、眠るような表情の子供の顔が浮かんでいた。


「な…あ…ど、どうして…」


人間が生きたまま花に変えられている。


訳が分からない。


あまりにも現実感が無さすぎて、眩暈がする。


「コレでこの子達はもう飢えることは無い」


リンドブルムは笑顔でそう告げた。


「植物となったこの子達は少しの水と、日光さえあれば、いつまでもいつまでも生きられる。お腹を空かせることもなく、病気になることもなく」


苦しみの無い人生と言えば聞こえは良いかもしれないが、何も感じないだけだ。


植物化された時点でこの子供達の自我は消え、あらゆる感覚も失われた。


自分が人間だったことすら忘れ、ただ生かされ続ける。


最早、それは人生ですら無いのだろう。


「元に…この子達を、元に戻して、下さい…」


「元に戻す?」


不思議そうにリンドブルムは首を傾げた。


何の悪意も無いその表情が心底恐ろしい。


悪意を以て、人間を嬲っていた方がまだマシだった。


「それはもう、出来ないよ。肉体どころか魂ごと変化させたからね」


「…ッ!」


「でも、何の問題も無いだろう? この子達は永遠の存在になったんだ。これからは私が、大切に、大切に育てていくさ」


「………」


価値観が、歪み切っている。


ドラゴンであっても、人の形をしているから会話が通じると思っていた。


価値観に違いがあっても、レギンのように人間に理解を示してくれると思っていた。


間違いだった。


決して、悪意ではない。


心からの善意だ。


この男は、善意で死体の山を築く。


「さあ、次は君の番だよ?」

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