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第三話


『呆気ない』


黄金のドラゴンは空から燃え上がる森を見下ろす。


少しは戦えるかと思ったが、本気を出せばこの程度。


やはり人間は脆い。


失望を露わにしながら、ドラゴンは地上へ下りる。


人間は弱いが、数だけは多い。


襲い掛かってきた人間は全て殺したが、どれだけやっても限りが無い。


『富。名誉。欲に溺れた愚物共。全く以て、煩わしい』


どいつもこいつも実力差も分からぬ馬鹿ばかりだ。


ある者は竜殺しの名誉を求め、灰となった。


ある者は在りもしない財宝を求め、肉塊となった。


『………』


しかし、あの娘は。


そんな俗物には見えなかった。


実力差を理解し、恐怖に震えながらも武器を取った。


ドラゴンを睨むあの眼は、欲に溺れた者の眼ではないように思えた。


『…無意味な感傷だな』


どちらにせよ、もう戦いは終わった。


どんな理由があったとしても、あの人間は武器を向けた。


ならば、その命を奪うことには何の躊躇いも無い。


コレは人間と竜の殺し合いだ。


殺しに来たのだから、殺されても文句はあるまい。


そう自分を納得させ、黄金のドラゴンはリンデの立っていた場所を見た。


『…何?』


ブレスが直撃し、焼け落ちた木々と、焦げ付いた地面。


隕石でも落ちたかのように抉れた大地の上に、それは立っていた。


「―――――」


言葉は無い。


喉が焼けて、声を上げることすら辛いのだろう。


全身を焼かれ、ボロボロとなりながらも、リンデは辛うじて生きていた。


光の鎧は跡形も無く消し飛んでいるが、少しはダメージを軽減していたのだろう。


それでも、満身創痍には変わりない。


戦うことなど当然、不可能。


むしろ、生きているのが不思議な程に酷い状態だ。


「…私……は」


そんな状態でありながら、リンデは短剣を握り締め、ドラゴンへと向ける。


ドラゴンを見つめるその眼から、戦意は少しも失われていない。


『何故だ。何故、生きている?』


初めにブレスを放った時と同じ問いを投げかけるドラゴン。


しかし、その意味は前とは異なる。


『その体では、生きている方が辛いだろう。何故まだ生きようとする? 何故諦めない?』


人間は脆い。


肉体は元より、心もそうだ。


自身が傷付くことを恐れ、何より死を恐れる。


少なくとも、今まで見てきた人間はそうだった。


「…ドラゴンの、血」


『…?』


「成体のドラゴンの血には、どんな病も治す力が、あると、聞きました…」


焼けた喉を動かし、リンデは呟く。


最早意識すら曖昧なのか、本心が口から零れ落ちていく。


「私には、それが、必要なんです…大切な人を、救う為、に…」


『………………』


何だそれは、と黄金のドラゴンは思った。


この娘は、そんな理由でドラゴンに挑んだと言うのか?


名誉の為ではなく、財宝の為ではなく、他者の為に。


自分以外の誰かの為に、たった一人でドラゴンに戦いを挑んだのか?


今にも死にそうな体でありながら、未だに他者を想っていると?


『ッ…』


ズキッと頭に痛みを感じた。


何だこの感覚は。


この眼、この顔、覚えがある。


既視感?


俺は(・・)この娘を知っている(・・・・・・・・・)のか(・・)…?)


「―――――」


困惑するドラゴンの前で、ふらりとリンデの体が地面に倒れる。


もう意識を保つのも限界だったのだろう。


ぷつり、と糸が切れるようにリンデは意識を失った。


『あ、おい! お前…!』


驚いてドラゴンが声をかけるが、返事がない。


まだ死んではいないようだが、リンデの体はぴくりとも動かなかった。


『…クソッ! 何だってんだ!』


黄金のドラゴンは苛立ちながら叫んだ。








「………」


それからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。


ふと目が覚めたリンデは、空を見上げていた。


あんなに痛かった体がもう何ともない。


体を見下ろすと服が焼け焦げたままだが、肌には火傷一つ無かった。


(…私、死んだのかな?)


そうとしか考えられなかった。


リンデに医学的な知識は無いが、あの傷はどう考えても完治する物ではない。


例え奇跡的にリンデが生き延びたとしても、傷まで綺麗に消えるのは有り得ない。


「だったら、ここは天国的な所、なのかな?」


何だかさっきまで居た森の中とそう変わらないような気もするが。


案外、天国とは現実と変わらなかったりするのだろう。


そう納得し、リンデは改めてボロボロになった服を見下ろす。


「はぁ。傷を治してくれたのは有り難いけど、だったら服も直してくれても良かったんじゃないかな?」


『それは悪かったな。見ての通り、細かい作業は苦手なのでな』


「………え?」


ピシリ、とリンデは石のように固まる。


そして、ゆっくりと視線を声の方に向けた。


『ようやく目覚めたか』


そこには、黄金のドラゴンが立っていた。


「な、何で!? ここは天国の筈では? ハッ! あなたも死んじゃったってことですか!?」


『………まだ寝ぼけているようだな』


黄金のドラゴンは呆れたように息を吐いた。


その仕草がどこか人間臭くて、リンデは意外そうに瞬きをする。


『一つ一つ状況を説明してやろう。俺がお前の傷を癒した』


「ど、どうやって?」


『竜血』


黄金のドラゴンはシンプルに答えた。


先程リンデ自身が言っていたことだ。


竜血にはあらゆる病を癒す力がある。


それは病だけでなく、傷も癒す効果があった。


このドラゴンは瀕死のリンデの全身に、己の血液をかけたのだ。


「どうして、私を…?」


『お前に、俺の問いに答えて貰う為だ』


「問い…?」


首を傾げるリンデに、黄金のドラゴンは真剣な表情を浮かべる。


『お前は、俺を知っているのか(・・・・・・・・・)?』


その声は、今までのどの言葉よりも重かった。


このドラゴンにとってリンデの命などよりも、この問いの方がずっと重要だった。


「…いえ、初対面だと思います」


『…そうか』


少なくない失望を浮かべて、黄金のドラゴンは呟く。


なら、もう要件は済んだと言わんばかりに背を向けた。


「あ、ちょっと! 待って下さい!」


『お前にもう用はない。殺す気も失せた。とっとと消えろ』


「そ、そう言う訳にはいかないんですよ! こっちは!」


竜血の効果はリンデ自身が証明した。


ならば、尚のこと諦められない。


リンデには竜血が必要なのだ。


『なるほど。お前の事情は理解している。お前の大切な人、とやらを救う為に竜血が必要だとな』


「では…!」


『が、あなたの命がどうしても必要なんだ。とか言われて大人しく命を差し出す馬鹿が居る訳ないだろう! この愚か者がァ!』


「痛ッ!?」


びたーん、と黄金の尻尾を使ってリンデを張り飛ばすドラゴン。


それを尻目に、黄金のドラゴンはその場から飛び去ろうと翼を広げる。


「血を少し貰うだけで良いんです! ほんのちょっと! ちょっとだけだから!」


『ええい、尻尾にしがみ付くな! 重いわ! 飛べないだろうが!』


苛々しながら黄金のドラゴンは尻尾に捕まるリンデを睨む。


もう一度焼き払ってやろうか、と本気で考えた所でふと思い止まった。


『…考えが変わった。お前の大切な人、とやらに会いに行こうではないか』


「え?…ほ、本当ですか!?」


『俺は嘘はつかん。俺自身が直接出向いて、血を与えてやろう』


突然態度が変わったことに首を傾げつつ、リンデは笑みを浮かべる。


「で、では。私の故郷に案内します! あ、私のことはリンデと呼んで下さい!」


『名前、か。そうだな…』


ちらり、と黄金のドラゴンは視線を周囲の死体に向けた。


『俺のことはレギン、と呼べ』


「レギン? それがドラゴンさんの名前ですか?」


『いや、そこに転がっているコソ泥の名前だ。まあ、奴にはもう必要あるまい』


「あ、あはは…」


リンデは引き攣った顔で笑った。

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