第十八話
(あの武器から魔力を感じるな…)
レギンは手の平から黄金の槍を生み出しながら、エーファを睨む。
先程の現象はどう考えても、技術でどうにかなる物ではない。
アレは恐らく、エーファの滅竜術。
一度手から離れた武器を遠隔操作するようなタイプの術。
「フッ!」
レギンは手にした黄金の槍を、エーファへと投擲する。
スティレットは人体を貫くことに特化しているが、リーチは短い。
あの小さな武器で黄金の槍を捌くことは出来ないだろう。
(さあ、どうする。躱すか、防ぐか!)
「………」
向かって来る槍を前に、エーファは握ったスティレットを地面に捨てた。
そして、何も握っていない右手を目の前に翳す。
「『反発』」
バチチッ、と火花が散った。
同時に黄金の槍が空中で静止する。
見えない力に圧されるように動きを止めた槍は、そのまま地面に落ちた。
(今のは…)
「行きなさい」
カタカタと音を立てて、地面に転がるスティレットが浮かび上がる。
先程と同じように、まるで生き物のように黒い弾丸がレギンへと放たれた。
地面を蹴ってその場から回避するレギンだが、二発の弾丸はそれを追尾する。
「私の『魔弾』は必ず標的を貫く。地の果てまで行っても、決して逃さない!」
更にレギンの逃げ道を塞ぐように、新たなスティレットを投擲するエーファ。
後方から二発、前方から二発の弾丸がレギンを心臓を狙って襲い掛かる。
「チッ…!」
大きく舌打ちし、レギンは自身に掛けていた術を解いた。
人化が解かれたレギンの肉体が黄金の塊に変わり、膨張する。
四発の魔弾も取り込み、レギンは本来の姿へ戻った。
月下に出現する黄金のドラゴン。
鱗に浮かぶ赤い紋様を脈動させながら、レギンはエーファを見下ろした。
「やっと本性を表したわね。その醜い姿、吐き気がするわ」
憎悪と嫌悪を浮かべながら、エーファは吐き捨てた。
心からレギンを憎むような言葉に、レギンはエーファの顔を見つめる。
『その憎悪。憎んでいるのは俺か? それともドラゴン全てか?』
「……………」
記憶を持たないレギンにとって、それだけは聞いておきたかった。
例えどんな関係であろうと、自身を知る者を切望しているのだ。
「別に、然程珍しくない話よ」
エーファは顔を歪めながら口を開く。
「私は実の姉をドラゴンに殺された。だから、どんな手を使ってでも、この手で復讐を果たすと誓った」
『…そのドラゴンとは、俺のことか?』
「いえ」
レギンの問いに、エーファは静かに首を振った。
それからレギンの鱗に浮かぶ紋様を見て、目を細める。
「でも、もしかしたらあなたのお友達かも知れないわね」
『………どういう意味だ?』
「…記憶喪失、と言うのは嘘では無かったようね」
レギンの反応を見て、何か確信を得たようにエーファは呟く。
「だけど、記憶を失ったからと言って罪人は罪人よ。自分の犯した罪を忘れると言うことは、罪が消えると言う意味ではない」
スティレットを構え、エーファは薄ら笑みを浮かべた。
「より罪が重くなるだけよ!」
バチバチ、と黒い雷がエーファの足を纏う。
それはリンデも使用していた基本の一つ。
滅竜術『竜脚』
その応用だ。
ドン、と踏み込んだ足が地面と反発し、その体が加速する。
エーファの姿が弾丸のように、レギンの視界から消え失せた。
『ぐっ…!』
激痛を感じ、レギンが呻く。
見ると、両足にそれぞれ五本ずつスティレットが突き刺さっていた。
それに驚いている余裕も無く、今度は翼がスティレットに貫かれる。
竜化したことが仇となり、コレではただの的だった。
「あなたの口から臭うのよ。血の臭いが! 命を奪った臭いが!」
『ッ!』
「何百、何千と言う人間を喰い殺しておいて、よくも人間のふりなんて出来たものね!」
それはレギンの知らない罪。
彼がもう忘れてしまった過去の記憶。
その罪をエーファは感じ取り、断罪する。
「報いを受けろ、悪竜!」
無数の魔弾が雨の如く、レギンに降り注ぐ。
その手足を、胴を、顔を、全てを抉り削る。
『ブレス』
「!」
一瞬だけエーファの足が止まった時を見逃さず、レギンは口から黄金の炎を放った。
どれだけ数多い弾丸だろうと、操っている人間は一人。
エーファさえ仕留めれば、この地獄は終わる。
「その程度のブレスで、私を捕らえられるとでも?」
しかし、エーファは再び地面を反発し、余裕を持ってブレスを躱した。
それを見て、レギンは確信を得る。
『…反発する力と引き合う力。お前が操っているのは磁力、か』
「今更気付いたの?」
エーファは嘲るような笑みを浮かべてレギンの推測を認めた。
「私は物体に二つの性質を付与できる。即ち、引力と斥力」
地面と足を反発させることで身体強化以上の速度を得た。
投擲したスティレットは、レギンと引き合い魔弾となって襲い掛かった。
「『電磁万有』…私がドラゴンを殺す為に編み出した滅竜術よ」
黒いスティレットを弄びながら、エーファは最も信頼する滅竜術の名を告げた。
周囲に存在する物全てを自由自在に操る強力な術だ。
(恐らく、性質を付与する条件は直接触れること)
愛用するスティレット同様に、エーファの足が触れた地面にも僅かに魔力が残っている。
その身体に触れた物に魔力を流し込むことで、術式を組み込むのだろう。
(だが、俺の体に術を掛けたのはいつだ?)
夕食の時だろうか。
いや、レギンはドラゴンスレイヤーであるエーファを初めから警戒していた。
意味も無く触れられるようなことがあれば、気付いていた筈だ。
術を掛けられたのは、この場に来てからだ。
エーファに呼び出され、最初にあった出来事は…
(ッ! そうか、あの不意打ち…!)
先手必勝とばかりに眉間にスティレットを打ち込んできた不意打ち。
考えてみれば、ドラゴンの性質をよく理解しているエーファが急所ではない眉間を狙うのは妙だ。
事実、次の一撃では的確に心臓を狙ってきた。
あの行為に別の意味があったとすれば…
レギンは地面に落ちたスティレットを見る。
その黒い刃は未だバチバチと火花を放っていた。
(なるほど。刃に魔力を注ぎ、電気を流すように性質を付与することも出来るのか)
エーファに直接触れた物だけでなく、エーファが魔力を注いだ物に触れた者に対しても、間接的に術を掛けることが出来るのだ。
だからエーファは何としても初撃を与える必要があった。
多少強引に不意打ちをしてでも。
(術の正体は把握した。だが…)
「理解できたようね? 分かった所で、もうどうしようもないと」
レギンの心を読んだように、エーファは言った。
「一撃目を受けた時点で終わりなのよ。私は一度捕らえた獲物は、絶対に逃がさない。魔弾は決して、狙いが狂わない!」
『黄金よ…!』
レギンの鱗が融け、黄金へと変化する。
黄金の塊はボコボコと波打ち、無数の武具を形成する。
意趣返しのように降り注ぐ黄金の雨。
無数の槍が、地上のエーファを狙った。
「馬鹿ね。最初からパワー勝負する気なんて、こっちには無いわよ!」
バチチッ、と火花を散らし、エーファの姿が消える。
目標を見失った黄金の槍が、空しく地面に突き刺さった。
(どこだ! どこに…)
黄金の眼を動かしてその姿を探すレギン。
その眼に、一本のスティレットが深々と突き刺さった。
『ぐ、ああああああああ!』
目から血を流し、レギンの巨体がよろめく。
鎧を溶かして、防御の薄くなったレギンの体に音も無くエーファは迫った。
「コレで、止めよ…!」
『ッ!』
視界が封じられたレギンの耳にエーファの声が届いた。
風を切る刃の音が響く。
レギンは初めて、死を感じた。
殺される。
このまま、自分が何者かも分からないままで。
「エーファさん、駄目!」
「なッ…!」
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
血に濡れた目で見ると、そこには華奢な背中が見えた。
倒れたレギンの心臓を狙って放たれた魔弾。
それからレギンを庇うように、リンデが両手を広げて立っていた。
気付いたエーファが咄嗟に腕を動かすが、放たれた弾丸は止まらない。
ドスッ、と刃が貫く音が響いた。