第二十四話
「レギン、もう食べないんですか? コレ凄く美味しいですよ?」
ホテルで買ってきた串肉を食べながらリンデは言った。
「要らん」
町の本屋で入手した本を眺めていたレギンはそう答える。
味覚が無いレギンは無意味な食事に興味が無いのだ。
リンデには視線すら向けず、熱心に読書を続けている。
「レギンって本当に読書家ですよね。それ、面白いんですか?」
「別に面白くはない」
パラパラとページを捲りながら、レギンはキッパリと言う。
「だが、勉強にはなる。人間の物語は人間を理解する上で役に立つ」
コレも記憶を取り戻す方法の一環だろうか。
大雑把に見えて細かな努力も苦ではないようだ。
(…食事か)
本を閉じて、レギンは自分の手を見つめた。
僅かにだが、魔力が消耗している。
原因は昨夜の一件だ。
エーファとの戦闘はレギンも無傷とはいかなかった。
肉体の傷は全て再生しているが、消耗した魔力はそのまま。
人食いを嫌うレギンは他の動物を喰らうことで自身を騙してきたが、このままではいつか破綻する。
何らかの対処が必要だ。
(…そう言えば、コイツの料理は妙に栄養価が高かったな)
ちらりとレギンは串肉を頬張るリンデを見る。
リンデの作る料理は人間にとって毒だが、レギンにとっては魔力に満ちた餌だ。
酷いと言われる味も、味覚の無いレギンには分からない。
「おい、リンデ。お前の料理を…」
「レギン! レギン! このルームサービスって何でしょうか!?」
リンデはテーブルに置いてあった紙束を読みながら、興奮した様子で叫ぶ。
話を遮られたレギンは口をパクパクと動かしてから、黙り込む。
(まあ、別に今度でも良いか)
放っておけばマズイと言うだけで、今すぐどうこうと言う問題ではない。
わざわざ旅先で料理を作らせるのも…
「…あれ?」
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
首を傾げてリンデがドアを見つめる。
不思議そうにレギンへ視線を移す。
「レギン、もしかしてルームサービス頼みましたか?」
「そんな訳ないだろう。多分、部屋を間違えて…」
そこまで言ってレギンはドアへ近付いていくリンデへ視線を向けた。
「…待て。ドアから離れろ」
「え?」
レギンの忠告に足を止めるリンデ。
その目の前で、ドアが切り裂かれた。
「この部屋か」
紙のようにバラバラになったドアが地面に転がる。
残骸を踏み締めながら、赤い騎士は部屋に入ってきた。
「ふ、フライハイトさん?」
「そうだ。俺はフライハイト…」
リンデの言葉に答えながら、フライハイトは手にした天秤を掲げる。
カタン、とその天秤が左に傾いた。
「…そして、お前は誰だ? そこのドラゴン君?」
「ッ…」
天秤をレギンに向けながらフライハイトは確信を以て告げた。
「上手く魔力と気配を隠していたようだが、この『ドラッヘの黒天秤』は欺けないぜ」
フライハイトは天秤を仕舞い、剣を抜き放つ。
噴き出す魔力が部屋に満ちる。
(この魔力、エーファ以上…!)
レギンは咄嗟に近くに居たリンデの腕を掴んだ。
「れ、レギン…」
「飛ぶぞ」
「…はい?」
ガチャン、と音を立ててレギンは窓から外へ飛び出した。
その腕に掴んだリンデと共に。
二人の体が重力に引かれて、地上へと落ちていく。
「きゃあああああああ!? こ、ここ四階ですよ!?」
「いいから『翼』を出せ!」
「!」
レギンの言葉にハッとなり、リンデはすぐに己に満ちる魔力に集中する。
全身の魔力を背中に収束させる。
「め、滅竜術『竜翼』」
リンデの背中に青白く光る翼が形成される。
氷を思わせる無機質な翼は、羽搏くことも無く風を纏い、リンデとレギンの体を浮かせた。
「重い、重いですよ! レギンは自前の翼があるでしょう!」
「このロザリオの影響で肉体を大きく変化させることが出来んのだ」
「だ、だからって…!」
空を飛ぶリンデは両手で必死にレギンの腕を掴んでいる。
この高さから落ちてもレギンなら大丈夫そうだが、それでも手を離す訳にはいかない。
今二人はフライハイトに狙われているのだから。
「…マズイな。エーファの弟子が誘拐されちまった」
二人が逃げていった方を睨みながら、フライハイトは呟く。
剣を鞘に収め、取り出した天秤に目を向ける。
「まだ町の中に居るようだな。仕方ねえ、追い掛けるか」
「あ、あああ…」
「あん?」
後ろから聞こえた声にフライハイトは振り返る。
バラバラになったドアを前にホテルの人間が腰を抜かしていた。
「おっと、悪いことをしたな。コレはドアの修理代と迷惑料だ」
そう言ってフライハイトは懐から出した小袋を放り投げる。
「足りなければ王都のフライハイトを訪ねて来てくれ。怖がらせてすまねえな」
「あ、あなたは…?」
「俺か?」
その問いにフライハイトはニヤリと笑った。
「正義の味方だよ」
「ど、どこに逃げるんですか? レギン、何か考えは?」
「無い」
「何の考えも無いのに、窓から飛び出したんですか!?」
空中を飛びながらリンデは思わず叫んだ。
まさか無策だとは思わなかった。
レギンも二日連続でドラゴンスレイヤーに襲撃されて焦っていたのだろうか。
「大体、何でアイツに気付かれた? 最初に会った時には気付いていなかったぞ」
「あの天秤がどうとか言ってましたね」
話から察するに、フライハイトの持つ天秤がレギンの正体を暴いたのだ。
そしてフライハイトは今、レギンを討伐する為に現れた。
「ドラゴンスレイヤーはあんな物まで持っているのか」
「誰でも持っている訳じゃねえよ」
「ッ…!」
瞬間、レギンはもう片方の腕で黄金の槍を生み出し、後方へ振るった。
ギィン、と金属同士がぶつかる音が空に響き渡る。
「反応は速い。だが、力が足りねえよ!」
(…馬鹿な。俺が力負けして…)
「レギン!」
圧し負けたレギンの体が地上へと墜落する。
それを追ってリンデも翼を動かした。
「………」
リンデ同様に『竜翼』で空に浮かぶフライハイトは無言で地上を見つめた。
(手応えが無さすぎる。アレが本当に伝説の六天竜か?)
違和感を感じながらも、二人を追って地上へと降りて行った。