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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
二章 六天竜
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第三十話


「やあ、そこのお嬢さん。今、一人?」


「凄い綺麗だねぇ。モテるでしょ?」


ルストの町を訪れた美しい女へ、愛想の良い笑みを浮かべた男達は声を掛ける。


軽薄な笑みで醜い本性を隠し、獲物を舐めまわすように眺めていた。


「………」


「ちょっとちょっと、無視は酷いなぁ!」


声が聞こえていないかのように歩いていこうとする女を追いかける男達。


さり気なく女を取り囲み、逃げ道を封じることも忘れていない。


「俺、シスターさんって初めて見たんだよねぇ」


「婆さんばっかりかと思ったら、君みたいに若い子も居るんだ」


黒い修道服の女を前に、男達は好き勝手なことを言う。


相手が何も言葉を返して来ないことを、気が弱いと判断したようだ。


ここは強引に連れ去っても抵抗しないだろう。


そう考えた男は女の肩へと手を伸ばす。


「シスターってのは慈悲深い物だろう? 俺達のことも助けては…」


「私に触るな」


「…へ?」


ブスリ、と肉が抉られる音が聞こえた。


女の肩に触れようとしていた男の手に、黒塗りのスティレットが突き刺さっていた。


「ぎゃああああああああ!?」


「さ、刺したぁ!? この女、躊躇いなく人を刺し…」


「うるさい」


引き抜いたスティレットを男の眼に突き付ける女。


寸止めにしたまま、女はじろりと男達を睨む。


「失せなさい。さもないと怪我では済まないわよ?」


「ひ、ひいいいいい!?」


顔を真っ青にした男達は慌てて女から逃げていった。


それを見届けてから、女は深々と息を吐く。


「全く、相変わらず最悪な町ね。ここは」


そう言って、エーファは不快そうに顔を歪めた。








「この近くにお洒落な酒場があるらしいですよ?」


「行かないぞ」


好奇心に目を輝かせるリンデにレギンはきっぱりと答えた。


人間の酒になど興味はない。


そもそも、この体はアルコールを受け付けないので酔うことも出来ない。


「大体お前は仮にも騎士だろう。こんな所で酒なんて飲んで良いのか?」


「勿論、私は飲みませんよ? ただ、ちょっと中に興味があると言いますか…」


騎士の自覚は失っていなかったようだ。


興味があるのは飲酒ではなく、その酒場自体らしい。


リンデの村には無いそれに、好奇心を刺激されたのだ。


「止めておけ。お前が行けば、絶対に面倒なトラブルに巻き込まれる」


「えー。少しだけで良いですから、寄っていきましょうよ」


「妙な所で頑固な奴だな…」


ぐいぐいとレギンの服を引くリンデをレギンは呆れた目で見つめる。


小さく息を吐き、懐から一枚の金貨を取り出した。


「…? 何ですか、それ?」


「コイントスだ」


ピン、とそれを指で弾き、素早く握り締めるレギン。


キョトンとしたリンデに、レギンは金貨を手で隠したまま向けた。


「表か裏か。当てたら酒場に連れて行ってやるよ」


「じゃあ、表!」


リンデは叫ぶと同時に、レギンは手を離して金貨を見せる。


そこに刻まれていたのは、模様ではなく昔の王の名前。


つまり『裏』だった。


「はずれ。お前の負けだ」


「…残念です」


がっくりと肩を落とすリンデ。


それを見下ろしながら、レギンは金貨を懐に仕舞う。


実はこの金貨は王国で正式に発行された金貨ではない。


レギンが自身の魔力で作り出した偽金だ。


なので、その形はレギンの自由自在。


手で隠している内に、表と裏を入れ替えるなど造作も無かった。


やや頑固な所もあるリンデだが、基本的に真面目で素直だ。


勝負事で負ければ、文句言わずに従うと思っていた。


「きゃ…!」


その時、リンデの体に誰かがぶつかった。


身なりの悪い小柄な影がそのまま、謝ることもせずに走り去る。


「何だ、アイツ?」


「………あ!」


逃げるように去っていく影を眺めていたリンデは、ハッとなって声を上げた。


無い。


確かに持っていた筈の財布が無くなっている。


「もしかしてスリってやつですか! 逃がしませんよー!」


「あ、おい! 一人で走り出すな!」


滅竜術まで使用してスリを追うリンデに、レギンは慌てて声を掛ける。


しかし、リンデは聞いていないのか、どんどん加速していく。


レギンも魔力を使えば追い付けるのだが、周囲に人が多い。


加えて、小柄なリンデは人の間を縫う様に走っていくが、レギンではそうもいかない。


結果、リンデはレギンを置き去りにして段々と小さくなっていった。


「待てと言って…!」


「…あら?」


思わず叫ぼうとした時、レギンは聞き覚えのある声を聞いた。


あまり良い思い出の無い人物へと目を向け、訝し気な顔を浮かべる。


「…エーファ、か?」


「久しぶり、と言う程でも無いわね。あいさつをするような仲でも無いし」


エーファは複雑そうな表情で肩を竦めた。








「はぁ…はぁ…この辺に入ったと思うんだけどな…」


リンデはスリを追いかけ、人通りの少ない路地裏まで来ていた。


ゴミの転がった道を歩きながら、視線を動かす。


そこは浮浪者の溜まり場だった。


賭博、酒、女。


そのような欲望に振り回された結果、全てを失った者達。


またはそのような者に捨てられた子供達。


ルストの負の面とでも言うべきか、ボロボロの布を纏った者達がリンデを見つめている。


「いた」


そこでリンデはようやくスリに追い付いた。


「…ッ」


それは、まだ十歳にも満たない男の子だった。


幼い年齢以上に、背が低く痩せこけている。


追い掛けてきたリンデを睨んではいるが、何も言わない。


「あ、えっと…」


追い付いたは良いものの、リンデは困ってしまった。


財布は返して欲しいが、飢えに苦しむこの子から物を取り上げるのも何だか心が痛む。


どうしたものか、とリンデは顔を歪める。


「おや? 君達、どうしたんだい?」


そこへ明るい男の声が聞こえた。


それは、女と見紛う美しい顔の男だった。


幾つもの花が描かれた派手な服を纏い、手には煙を伸ばすキセルを持っている。


穏やかな笑みを浮かべており、体からは何やら甘い匂いを漂わせていた。


(…花?)


リンデの視線は男の美しい顔ではなく、その頭部に向けられていた。


サラサラとした綺麗な髪の中から、何故か何本か花が咲いている。


それが妙に似合っており、幻想的な雰囲気を放っていた。


「む? ああ、またやったのか。君は」


「う、うう。だ、だって、先生…」


「盗んだ物を返しなさい。君には私からコレをあげるから」


そう言って先生、と呼ばれた男はスリの少年からリンデの財布を取り上げた。


代わりにパンが入った袋を少年に手渡す。


「ちゃんと人数分入っているから、分けて食べなさい」


「わ、分かった。あ、ありがとう、先生…」


軽く頭を下げると、スリの少年は袋を抱えて走っていった。


「ほい、コレは君のだろう?」


「え? あ、はい。そうです」


「悪いね。あの子も生きる為に必死だったんだ。あまり怒らないでくれると…」


「い、いえ。財布も戻ってきましたし、私はもう何も」


「そうか。君は優しい子だね」


男はリンデを見つめて朗らかに笑う。


見た目は二十代前半くらいに見えるが、どこか不相応な落ち着きを持つ男だった。


「あの、ここにはよく来られるのですか?」


「ん? まあ、たまにね。パンを持ってきたり、話し相手になったり、それくらいかな」


「………」


(ちょっと変わった雰囲気の人だけど、良い人、なのかな…?)


心の中で目の前の男の評価を上げるリンデ。


そんなリンデの内心には気付かず、男は苦笑いを浮かべた。


「偽善、だと思うよね」


「え?」


「孤児に気まぐれでご飯を与えるなんて、さ」


どこか悔し気に男は呟いた。


「今日を生き延びても明日には死ぬかも知れない。本当に人を助けるつもりなら、一時的な気まぐれや自己満足なんかじゃなくて、もっと長期的な救いを与える必要があるんだよ」


男はそう自虐した。


今にも飢え死にしそうな子供を見て見ぬ振りが出来ず、つい食べ物を与えてしまった。


それで自分は満足するかもしれないが、根本的な解決にはならない。


ただ自分の前で死ぬのが悲しいから餌を与えただけであり、その後に自分の前以外で死ぬのは関係ない。


そんなのは、捨て猫に餌を与えること以上に酷い偽善だ。


「一人や二人ならともかく、私にはまだ全ての孤児を救う準備が出来ていないんだ。だからこうして、ほんの少し施しを与えて罪悪感を癒しているのさ」


(この人…)


リンデは驚いた顔で男を見つめた。


この人は、とても優しい人だ。


目に映る不幸な人々を本気で全て救いたいと願っている。


それは優しい願いだ。


優し過ぎて自分自身を傷つけてしまう程に。


「それは、偽善ではないですよ」


思わずリンデはそう口に出していた。


「…そう思うかい?」


「ええ。例え気まぐれや自己満足であっても、それで救われる人がいるのなら、それは偽善なんかではありませんよ」


「………」


男はリンデの言葉を噛み締めるように何度も頷き、また朗らかな笑みを浮かべた。


「…君は本当に良い子だね。ほら」


スッと男はリンデへと手を差し出す。


そこに一輪の花が握られていた。


「いつの間に…?」


「ふふふ。私の数少ない特技さ。お近づきの印にプレゼントだよ」


鮮やかな赤色の花だった。


綺麗だが、どこか怪しい魅力のある花だ。


「それじゃあ、私はこれで。また会おうね」


その時、強い風が吹いた。


巻き上げられた砂埃にリンデは思わず目を閉じる。


「…あれ?」


そして、目を開けた時には男の姿はどこにも無かった。

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