第二十五話
「くそっ、やりやがったな。アイツ」
地面に空いた大穴の上で、レギンは舌打ちをした。
四階以上の高さから転落したが、大して傷は負っていない。
落下している途中で無くした槍の代わりに黄金の剣を生成する。
「レギン! 無事ですか!」
「問題ない。それよりアイツは…」
黄金の剣を握り締め、空を睨む。
視線の先でフライハイトが空から地上に降り立つ。
「………」
フライハイトは無言でレギンとリンデを見つめていた。
背中に生成していた翼も消し、訝し気な顔で口を開く。
「リンデ」
「は、はい? 私ですか?」
まさか自分が呼ばれるとは思わず、リンデは動揺しながらフライハイトを見た。
「お前、さてはそこのドラゴンに誘拐されていないな?」
「…へ?」
「何だよ、人が折角心配して飛んできてやったのに! 俺の勘違いかよ!」
パシッと顔に手を当てて、フライハイトは叫んだ。
フライハイトが襲撃を仕掛けたのはそれが理由だった。
天秤で六天竜の存在を感知した後、本来ならもう少し様子見をするつもりだったが、感知したレギンの傍にリンデが居たので焦っていたのだ。
「六天竜の一体が最近この町に出没するって聞いたから、今度はお前が狙われているのかと」
「ち、違いますよ! レギンがこの町に来たのは今日が初めてですから!」
フライハイトの誤解に気付き、リンデは慌てて否定する。
詳しい事情は知らないが、フライハイトは別の六天竜を追ってこの町に来ていたらしい。
それがどんなドラゴンかは知らないが、レギンで無いのは確かだろう。
(よく分からないけど、誤解が解ければ…)
「丸く収まる、なんてことはないよな」
リンデの心を読んだようにレギンは呟く。
その手には黄金の剣を構え、油断なくフライハイトを睨んでいた。
「ああ、当然だろう? 任務外とは言え、目にした悪竜を見逃す道理はねえ」
フライハイトも笑みを浮かべてレギンを見る。
「どこぞの修道女とは違ってな?」
「ッ!」
息を呑むリンデを見て、フライハイトは更に笑みを深めた。
「やっぱりか。そりゃあ、そうだよなぁ! あの女が気付かない筈がねえ! おまけにそこのドラゴンが付けているロザリオ、アイツのだろう?」
確信を得たようにフライハイトは告げる。
気付かれた。
エーファがレギンを見逃したことを、知られてしまった。
「ドラゴンスレイヤーがドラゴンを見過ごすことの意味、分かっているのかよ? ハハハッ! 上にチクればアイツはどうなるのかねぇ?」
「れ、レギンは悪いドラゴンではありません! エーファさんだってそれを認めてくれました!」
「…まあ、そうなんだろうな。あの堅物女が認める程なんだからな」
フライハイトはエーファの性格を知っている。
彼女がドラゴンに情けを掛けることは有り得ない。
それでも彼女がレギンを見逃したと言うのなら、レギンの中に『人間性』を見たからだろう。
レギンをドラゴンではなく、人間と認識してしまったから殺せなくなってしまった。
「だが、それがどうした?」
「…え?」
「そいつが本当に無害だとして、これまでもこれからも人を襲わないと誓ったとして」
フライハイトは人差し指を立てながら話す。
世の中を知らない子供に現実を教えるように。
「周りの人間はどう思う?」
「それ、は…」
どれだけリンデが言葉を尽くしても、人々は怯えるだろう。
ドラゴンであるレギンを恐れ、敵意を向ける。
「俺にはそれが全てだ」
フライハイトは背負っていた一本の剣を握った。
「大衆が肯定する存在は生かす。俺は英雄だから。大衆が否定する存在は殺す。俺は英雄だから」
抜き放った剣をレギンへと向けるフライハイト。
「ハッ、要は大衆の顔色を窺っているだけだろう」
「否定はしねえよ。だって、誰かに認められるのは気持ちが良い」
「………」
「…俺は他のドラゴンスレイヤーとは違って、別にドラゴンに家族を殺されてもいないし、故郷も滅ぼされていない」
ドラゴンスレイヤーを目指す大半の人間がドラゴンの被害を受けた者達だ。
ドラゴンへの憎しみだけで戦う彼らとは異なり、フライハイトはドラゴンを憎んだことは無い。
「俺がドラゴンスレイヤーとなったのは、それが一番俺の『理想』に近かったから。世界中の誰もが認める英雄になると言う俺の夢を叶えるのにな!」
ただそれだけの為に努力し、ここまで至った。
ある意味では不純であり、ある意味では誰よりも純粋である理想。
「さあ、特に恨みは無いが俺の夢の為に死んでくれ。レギン!」
言葉と共にフライハイトは地面を蹴った。
手にした剣を構えたまま、レギンへと襲い掛かる。
(エーファより遅い…)
レギンは自身に迫るフライハイトを見据え、剣を握る手に力を込めた。
フライハイトも身体強化は使っているのだろうが、反応すら出来なかったエーファに比べればかなり遅い。
ドラゴンスレイヤーごとに得手が違うのだろう。
「行くぜ。滅竜術『紅剣脈動』」
瞬間、フライハイトの握る剣の刀身が伸びた。
レギンはその剣に込められた膨大な魔力を感じ取り、表情を歪める。
「…くっ」
フライハイトとレギンの剣が衝突する。
つば競り合う二人だが、表情は明らかにフライハイトが優位だった。
片手で剣を振るうフライハイトに対し、レギンは両手で握った黄金の剣で受け止めている。
「…ドラゴンにすら匹敵する怪力。それに、魔力を帯びた剣。竜爪とか言う術か」
「正解。俺の『紅剣脈動』は武器強化の極致! どんなナマクラだろうが、たちまち竜殺しの剣に変えちまう滅竜術だ!」
ギギギ、とレギンの剣を圧しながらフライハイトは告げる。
「それに加えて、俺の持つこの剣は全て一級品。魔力を通し易い特殊な鉱石『魔石』を加工して作られた『魔剣』だ」
全身に五本所有する魔剣を示すフライハイト。
ただの木の枝でもナイフすら断ち切る刃に変えた術だ。
魔力を通し易い魔剣を強化すれば、その力は本物の竜の爪にも勝る。
「チッ」
このままでは圧し負けると判断し、レギンは剣から片手を離す。
手放した左手をフライハイトの顔へ向け、その手の平から黄金の刃を放つ。
「ふッ」
すかさずフライハイトは距離を取り、それを躱す。
ダメージは無かったが、一旦仕切り直すことに成功し、レギンは息を吐いた。
(力圧しでは勝てない)
レギンは油断なくフライハイトを見る。
彼から感じる魔力はエーファより上だ。
そして、レギンはエーファに敗北している。
今までのように自身の魔力によるゴリ押しではドラゴンスレイヤーには勝てない。
(知恵を巡らせる必要がある。獣の戦いではなく、人の戦いをする必要が)
負ける訳はいかない。
ここで負ければレギンが殺されるだけではなく、彼を見逃してくれたエーファにまで迷惑が掛かる。
レギンは人でなしのドラゴンだが、恩知らずの外道ではない。
(覚える必要がある。この戦いの中で)
レギンはそう心の中で呟いた。