第二十九話
「買い出しくらい私一人でも良かったんですよ?」
「馬鹿が。そう言って誘拐されそうになっていたのはどこのどいつだ」
「う…」
フライハイトとの戦いの翌日、レギンとリンデはまだルストの町に居た。
本来ならすぐにでも王都に向かいたい所だったが、リンデが反対したのだ。
見た目こそ無傷だが、レギンは昨夜の戦いで重傷を負った。
魔力不足のこともあって、少々体調が悪そうに見えたのだ。
その為、出発を一日遅らせて、今日まではルストに滞在することにした。
「お昼ご飯は何が食べたいですか?」
「何でも良い。俺にとっては、食い物よりも魔力の方が重要だ」
レギンは興味無さそうに周囲を見渡していた。
時折町全体に漂う酒気に顔を顰めている。
「魔力、ですか…」
リンデは口元に手を当てて、考え込む。
栄養ある食事を食べさせた所でレギンの体調は回復しないだろう。
人間以外の魔力を含む食事と言えば…
「お前の作った料理なら何でも良い」
「私の料理?」
「魔力流出の時に思ったが、お前は常に魔力を流れ出し続けている」
己の魔力を制御できず、魔力を放ってしまうのではない。
寝ていても起きていても、常時魔力を放ち続けているのだ。
魔力は有限だ。
そんなことをすれば、普通の人間なら生命力を使い果たして一日と持たず死ぬ。
しかし、
「どういう原理か知らないが、お前の魔力には底が無い」
無尽の魔力。
どれだけ消耗しようと決して尽きない魔力の泉。
昨夜の魔力流出の際には、ドラゴンスレイヤーと同等以上の魔力を放っていたが、リンデの持つ魔力に消耗した様子は無かった。
リンデの作った物や触れた物に魔力が宿るのは、その影響だろう。
リンデと言う器から溢れた魔力が、周囲の物体に宿っているのだ。
「えーと、つまり?」
「…つまり、お前の作る料理は俺にとって栄養満点って話だ」
「なるほど! では、腕によりを掛けて作りますね! 楽しみにしていて下さい!」
(別に腕によりを掛ける必要は無いんだが…)
張り切っているリンデを余所に、レギンは微妙な表情を浮かべる。
やる気を出した所でレギンには味が分からないのだ。
極端な話、その辺の石に魔力を込めてくれるだけでも構わないのだが。
しかし、リンデは何だか楽しそうに食材を見て回っている。
普段ろくな評価を受けない自分の料理が求められたことで、嬉しかったのだろう。
そんな顔を見ていると、本当のことを言うのは憚れた。
(…それにしても)
リンデを眺めながら、レギンは思う。
エーファはリンデの特異体質について知っていたのだろうか。
考えてみれば、エーファは特にリンデを気に掛けていたように思える。
王都に来たばかりのリンデにも親切に接してくれたとも。
それはリンデが普通の人間とは違うことに気付いていたのではないか。
見習いである筈のリンデに滅竜術を全て教えたのも、その才能に気付いていたからなのか。
(王都に着いたら一度その辺りについて話してみるか)
「………」
同じ頃、フライハイトは王都にあるドラゴンスレイヤー本部に居た。
談話室の隅っこで、不機嫌そうに横になっている。
「フライハイトさん、機嫌悪そうだな…」
「例の任務から外されたからだろう? 魔剣が無いんじゃ、仕方ないさ」
そんなフライハイトを遠目で見ながら、弟子達はこそこそと会話する。
師としては彼のことを尊敬しているが、些細なことで不機嫌になったり、子供のように喚いたりする所にはいつも辟易していた。
「あの人も、よりによって後任をエーファさんに任せるなんて」
その時のことを思い出し、弟子の男は深いため息をつく。
他に手が空いている者が居なかったとは言え、何故彼女なのか。
フライハイトがエーファを嫌っていることは王都では有名な話だと言うのに。
「これじゃあまるでフライハイトがエーファさんに劣るみたい…」
「誰が誰に劣ると言った?」
「ヒッ!?」
いつの間にか背後に立っていたフライハイトは男の首に折れた魔剣を突き付けた。
「い、いえ! 何でもありません!」
「…たっく」
折れた魔剣を下ろし、フライハイトは舌打ちをした。
「お前らに言われるまでも無く、アイツの判断に文句はねえよ。ルストの調査は危険任務だ。俺の魔剣が使えない以上、他のドラゴンスレイヤーを向かわせるしかない」
アレは危険任務であり、重要任務だ。
後任がエーファであることは確かに気に食わないが、個人的な感情でそれを邪魔するほどフライハイトも馬鹿ではない。
「六天竜関連、なんですよね?」
「ああ、俺達ドラゴンスレイヤーは六天竜に対抗する為に結成された組織だ。六天竜の情報は何に於いても優先される」
ドカッと荒っぽく椅子に座りながらフライハイトは言った。
世間的には伝説や噂に過ぎない六天竜だが、ドラゴンスレイヤーは常に奴らを追っている。
奴らが居る限り、ドラゴンが滅びることは無い。
「それが、ルストに?」
「…比較的信憑性の高い情報だが、雲を掴むような話だ。確認の為に俺が派遣された」
元々六天竜と呼ばれてはいるが、六体揃った所が目撃されたことは無い。
何百年も何千年も前から姿が確認されているドラゴンが全部で六体居たと言うだけの話だ。
かつては三天竜や五天竜と呼ばれた時代もあったらしい。
「では、今度はフライハイトさんの代わりにエーファさんが六天竜の相手をするのですか?」
「…いや、アイツの任務はあくまで情報の確認。対象の発見までだ」
フライハイトに与えられた任務もそうだった。
リンデの件があって思わずレギンの下へ向かってしまったが、本来なら発見次第王都に戻る筈だった。
「平均的なドラゴンの魔力ランクは『C』だが、六天竜の魔力ランクは『A』だ。一対一なら、奴らは俺達ドラゴンスレイヤーよりも強い」
「ほ、本当ですか…?」
「ああ、実際アイツらは歴代のドラゴンスレイヤー相手に生き続けているんだ。それくらい強くなければおかしいだろう」
そう、そうでなければおかしい。
だからこそ、疑問が残る。
(何故、アイツは…)
フライハイトは昨夜戦ったレギンのことを思い出す。
天秤が示した彼の魔力はフライハイト以上、つまりは六天竜だった。
にも拘わらず、フライハイトは彼を脅威に感じなかった。
結果的には敗北したが、それもフライハイト自身の油断とリンデの手助けが原因だ。
人間体であることを差し引いても、それでも弱過ぎた。
(まるで、自分の力の使い方を忘れているかのように…)
あちらの六天竜のことも調べる必要がある、とフライハイトは一人考え込んでいた。




