第百三十一話
空が黄金に染まる。
新たな形となったファフニールを中心に、世界が黄金に侵食されていく。
『出でよ、胎より生まれし剣…』
ファフニールは黄金に染まった天へ手を伸ばした。
大気に色を塗るように、その手に黄金の剣が出現する。
「ッ…!」
『クリュサオール』
それは三メートルを優に超える大剣だった。
巨人が振るうようなサイズの剣をファフニールは軽々と片手で振るう。
ジークフリートはそれを防ぐことを諦め、咄嗟に地を蹴った。
先程までジークフリートが居た空間を黄金の大剣が薙ぎ払う。
「!」
振るわれた大剣からサラサラとした何かが宙を舞う。
砂のように細かいそれは、砂金だった。
(大剣が削れて…?…いや、違う)
そうではない。
黄金の大剣に欠けた部分は無い。
あの砂金の正体は、
『出でよ、神より呪われし老王…』
思考させる隙を与えず、次の攻撃が放たれる。
大剣を回避したジークフリートの背後に黄金の彫像が出現した。
『ミダース』
黄金の王の拳が放たれる。
煮え滾る程に熱を持った黄金の拳。
(この攻撃を剣で受けるのはマズイ…!)
「くっ! 滅竜術『黒爆点』」
黒く燃える火球を放ち、ジークフリートは回避行動を取る。
火球は黄金の拳に触れた途端に爆発し、僅かにその動きを鈍らせた。
ジークフリートがその場から飛び退いた後、遅れて黄金の拳が大地を穿つ。
瞬間、大地が溶解した黄金へと変化した。
(やはり、か…!)
黄金の王に触れた地面が黄金に変わった。
先程の砂金も黄金の剣に触れた物が変化したのだ。
「『万物の黄金化』…それがお前の能力か」
『クハハ! 黄金になって死ねるなど、欲深い人間には過ぎた贅沢だろう?』
ファフニールに直接触れるのは当然のこと、生み出した武器に触れるだけでも危険だ。
剣に掠っただけでも全身を侵食され、溶けた黄金となって朽ち果てるだろう。
(…どうする。魔剣で斬るのはマズイ。滅竜術で生み出した炎なら効果があるか…?)
ファフニールの能力、呪いの効果を見極めながらジークフリートは思考する。
魔剣による斬撃では触れた途端に無力化されてしまうが、形の無い炎なら有効だろうか。
だが、ファフニールの鱗を破り、心臓を破壊する程の滅竜術となると…
『黄金よ…!』
ファフニールは大地へ手を翳した。
黄金の王の拳を受け、溶けた黄金に変化した大地がボコボコと波打つ。
(まさか…!)
それを見て、ジークフリートは驚愕する。
ファフニールの能力は、ただ触れた物を黄金に変える能力ではない。
黄金とはファフニールの血肉そのもの。
故に黄金化した物体は全て、ファフニールの手足のように操れるのだ。
万物の黄金化とは、ファフニールの支配領域を広げることに他ならない。
『マルデルの涙』
波打つ黄金から無数の刃が射出される。
それは雨の如く、ジークフリートを呑み込もうと迫った。
「『屠竜万棘』」
しかし、黄金の雨は地上から放たれた赤い棘の嵐によって迎撃される。
フライハイトに技量では全てを防ぐことは出来ないが、それで十分。
「よし、半分は防いだ! ハーゼ!」
「わ、分かってますから怒鳴らないで下さい…!」
その声に応えながら、ハーゼは両手を前に翳す。
「滅竜術『雪膜』」
再び展開される氷雪の護り。
本来はブレスを防ぐ為の防壁だが、先程の半分程度なら防ぎ切ることも可能だ。
『また小賢しい防壁か…!』
「更に…『冬封箱』」
防壁を展開しつつ、ハーゼは次の術を放つ。
それは氷の棺。
捕らえた者を凍結させる白い牢獄。
狙うのはファフニールでは無く、彼が従える黄金の王。
「黄金像が…」
「ハァ!」
完全に凍結した黄金の王へフライハイトは魔剣を振るう。
魔剣の一撃を受けた黄金の王は、氷の棺と共に音を立てて砕け散った。
(剣が黄金化しない…! そうか、直接触れなければ呪いを防ぐことが出来る…!)
黄金像が氷に包まれていたからこそ、フライハイトの魔剣まで呪いが及ばなかった。
「一人で戦うなよ、ジークフリート!」
「…ああ!」
ジークフリートはフライハイトの横に並び、走り出す。
「竜紋『エーデルシュタイン』」
歌うような声と共に二人の握る魔剣に光が宿った。
「…魔剣を強化した。しばらくは黄金化を防げる筈」
「助かる…!」
ジークフリートは答えながら、ファフニールを睨む。
これで刃は手に入れた。
後はそれを奴にぶつけるだけだ。
『ヴィーヴル…! どこまでもこの俺に逆らおうと言うのだな…!』
怨嗟の声を上げるファフニールに刻まれた竜紋が鈍く光る。
「…あッ…ぐ…!」
その瞬間、ヴィーヴルは自身の胸を抑えてその場に倒れ込んだ。
『愚か者が! 貴様ら六天竜は全て俺の駒同然! 逆らうのなら、殺すまでよ!』
竜紋とはファフニールの竜血そのもの。
その気になればいつだって内側から命を絶つことが出来る。
「やめろ!『屠竜飛刃』」
『チッ…!』
フライハイトから放たれた赤い斬撃を防ぎ、ファフニールの呪いが中断された。
舌打ちをしながら、ファフニールは自身に迫る二人を見る。
ヴィーヴルの命は常にファフニールが握っている。
ならば優先すべき敵は、この二人だ。
『クリュサオール!』
二人を迎撃するべく、ファフニールは己の剣を振るう。
横薙ぎに振るわれるのは巨人の一撃。
二人の人間を肉塊に変えて余りある質量の暴力。
「滅竜術『白斑煙』」
『何…!』
迫る黄金の刃を前にジークフリートは術を放つ。
それは攻撃では無い。
二人を包み込み、その姿を隠す煙幕。
刃が白い煙の中を通過するが、手応えは無い。
『………』
自身に近付く音が二つ。
右方と左方の、ほぼ同時。
このタイミングでは纏めて防ぐことは出来ない。
(より危険なのは、ジークフリートの魔剣…)
警戒するべきはジークフリートだ。
バルムンク。
あの魔剣の一撃を受けることは避けたい。
それに比べれば、フライハイトの一撃は軽い。
仮にヴィーヴルの強化を得ていようと、ファフニールの鱗を破るには至らない。
『ッ!』
ファフニールの鋭い眼がジークフリートの姿を捉える。
左方だ。
左から迫る者がジークフリート。
『魔竜剣・伍式!』
「なっ…!」
ファフニールの言葉に驚き、ジークフリートの動きが一瞬止まる。
それが致命的な隙だった。
ジークフリートの肉体を乗っ取っていた時に覚えた技。
奴自身の技で、ファフニールはジークフリートの命を刈り取る。
「く、そ…」
ファフニールの一撃はジークフリートには届かなかったが、盾にしたその魔剣を破壊する。
魔剣バルムンクを破壊した。
武器を失ったジークフリートに戦う術はない。
残る人間も雑魚ばかり。
これで…
「…勝った、と思ったか?」
ニヤリ、とジークフリートの顔が悪童のような笑みを浮かべた。
雪が溶けるように、段々とその顔が変化していく。
「『雪化粧』…って言うらしいぜ?」
術が解け、現れたのはフライハイトの顔だった。
偽者。
ファフニールが武器を破壊したのは、術によって化けたフライハイトの方。
ならば、ジークフリートは…
「『魔竜剣』」
その答えは、右方から聞こえた。
完全に隙が出来たファフニールへ魔剣バルムンクが振るわれる。
「『参式』」
狙うのは急所。
ジークフリートの全ての力を込めた一突きは、ファフニールの心臓を貫いた。




