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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
最終章 黄金竜
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最終話


邪竜ファフニールは竜殺しの英雄によって滅ぼされた。


新たに生まれた英雄伝説に国中の人間が歓喜した。


厳密には十三年前からファフニールとジークフリートは入れ替わっており、複雑な事情があるのだが、大衆にとってそんなことは重要では無い。


大昔から人類の脅威だった邪竜が滅ぼされた事実だけで、かつてない幸福だった。


六天竜は事実上壊滅し、もう町や村を襲うことは無い。


王国には平和が訪れたのだ。








「幸せそうな人間って、無性に爆発したくなりません?」


エーファの病室を訪れたハーゼは唐突にそんなことを言った。


笑みを浮かべているが、内心苛立っているようで目元がぴくぴくと震えている。


「…どうしたの?」


「いえ、ここに来るまでに人目も憚らずイチャイチャしてる輩に出会いまして」


ハーゼの手の中に小さな雪人形のような物が握られていた。


「つい衝動的にコレを投げたくなりましたよ」


「やめなさい。それって確か、冷気をばら撒く爆弾でしょ?」


いつのことだったか、戦いで使用していたハーゼの術だ。


何て危ない物を気軽に取り出すのか、この子は。


「…ハーゼも恋人とか欲しかったりするの?」


「う゛」


エーファの問いにハーゼは露骨に顔を顰めた。


「こ、恋人は…うーん、どうですかね? 私、過去に色々あったもので、男の人はちょっと…」


色々では済まない程の出来事をハーゼは経験しているが、エーファには伝えていなかった。


人間不信、特に男性不信は未だにハーゼの悩みの一つだ。


「じゃあ別に他の人が仲良くしようと気にしなければいいじゃない」


「欲しいかどうかは別として、自分より幸せそうな人間を見たらムカつきます」


「えー…」


率直に言って、それは心が狭すぎないだろうか。


分かっていたことだが、ハーゼは中々良くない性格をしている。


まあ、それでエーファがハーゼを見損なうことは無いのだけど。


「取り敢えず、恋人の一つでも作ったら? そうすれば他人が気にならなくなるかもよ?」


「うわっ! 何ですかその勝ち組発言! 異性にモテモテの美女は言うことが違いますね!」


「も、モテモテじゃないと思うけど。私だって、恋人なんて居たこと無いし」


「じゃあ私の勝ちですね!」


いつから勝負になったのか、ハーゼは何故か勝ち誇るように笑った。


「私、町中の男の人に告白されたことありますし!……まあ、今は全員音信不通ですが」


「………」


「それに情熱的に告白されて恋人になったこともありますし!……まあ、すぐに捨てられたんですが」


「す、ストップ! ストーップ!? これ以上、悲しい過去を暴露しないで!?」


「うるさーい! 私だって幸せになりたいんだー! こんちくしょー!」


ハーゼは質の悪い酔っ払いのように喚いていた。








「大活躍だったそうじゃないか」


「ああ?」


同じ頃、フライハイトはファウストに出会っていた。


「先日のファフニールとの戦いだ。お前はレギン、いやジークフリートだったか。奴と共に戦ったと聞いている」


突然の事態にその場に駆け付けられなかったファウストと違って。


フライハイトは邪竜ファフニールと戦い、ジークフリートと共に勝利した。


「なのに、どうして不機嫌そうな顔をしている?」


ファウストは仏頂面のフライハイトに尋ねる。


顔を歪めたフライハイトの手には酒の入ったグラスが握られていた。


珍しいことに自棄酒を呷っていたようだ。


「共に戦った、なんて言えるか。ファフニールを倒したのはジークフリートだ。俺は殆ど役に立ってねぇ」


「…本当に珍しいな。お前が弱音を吐くなんて」


「弱音じゃねえ! 事実を認めただけだ!」


悔し気にフライハイトは吐き捨てる。


共に戦ったことで理解してしまった。


竜殺しの英雄との実力差を。


自分が目指している頂点が、どれだけ遠いのかを。


「それでどうする? 諦めるのか?」


「訳ねえだろ。今の俺が奴より弱え事実は認めるが、そのままじゃ済まさねえよ…!」


グラスを握り潰し、獰猛な笑みを浮かべるフライハイト。


弱気になどなっていない。


むしろ、やる気に満ち溢れている。


いずれジークフリートを超え、ドラゴンスレイヤーの頂点に立つと改めて誓う。


「心が折れていないのなら結構。訓練ぐらいなら付き合おう」


「上から目線で言ってるんじゃねえよ。俺はお前より強えぞ」


挑発的に笑うフライハイト。


それにファウストが言葉を返そうとした時、小さな声に遮られた。


「フライハイト」


「あ? どうした、ヴィーヴル?」


「手」


そう言ってヴィーヴルはフライハイトの手を指差す。


グラスの破片で切ったのか、指から血が滲んでいた。


「これくらいすぐに治る。気にするな」


「………」


ひらひらと振るフライハイトの手をヴィーヴルの視線が追い掛ける。


吸い寄せられるようにヴィーヴルはフライハイトの手を握った。


「あむ」


「!?」


そして、いきなりその指先を口に咥えた。


流石に驚き、フライハイトはギョッとしてヴィーヴルの顔を見る。


「傷、治った」


口に含んでいた指を引き抜き、ヴィーヴルは呑気に言う。


「…血、美味しい」


「な、な、な…!?」


青褪めた顔でフライハイトは勢いよく後退った。


ヴィーヴルは味わった血を思い出しているのか、何やら恍惚とした表情をしていた。


「ゴホン。その、人前でそう言う『アレ』をするのは、どうかと思うぞ」


「そう言うアレじゃねえよ! 今のはどう見ても捕食行為だろうが!」


「…最近の若者は乱れていると言うが、本当だな」


「聞けよ! あと、コイツは若者って歳じゃねえ!」


戦々恐々としながらフライハイトは未だぼんやりしているヴィーヴルを指差す。


「血の味を覚えられた…! つ、次は指が欲しいとか言うんじゃねえだろうな…!」


「…言わない。フライハイト、傷付けたくない」


いつもの無表情に顔を戻し、ヴィーヴルはきっぱりと言った。


心外だ、と少し不機嫌そうに見える。


「…でも、髪の毛くらいなら、欲しいかも」


「おい!」


ヴィーヴルの言葉にドン引きするフライハイト。


千年を生きるドラゴンに人間の常識が通用する筈も無く、


どうやらドラゴンの好意とは、食欲に近いようだった。








「体の調子はどうだ? ジークフリート」


竜血研究所にて、グンテルはジークフリートに言った。


様々な検査を終えて、その結果にグンテルは目を通しているが、本人の意見も聞きたい。


「特に問題はないな」


「…貴様の肉体は少し前まで邪竜の魂が入っていたのだ。どんな変化が起きていても不思議では無いぞ」


元の姿に戻ったジークフリートだが、その身体は竜血を浴びすぎている。


ファフニールに憑依されたこともあり、肉体は限りなく竜に近い物に変質しているのだ。


今の所は特に異常は見られないが、これからもそうであるとは限らない。


「しかし、お前に心配されるなんてな。あの頃からは考えられねえな」


「心配では無い。貴様が死ぬと、あの子が悲しむだろう」


「クハハ、子煩悩なことで。それともこの場合はシスコンって言った方が良いのか?」


「どちらも違うわ、馬鹿者」


そう吐き捨て、グンテルはジークフリートに背を向ける。


「行くのか?」


「私はもう国王だぞ? これ以上貴様に構っている時間は無い」


相変わらず敵意剥き出しで、グンテルは不機嫌そうに言った。


「…一つ約束しろ。ジークフリート」


「何だ?」


「あの子は、リンデはクリームヒルトでは無い。それは理解しているが、私にとってはあの子も家族だ」


妹を失い、父を殺したグンテルにとって、リンデは残された最後の家族だ。


生まれは違えど、本当の家族に違いない。


「今度は、絶対に護れよ」


「…ああ、言われるまでも無い」


「ふん」


その答えで満足したのか、グンテルは去っていった。








「レギン! お帰りなさい! 検査はどうでしたか!」


「異常なしだ。と言うか、俺はジークフリートだっての」


満面の笑みを浮かべたリンデに、ジークフリートは苦笑しながら訂正する。


言われてリンデはハッと口に手を当てた。


「ご、ごめんなさい。まだ慣れなくて」


「まあ、だろうな」


クリームヒルトの記憶を一部引き継いでいるとは言え、リンデにとってレギンはレギン。


ジークフリートとは、邪竜に憑依された偽者の英雄の方なのだ。


そう思うと何だか複雑だが、リンデを責めるのも間違いだろう。


「…少しずつ慣れていけばいい」


「少しずつ、ですか?」


「ああ、時間はあるんだ…」


ジークフリートはリンデの頭に手を置いた。


今まで長かった。


記憶を失い、竜の体に押し込められたあの頃から。


ずっと求めていた記憶は、幸福な物ばかりでは無かった。


多くの悲しみ、多くの痛みがあった。


耐え難い後悔の記憶があった。


だが、それでも自分の記憶だった。


全てを受け入れ、乗り越えてジークフリートは今ここに居る。


自分を取り戻し、リンデと共に居る。


「少しずつ、取り戻していこう」


大切な者の温もりを感じながら、ジークフリートは心から笑みを浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろかったです [一言] 最終回! 更新お疲れ様でした これから幸せになってくれたらいいなあった感じの終わりかたでした とても味わい深い作品で感慨深いです 今更ですが 作者さんの作品…
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