第二十三話
「俺の名はフライハイト。良いか、よく覚えておけ。お前を助けた男の名はフライハイトだ」
「は、はぁ…」
二度も念を押すように名前を言うフライハイトに、リンデは頬を掻きながら頷く。
今一つ状況に追い付いていなかったが、危ない目に遭う所だったのは理解した。
少々変わった人物だが、リンデを助けてくれた恩人に違いはない。
「私は、リンデです。あの、助けてくれてありがとうございました」
「礼を言う必要はない。お前はただ知人友人に俺の名前を広め………」
言いかけてピタリ、とフライハイトの動きが止まる。
バッと振り返り、リンデの顔を凝視している。
「…リンデだと? エーファの弟子の?」
「え? 知っていましたか?」
「当然だ、俺は一度聞いた名前は絶対に忘れねえんだよ。あの女と違って。あの女と違って!」
(…エーファさんに何かされたのかな?)
怒りに身を震わせるフライハイトを見て、リンデは苦笑する。
何となくその場面が想像できる気がした。
「フライハイトさんはエーファさんとお知り合いなんですね」
「…ただ癇に障るだけの同僚だ。言っておくが、俺の方が魔力ランクは上なんだぞ」
「魔力ランク?」
聞き覚えの無い言葉にリンデは首を傾げる。
「エーファに聞いてねえのか? 王都では人間の魔力量でランク付けがされている。EからAまでの全部で五段階だ」
魔力量はドラゴンと戦う上で最も重視される『才能』だ。
どれだけ努力しても魔力量が低い者は滅竜術を使えない。
それが全てでは無いが、魔力ランクがその者の実力を決めると言っても過言ではない。
「常人よりマシってくらいがEランク。平均的なドラゴンスレイヤーがCランクって所だ」
「エーファさんはどれくらい何ですか?」
「アイツもCランクだ。まあ、アイツはあまり魔力を消耗しない戦闘スタイルだが」
そこまで言ってフライハイトはニヤリと笑った。
勿体ぶる様に人差し指を立てる。
「そして、この俺はBランク。アイツより上だ。歴代のドラゴンスレイヤーでもBランクを超える奴は珍しいんだぜ?」
「そうなんですか! すごいですね!」
「おうよ! 俺は天才だからな! はははは!」
リンデの素直な反応にフライハイトは気を良くする。
やたら自己主張の強い性格の持ち主だが、それ故に褒められると弱いらしい。
鼻高々に大笑いしている。
「ちなみに、Aランクの人っているんですか?」
「………」
リンデの素朴な疑問を受け、フライハイトの笑いが止まる。
「…居るぞ。化物が」
「化物? ドラゴンスレイヤー、なんですよね?」
「ドラゴンを殺す者をそう呼ぶのなら、そうなんだろうよ」
苦虫を嚙み潰したような顔でフライハイトは吐き捨てた。
エーファのことを話していた時以上に、苦悩に満ちた顔だ。
「その人は、一体?」
「そいつの名は…」
「リンデ。待たせたな」
その名前を言いかけた時、割り込むようにレギンの声が聞こえた。
言葉を遮られたフライハイトは視線をレギンに向ける。
(…あ)
瞬時にリンデの顔が青褪める。
フライハイトはドラゴンスレイヤーだ。
レギンの正体に気付いても不思議ではない。
このままでは、エーファの時の二の舞である。
「エーファの弟子。コイツは誰だ?」
「え、えーと。レギンです。王都に行くまで護衛をしてもらっていて」
「………」
フライハイトとレギンの視線がぶつかる。
互いが何を考えているか分からず、リンデは一人冷や汗を流していた。
「ふ」
突然、フライハイトは小さく笑みを浮かべた。
首を傾げるレギンとリンデを交互に見つめ、口元を吊り上げる。
「最近のガキは進んでいるな。その年でもう男と二人旅なんてよぉ」
からかうような笑みを浮かべて、フライハイトは言った。
「エーファにも見習わせてやりたいぜ。王都に着いたら見せつけてやりな。きっと愉快なことになるぞ!」
そう言って、フライハイトはげらげらと笑いながら立ち去る。
気付かないふりをしている、訳では無い。
どうやら本気でレギンの正体には気付かなかったようだ。
エーファが一目で気付いたことにフライハイトは全く気付かない。
その理由は彼が鈍い訳では無く、
「…コレのお陰か」
レギンは首に付けたロザリオに触れた。
思っていた以上に、このロザリオの力は強かったらしい。
「…はぁ。バレなくて良かったぁ」
安堵の息を吐くリンデ。
「アイツは誰だ? 中々強い魔力を感じたが」
「えーとですね、あの人は…」
「さーて。準備出来たか、お前達」
その夜、ルストの一角でフライハイトは準備を進めていた。
周りには王都から連れてきた数人の弟子が控えている。
「星の位置も時間もバッチリです!」
「いつでも行けますよ。フライハイトさん!」
様々な機材を並べながら弟子達は声を上げる。
「では見るがいい! コレこそが遥か昔ドラゴンに滅ぼされた古代文明の遺物…」
自慢げに叫びながらフライハイトは持ってきた箱から、古ぼけた天秤を取り出した。
それは、煤とも錆ともつかない物で黒く変色した天秤であり、二つの秤を支える棒の中心には黒光りする宝石が埋め込まれている。
「『ドラッヘの黒天秤』だ!」
「おお、コレが…!」
「本で読んだことあります!」
古代文明の秘宝を前にテンションを上げる弟子達。
「本来は王都で管理されるべき物だが、今回の任務に当たり、特別に使用許可を取ってきた!」
「流石です、フライハイトさん!」
「ははははは!」
上機嫌に笑いながらフライハイトは左側の秤に触れた。
その指先から赤い光が零れ、秤が満たされていく。
「コレを使うには繊細な魔力制御が必要でな。ドラゴンスレイヤーでも扱えるのは俺ぐらいだ」
十分に満たされた天秤が揺れる。
ゆらゆらと動く天秤はしばらくしてからカタン、と音を立てて傾いた。
「右に、傾いた?」
「ってことは…」
「………」
この『ドラッヘの黒天秤』は魔力を測る道具である。
左にはフライハイトの魔力を。
右には周囲に居る者の魔力を。
周囲にフライハイトよりも魔力の高い者が存在しなければ、天秤は左に傾く。
周囲にフライハイトと同等の魔力を持つ者が存在すれば、天秤は水平になる。
そして、天秤が右に傾いた場合は…
「全員、ここを動くなよ。当たりだ」
「ま、まさか…!」
「そのまさかだ。今、この町に六天竜が居るぞ!」