第二十六話
「黄金の剣か! ドラゴン風情が人間様の真似とは笑わせるなぁ!」
「………」
互いの剣を握って二人は戦いを繰り広げる。
レギンの握る黄金の剣は彼の鱗と同等の硬度を持つが、それと打ち合うフライハイトの『魔剣』が砕けることは無い。
武器の性能は互角。
であれば、残るのは所有者の技量だ。
「ただ力任せに振るうだけが剣じゃねえってことを、教えてやるよ!」
スッとフライハイトは構えを変えた。
片手で振るっていた魔剣を両手で握り、半身に構える。
「『屠竜一閃』」
「!」
全てを断ち切るように放たれる一撃。
その剣速はレギンの認識を超え、胴体を両断する…
「…む」
手応えに違和感を感じ、フライハイトは呻く。
見ると、レギンの胴は未だ繋がったまま。
フライハイトの一撃はレギンの胴体の薄皮一枚切り裂いただけだった。
「ドラゴンの鱗か」
切り裂かれたレギンの胴は、黄金の鱗に覆われていた。
レギンはフライハイトの一撃に反応できないと考え、即座に自分の肉体を黄金に変化させたのだ。
「なるほど。剣士の真似事をしていた訳じゃねえな。俺の魔剣の強度を調べていたのか」
レギンの振るう黄金の剣は鱗と同等。
この黄金の剣を使ってもフライハイトの剣は砕けないが、逆に言えばフライハイトの剣でもレギンの鱗は砕けない。
肉体を黄金の鱗で覆えば、フライハイトはレギンを傷付けられない。
「ハハハハッ! 流石は六天竜! 見事な鎧だぜ! これじゃあ俺には勝ち目なんてない…」
「………」
「…なんて、言うと思ったかよ!」
獰猛な表情を浮かべて、フライハイトは魔剣を振るった。
その刃は再びレギンの胴体を狙う…
「ッ…」
そう見せかけて、レギンの首を狙った。
魔剣の剣先が触れる寸前、レギンは首を下げて回避する。
鮮血が宙を舞った。
「…く」
レギンの頬に一筋の傷が刻まれ、赤い血が垂れた。
「鉄壁の鱗を持つなら何故、最初から全身を覆わない? 攻撃が来ると予想した胴体だけを防いだ?」
その理由は単純明快。
全身を覆う程、魔力に余裕が無いからだ。
ドラゴンは人間体だと魔力が制限される。
それに加えてレギンはロザリオによる魔力封印もある。
手足を黄金で覆ったり、黄金の武器を作ったりすることは出来ても、それ以上は不可能。
「ならば、俺はお前が鱗で守っていない部分を狙う」
魔力を集中していない部位は魔力が薄くなる分、普段よりも脆くなる筈だ。
(コイツ…強化術、だけじゃない。己の才能に慢心していない…!)
外見から感じる印象とは裏腹に、フライハイトの戦いは無駄がなく合理的だった。
戦いに派手さを求めず、的確に急所を狙う。
己の力量を完全に理解した上での戦い方。
「では再開と行こうか!」
「レギン…どうして」
その様子を窺いながら、リンデは呟く。
どうしてロザリオを外さないのか。
エーファとの約束であることは分かっているが、既にフライハイトにはバレてしまっているのに。
「…あ」
周囲を見渡して、リンデは気付く。
フライハイトから逃げる途中、町の外まで来てしまったが、それでもすぐそこにルストが見える。
こんな近くでレギンが本来の姿に戻ったら、騒ぎになるだろう。
フライハイトだけではない。
ルストの人間も全てレギンの敵に回る。
そうなれば、始まるのはドラゴンと人間の戦争だ。
レギンはそれを恐れて、ロザリオを付けたまま戦っているのだ。
「ど、どうすれば…」
自分には何が出来る。
あの二人の戦いを終わらせる為に。
レギンを助ける為に、一体何が。
「さあ! 腕と足! 好きな方を選びなぁ!」
魔剣を振り被り、フライハイトは叫ぶ。
狙うのは腕と足のどちらか。
守るべきなのは腕と足のどちらか。
(…いや、違う!)
魔剣が振り下ろされる。
振り下ろす直前に持ち方を変え、突き刺すように振るった剣は鱗に覆われたリンデの左胸に防がれていた。
「ドラゴンの急所は心臓のみ。なら、お前が狙うのはここに決まっている」
「ハハッ! 騙されなかったか!」
笑いながら振るわれる魔剣をレギンは黄金の剣で受け流す。
レギンは筋力でフライハイトに劣っている。
なので無理に受け止めずに受け流す技術を戦いの中で会得した。
フライハイトの剣技にも段々と目が慣れてきている。
レギンは人間の戦い方と言う物を次第に理解しつつあった。
(…だが、少し妙だな)
フライハイトの魔剣を受けながらレギンは思う。
レギンは戦えている。
エーファに完敗したレギンが、だ。
ドラゴンスレイヤー同士で大きく実力差があるとは思えない。
まして、フライハイトから感じる魔力はエーファ以上だ。
にも拘わらず、レギンはフライハイトと戦えている。
それは、どうして。
「脈動よ。高まれ」
ドクン、と大きな鼓動が聞こえた。
フライハイトの持つ魔剣が、生物のように脈打つ。
(刀身が…)
魔剣の刀身が変色していく。
柄の部分から剣先へ向かって、真紅に染まる。
「紅剣脈動・レベルⅡ」
「な…」
魔剣の纏う魔力が増大した。
驚愕するレギンを前に、フライハイトは魔剣を振り上げる。
(まだ上がる、だと…!)
真紅の魔剣と黄金の剣が触れた。
「断ち切れ」
トンッ、とあまりにも呆気なく、黄金の剣が両断される。
何の抵抗も無く黄金を斬った魔剣は、そのままレギンの右腕を斬り飛ばした。
「く、ぐう…!」
肩から先を失った傷口を抑え、レギンは苦し気に呻いた。
最初から疑問はあった。
エーファよりも力に特化したフライハイトが、レギンの鱗を破ることが出来ないのは不自然だ、と。
「手を抜いて、いたのか…!」
「俺はお前の鱗を破れない、なんて一度も言った覚えは無えが?」
その二つ名と同じ、真紅に染まった魔剣を手にしてフライハイトは告げた。