第百三十三話
「ぐ…!」
自身の体を貫く黄金の槍を見下ろし、ジークフリートは苦悶の声を上げる。
心臓には触れていない。
辛うじて、致命傷は避けている。
だが、
「ぐ、あああああああ…!」
槍に触れている部分から黄金の浸食が始まる。
血が、肉が、黄金へと変化していく。
もう逃れられない。
ジークフリートの運命は決まった。
このまま呪いを受け、黄金の塊となって死ぬ。
「リン、デ…」
せめて、せめて彼女だけは逃がさなければと言う思いがジークフリートの頭を過ぎる。
例え自分が死ぬとしても、また彼女を失うことだけは…
それだけは…
「あ、ああ…!」
串刺しとなったジークフリートを見て、リンデは絶望の声を上げた。
ジークフリートの体が黄金に変わっていく。
少しずつ少しずつ、その命が潰える。
『ククク…クハハハハハハ! 遂に、遂にお前を倒したぞ! ジークフリート!』
勝ち誇るようにファフニールは嗤った。
最後の最後で、勝利したのはファフニールだった。
コレが道理だ。コレこそが真理だ。
人は竜には勝てない。
況して、竜すら凌駕する神の如きファフニールに人間如きが勝てる筈も無い。
『塵共が! 目障りなんだよ! お前ら蛆虫が、俺の世界に存在することすら許せん!』
コレで終わりでは無い。
まだだ。まだ足りない。
この世界に人間が残っている。
その全てを滅ぼすまで、ファフニールの不快感は収まらない。
「ファフ、ニール…!」
『…お前か。リンデ』
自身を睨むリンデを、ファフニールの黄金の眼が射抜く。
『そうか。そうだな、お前が残っていた…!』
何か思いついたのか、ファフニールの表情が変化する。
口元が吊り上がり、獰猛な笑みを浮かべた。
『ラインの乙女であるお前を喰らえば、俺は不死を取り戻す…!』
そうすれば、心臓を失ったことなど問題にならない。
かつての自分、正しく神であった頃のファフニールに戻れば、死ぬことは無くなる。
『クハハ、クハハハハハ! 最後にチャンスが巡って来たな! 運命と言うやつか!』
もう邪魔する者は居ない。
千年を超える時を経て、ファフニールは完全に復活する。
リンデを喰らって、不死となる。
(そうすれば、消える筈だ)
あの日から胸を苛む喪失感。
心臓を抉り取られるような胸の痛みが、消える筈だ。
『…?』
リンデを喰おうと手を伸ばした時、その手に青白い光が宿った。
小さな光は段々と大きくなり、やがて一つの炎となる。
青白く燃える炎はファフニールの腕を焼き払う。
しかし、痛みも熱も一切感じなかった。
『何、だ…?』
違和感を覚えたのは、周囲の風景。
延々と降り注いでいた黄金の光が止まっている。
王都を破壊する度に吸収していた魔力が途絶えた。
『この炎…! 俺の魔力を燃やしているのか…!』
万物の黄金化。
世界を呪うファフニールの魔力を焼き尽くしている。
『馬鹿な。馬鹿な…! こんな力、人間が手に入れられる筈がない…!』
「人間の力では、ありません…」
清流のように静かな声が響いた。
ファフニールを見つめるのは、川底のように青く澄んだ瞳をした少女。
全身に赤い紋様を浮かべたリンデだった。
「あなたのよく知る力、ですよ…!」
『竜紋だと…!』
そう、それは唯一ファフニールが知らなかった事実。
かつて、初めて出会った『レギン』と『リンデ』は戦った。
戦いの末にリンデは重傷を負い、レギンの血を浴びせられた。
ファフニールの肉体を持つ、レギンの血を。
ファフニールの血とは竜紋そのもの。
リンデの傷が完全に治った後も、その力はリンデの中に残り続けた。
更に言うなら、リンデにはラインの乙女の血も流れている。
遥か昔、ファフニールの力の一部を奪ったラインの乙女の血が。
「この力は、あなたを倒す為だけに生まれた力です…!」
青白い炎がファフニールの全身を包み込む。
あらゆる魔力が燃え尽き、ファフニールの力が失われていく。
黄金化による魔力吸収を封じられた。
既に心臓を失っているファフニールにとって、それは致命的だった。
『ア、アアアアアアア! まだ、だ! まだ、俺は…!』
崩れ始める肉体を抑えながら、ファフニールは手を伸ばす。
まだ手は残っている。
完全に肉体が崩壊する前に、リンデを喰らえば。
ラインの乙女さえ手に入れることが出来れば…
「『滅竜灼剣』」
その背後から声が聞こえた。
燃え尽きた黄金。
肉を貫く黄金の槍から解放された竜殺しの英雄が、剣を振るう。
「『魔竜剣・伍式』」
『――――ッ』
その一撃はリンデへ迫っていたファフニールの胴体を両断した。
『ガ…ア…!』
斬り落とされた下半身が溶け落ち、上半身だけとなったファフニールが呻く。
地に落ち、見上げた先にはリンデが居た。
『何故、だ…! 何故…!』
何故手に入らない。
いつもいつも、この手はお前に届かないのか。
『クリームヒルト…!』




