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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
最終章 黄金竜
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第百三十四話


最初に覚えた感情は、憎悪だった。


この世界に俺以外の者が存在すること。


それがどうしようもなく、耐え難かった。


故に排除した。


全ての人間を、街を、文明を破壊し尽くした。


結果的に古代人共を滅ぼすことには成功したが、代償として不死の身を失った。


それからは俺から不死を奪った者を探し続けた。


ラインの乙女。


奴を喰らえば、俺はまた完全だった自分に戻れる筈だ。


人間の抵抗など何の意味も無かった。


例え不死を失おうとも、俺の力は衰えていない。


どんな戦士、どんな英雄であろうとも、俺を倒すことは出来ない。


その筈だった。


『―――』


あの忌々しい古代人の遺産。


魔力剥離砲と呼ばれる兵器によって、俺は初めて人間に敗北した。


『…おの、れ…!』


殆どの魔力を失い、俺は小鳥のような姿にまで縮小していた。


全身の魔力が引き剥がされ、誕生して初めて死を予感した。


『ッ…!』


屈辱だった。


世界の始まりから存在するこの俺が。


一度は人間の文明を終わらせたこの俺が。


身を隠し、人間の目に怯えなければならないなど…


六天竜に助けを求めることを一度は考えたが、すぐに諦めた。


こんな状態では奴らに仕込んだ呪いを発動することすら出来ない。


弱りきった今の姿を見せれば、奴らは嬉々として自分を裏切るだろう。


誰も助けてはくれない。


当然だ。今まで一度も助けを求めたことなど無いのだから。


『………』


…俺は消えるのか?


嫌だ。それだけは嫌だ。


こんな所で何の意味も無く消えるなど、嫌だ。


俺はまだ、消えたくない。


誰か助けてくれ。


誰か…


『アレ? あなた、どうしたのですか?』


それは、奇妙な偶然だった。


全てを失い、今にも消えようとしていた俺を見つけたのは、まだ十にも満たない幼い娘。


『大変、怪我をしている! ちょっと待って下さいね!』


体を動かすことも、声を発することも出来ない俺は、ただされるがままに手当てを受けた。


不器用な子供の拙い手当て。


そんな物で殆どの魔力を失った俺が助かる筈も無かった。


だが、


『あー良かった! 元気になったみたいですね!』


何の因果か、その娘はラインの乙女だった。


彼女から無意識に零れる魔力が俺の傷を癒し、命を救った。


『………』


不思議な、感覚だった。


千年以上求め続けていたラインの乙女が、目の前に居る。


この娘を喰えば、俺の傷は完全に癒える。


それどころか、不死の身すら取り戻すことが出来るだろう。


しかし、何故か俺はそうしなかった。


『そう言えば、あなたって何の動物ですかね? 鳥には見えないし、トカゲ?』


石の塔に閉じ込められた娘の雑談を聞くだけの日々。


あまりにも穏やかな日々。


『まあ、何でも良いか。今度名前を付けてあげますからね!』


その声が、心地よかった。


その笑みが、美しかった。


全てを忘れ、ずっとこの場所に居たいと思うようになった。


『…はぁ』


ある日、娘はため息をついていた。


珍しいことだった。


いつも笑顔だった彼女が、憂鬱な表情を浮かべて窓の外を眺めていた。


『あ、ごめんなさい。少し寂しくて』


(寂しい…?)


『兄様がね…』


彼女には兄が居るらしい。


グンテルと言う二歳年上の男。


度々この塔に顔を見せていた彼が、少し前にしばらくここに来れないと告げていったようだ。


『父様も兄様も、全部私の為に頑張ってくれているってことは分かってる』


娘は聡い子供だった。


自分を石の塔に閉じ込めた父の優しさも、ラインの乙女を研究する為に居なくなった兄の気持ちも、十分に理解していた。


我儘など、一度も口にしたことなどなかった。


『だけど、寂しい。寂しいんです』


どれだけ聡明でも、彼女はまだ十にも満たない子供だった。


窓の外を眺め、少女は悲し気に言う。


『私も、自分の足で外を歩いてみたいな…』


自由になりたい、と籠の鳥の少女は言った。


家族の優しさは理解している為、誰にも告げることの無かった願い。


いつも笑顔の少女が抱えた悲しみ。


『―――』


その曇りを晴らしたい。


最初はただ、それだけだった。


『………』


それから俺は彼女の、クリームヒルトの願いを叶える為に行動を始めた。


まずは傷付いた肉体を癒す必要がある。


だから一度クリームヒルトの下を離れ、魔力を回復することに専念した。


多くの街を襲い、多くの人間を喰らった。


七年の時を経て、俺は再び王都へ現れた。


全てはクリームヒルトを自由にする為に。


『…?』


身を隠し、王都へ侵入した俺が見たのはクリームヒルトと会話する男だった。


アレは誰だ?


クリームヒルトと言葉を交わし、彼女から笑みを向けられているあの男は。


『…何故だ?』


石の塔に閉じ込められたままなのに。


不自由を強いられたままなのに。


どうして、そんなにも満ち足りた顔をしているのか。


『………』


その笑みは、俺に向けられる物だった筈だ。


彼女は、俺がこの手で救う筈だった。


なのに、どうして…


『―――ッ』


俺は、全てを破壊した。


王都の戦士を殺し尽くし、石の塔を破壊し、クリームヒルトを攫った。


俺が、救い出した。


その筈だった。


『私を城に帰して下さい…』


だが、彼女は俺を拒絶した。


七年と言う歳月は人にとって長く、彼女は俺のことを完全に忘れていた。


『俺の黄金は、誰にも渡しはしない…』


俺は、彼女を助けに現れた多くの戦士を虐殺した。


俺の力を彼女に見せつけた。


例えどんな者が敵に回っても、俺はお前を護ることが出来ると証明した。


『私を、解放して…』


だが、彼女は泣くばかりで俺を受け入れない。


どれだけ圧倒的な力を見せようと、どれだけ屍を積み上げようと、彼女は微笑まない。


何故だ。何故だ。


『…俺が、醜いからか?』


俺は竜であり、彼女は人である。


だからこそ彼女は俺を拒絶するのだろうか。


俺の姿が、醜いから。


『クリームヒルト…!』


そして、奴が現れた。


分不相応な魔剣を手にした忌々しい餓鬼。


ジークフリートが。


『ッ』


奴を見たクリームヒルトは、初めて笑みを浮かべた。


俺が心から望んだ笑みを、奴にだけ。


『竜血よ…!』


俺はクリームヒルトに竜血の呪いを掛けた。


大したものでは無い、一時的に意識を奪うだけだ。


この先の戦いを、彼女に見られたくなかった。


『赤き黄金よ、災厄を齎せ』


竜紋が発動する。


俺は奴の肉体を奪った。


人間の肉体を手に入れたのだ。


全ては計算通りだった。


俺はジークフリートとして、邪竜を倒したと嘯き、クリームヒルトを連れて凱旋した。


これからはジークフリートとして俺は生きていく。


彼女と共に。


『あなた、誰?』


眼を覚ましたクリームヒルトは、最初にそう告げた。


二人きりの部屋で、クリームヒルトはジークフリートとなった俺を不審な目で見つめる。


『何を言っている? 俺は…』


『あなたは、ジークフリート様じゃない。姿は似ているけど、眼が全然違う』


クリームヒルトは悲し気な表情を浮かべた。


『もしかして、ジークフリート様はもう…』


『ッ…!』


その顔を見た瞬間、俺の中で何かが爆発した。


『何故だ! 何故お前は俺を受け入れない! 俺の方が強い! 俺の方がお前を護れる筈だ!』


どす黒い炎のような衝動が噴き出す。


『俺はお前の為に全てを捨てた! 竜の肉体も! 不死に至る悲願も! 全て! 全て! お前の為に!』


今まで必死で抑えてきた本能。


人間と言う種に対する破壊衝動が蘇る。


もう我慢など、出来なかった。


手に入らないのなら、いっそのこと。


『ぐ…う…!』


竜血の呪いが身体を蝕み、苦し気に呻くクリームヒルト。


『ジークフリート、様…』


そして、最期に最愛の人の名を呼んで、彼女は事切れた。


『…あ、あああああああああああァァァァァ!』








『俺、は…俺は…』


焼け落ち、上半身だけになったファフニールは必死に手を伸ばす。


リンデを、クリームヒルトを、今度こそ手に入れる為に。


『俺は、お前を手に入れる…! お前を喰らって、不死を取り戻す…!』


そうすれば、きっと消える筈だ。


クリームヒルトを失ったあの日から常に感じる喪失感。


この胸を蝕む、耐え難い痛みが。


「違う。違うんだ、ファフニール」


そんなファフニールに、ジークフリートは告げた。


その肉体に宿っていたことで、ファフニールの記憶を覗き見たジークフリートは言う。


「お前は、クリームヒルトを喰いたかったんじゃない。そんなことの為に、彼女を復活させようとしたんじゃない」


怒りも憎しみも今だけは忘れ、ジークフリートは悲し気な目をファフニールに向けた。


あまりにも強く、あまりにも未熟だった孤独な竜に答えを教える。


「お前はただ、彼女に恋をしただけだったんだよ」


『―――』


そう、ただそれだけだったのだ。


何もかも間違えてしまっていたけれど、最初に抱いた感情はそんな些細な物で。


ただ自分を救ってくれた相手に、恋をした。


ずっと、その人の隣に居たかった。


望んだことは、それだけで良かったのだ。


『…そう、か。そうだった、のか…』


初めてそれを自覚した邪竜は、静かに呟く。


『何年、経とうと、呪いのように、胸に残る…この、陽だまりの、ような、温かな、気持ち…が…』


始まりの記憶。


弱っていた自分に手を差し伸べてくれた彼女を思い出し、邪竜は息絶えた。


千年以上も人類を苦しめ、破壊を撒き散らしていた邪竜。


その最期は、驚く程に穏やかな物だった。

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