第二話
魔力。
それはあらゆる生物、物体に宿る力のことだ。
量の違いはあれど、魔力を含まない存在はこの世に無い。
ドラゴンは、その中でも最も魔力を多く含んだ存在だ。
何しろ、肉体そのものが魔力で構成されている。
故に、他の生物とは異なり、ただ存在しているだけでも魔力を消耗してしまう。
魔力が尽きた瞬間こそが、寿命の無いドラゴンの寿命。
だからドラゴンは他の生物を喰らう。
自己の存在を維持する為に。
捕食対象は魔力を含む存在なら何でも良いが、出来るだけ魔力を多く含む餌の方が効率が良い。
ドラゴンが自分達の次に多くの魔力を宿す人間を捕食対象としたのは、当然の帰結だった。
「行きます…!」
自身を奮い立たせるように声を上げ、リンデは地面を蹴る。
黄金のドラゴンはそれに合わせるように再び口を開いた。
『ブレス』
先程と同じく、黄金の炎が放たれる。
一体どうやってこの一撃を防いだのか、その絡繰りを見極めんとドラゴンはリンデを睨みつけた。
「滅竜術…」
『む…』
リンデはその場に立ち止まり、小さく呟いた。
聞き覚えの無い言葉に訝し気な表情を浮かべるドラゴンの前で、リンデは虚空を撫でるように指を動かす。
「『竜鱗』」
瞬間、リンデの体表を覆う光の鎧が出現した。
薄い膜のようにも見える鎧は、リンデに迫っていた炎を反発する。
光の鎧はその熱すらも一切遮断し、使用者であるリンデを護り抜いた。
『…なるほど。そうやって防いだのか』
納得したようにドラゴンはリンデを護る鎧を見つめる。
『それは、己の魔力を変換して作った鎧だな』
原理としてはドラゴンのブレスと変わらない。
ドラゴンが魔力を変換して炎を放つように、リンデは魔力で鎧を作っただけだ。
元は同じ魔力なのだから、ブレスを防げない道理はない。
「滅竜術、と言います」
『竜を滅ぼす術か、大きく出たものだ』
その大言に怒りよりも感心したように、ドラゴンは喉を鳴らした。
『だが、妙だな。俺が今まで出会った人間に、そんな術を使用する者はいなかった。人間の魔力は低い。それを戦いに用いる者と出会うなど、夢にも思わなかったぞ』
人間とドラゴンでは魔力量に絶対の差がある。
だからこそ、ドラゴンは人類の天敵として君臨し続けているのだ。
しかし、今のリンデの放つ魔力は人間の比ではない。
人よりむしろ、ドラゴンに近いのではないかと思う程だ。
「それはあなたが世界を知らないだけですよ。滅竜術『竜脚』」
(違う術…!)
黄金のドラゴンの視界から、リンデの姿が消える。
バチバチと青い雷を纏う足で地面を蹴り、瞬く間にドラゴンの足下に接近する。
(速い、が)
そのままリンデは手にした短剣をドラゴンの足へと振るう。
だが、ドラゴンは焦ることは無かった。
ドラゴンの肉体は鱗の一枚に至るまで魔力で作られている。
小娘の細腕で振るう短剣の刃などでは、傷付けられない。
その筈だった。
「滅竜術『竜爪』」
足に纏っていた魔力が、今度はリンデの右腕に纏う。
可視できる程に濃い魔力は、リンデとその手に握る短剣を強化する。
『何だと…!』
その結果、リンデの振るった刃はドラゴンの鱗を切り裂き、血肉を抉った。
鮮血が舞い、黄金のドラゴンは驚愕に目を見開く。
「止め、です!」
体勢が崩れた隙を逃さず、リンデはドラゴンの体を駆け上がる。
この短剣でドラゴンの鱗を破れることは証明できた。
ならば、後は致命傷となる部分を狙って刃を振るう。
『ククッ』
「!」
ドラゴンの口から小さな笑みが零れた時、リンデは地面が柔らくなったように感じた。
否、地面ではない。
リンデが立っているのはドラゴンの体の上。
ドラゴンの肉体。
黄金の鱗に覆われた肉体が、ボコボコと波打っていた。
(…マズイ!)
何が起こっているのかは分からない。
だが、このドラゴンはまだリンデの知らない能力を持っている。
このまま続けても勝てないと悟り、リンデは慌ててドラゴンから距離を取った。
『認めよう』
肉体を変化させながら黄金のドラゴンは告げた。
『世界は俺が思うよりもずっと広かったようだ。まさか、お前のような小娘に傷を負わされるとは』
既にリンデが負わせた手傷は再生していた。
ドラゴンの肉体は魔力の塊。
本人の意志一つで自在に変化できる。
『だが、お前も世界を知らんな。リンデとか言う娘よ』
「…ッ」
『ただ爪を振るうだけが、ただ牙を突き立てるだけが、ドラゴンの力だと思っているのか?』
波打つドラゴンの体が弾ける。
ドロドロと溶けたまま空中に浮かび上がるのは、黄金の塊。
このドラゴンの属性そのもの。
『ドラゴンの本領を見せてやろう!』
瞬間、空中を漂う溶けた黄金が形を成す。
それは無数の武器。
剣、槍、矢、果てには用途の分からない武具まで。
百を優に超える武具の数々が、雨あられの如く、降り注ぐ。
「ッ! 滅竜術『竜脚』」
リンデは青く発光する魔力を足に纏い、地面を駆ける。
一撃でも受ければ終わりだ。
次々と降る黄金を必死に躱し続けるリンデ。
『ああ、地に落ちた黄金も忘れるなよ?』
「どういう…?」
意味か、と問おうとした時、リンデの足に何かが触れた。
それはリンデに躱され、地面に突き立てられていた黄金の剣。
狙いを外したことで再び溶解し、リンデの動きを止めるべく纏わりついたのだ。
「くっ…!」
黄金は纏わりついた途端に冷え固まり、びくともしない。
完全に動きが止まってしまったリンデへと別の黄金が降り注ぐ。
「滅竜術『竜鱗』」
瞬時にリンデは攻撃を躱す方向から、防ぐ方向へ切り替え、光の鎧を展開する。
ブレスと同様、この黄金もドラゴンの魔力で生み出された物。
ならば、この鎧で同じように防げる筈だ、と。
『クハハハ! 切り替えが早いのは良いが、それは悪手だったな!』
黄金のドラゴンは大きく翼を広げ、飛翔する。
地上に居るリンデを見下ろし、その口内に膨大な魔力を含む。
「………!」
最初とは比べ物にならない『ブレス』が来る。
そう理解しながらも、リンデはその場から動けない。
今も黄金の雨は降り続けている為、竜鱗を解除する訳にもいかない。
何も、出来ない。
『ブレス』
地上へ向けて黄金の光が放たれる。
それは展開された竜鱗ごと、リンデの身を包み込んだ。