第百二十九話
『ガ、アアアアアアア!』
ファフニールは大地を震わす咆哮を上げた。
全ての生命を呪い、憎悪する声。
その激情に呼応するように、ファフニールの肉体が不気味に波打つ。
「来るぞ!」
声を張り上げ、ジークフリートは魔剣を構えた。
『ブレス』
ファフニールの口から黄金の光が放たれる。
今までに何度もレギンとして使用した技。
しかし、その威力はレギンの比ではない。
全てを破壊し、全てを殺す、滅びの閃光。
「『魔竜剣・捌式』」
それに対し、ジークフリートは低い構えから魔剣を振るった。
天へ向かって振るわれる斬り上げ。
燃え盛る炎が火柱となり、ファフニールのブレスと相殺する。
『チッ!』
「滅竜術…」
ジークフリートは魔剣に手を翳す。
燃え続ける炎が段々と強くなり、刃が形を変える。
「『紅炎無刃』」
竜骨の刀身は瞬く間に焼け落ち、残ったのは炎の刀身。
柄から直接伸びる刃は、揺らめく炎のように不規則な軌道を描く。
「『魔竜剣・肆式』」
新たな姿となった魔剣を両手に構え、ジークフリートは勢いよく跳躍する。
頭上より振り下ろされる斬撃は、炎の刃によって大きく広がっていく。
『グ…!』
刃を躱し損ねたファフニールの翼に炎が触れる。
「『魔竜剣・陸式』」
怯んだ隙を見逃さず、ジークフリートは連続突きを放つ。
幾つもの刺突がファフニールの鱗を貫き、その身を焼く。
「その炎は時と共に燃え広がる性質を持つ。掠めただけでも全身を焼き尽くす地獄の炎だ」
段々と炎は広がり、ファフニールの肉体を焼き焦がす。
黄金の鱗が熱で溶け、地に落ちていく。
『ク、ハハハ…!』
ファフニールの口元に笑みが浮かび、その身体が大きく波打った。
『マルデルの涙』
瞬間、ファフニールの肉体が弾けた。
ドロドロと溶けていた黄金が無数の刃となり、全方位に放たれる。
空から降り注ぐそれは、黄金の雨のように地上を埋め尽くす。
「『魔竜剣・陸式』」
ジークフリートは再び連続突きを放つが、全てを防ぐことは出来ない。
受け損なった刃はジークフリートの血肉を深く抉った。
『調子に乗るな、雑魚が! 人間の分際で驕りが過ぎるぞ!』
黄金の雨はまだ止まらない。
足の止まったジークフリートへと、無数の刃は襲い掛かる。
『この俺から不死を奪った程度で勝利したつもりか! 貴様如きに俺が殺されるとでも?』
「…ッ!」
『我は黄金竜ファフニール! この世全ての竜の頂点に立つ存在よ!』
例え不死を失おうとも、ファフニールの強さは何も変わらない。
六天竜を支配し、かつて古代人を滅亡させた力は微塵も劣らない。
ファフニールの口内に黄金の光が収束する。
先程と同じく、全てを破壊するブレスが放たれる。
しかし、ジークフリートは自身に降り注ぐ刃を弾くだけで精一杯だ。
その攻撃を防ぐ余裕は無い。
『今度こそ、消えろ!』
「くっ…!」
同時に放たれた無数の刃とブレス。
両方を同時に防ぐことは出来ない。
ならば、優先すべきはブレス。
多少のダメージを覚悟して、魔竜剣でブレスを薙ぎ払う。
「滅竜術…!」
ジークフリートが構えを変えようとした時、聞き覚えのある女の声が聞こえた。
凍えるような冷たい風が吹き、白い膜のような物が周囲を包み込む。
「『雪膜』」
それは一切の熱を遮断する氷雪の護り。
物理的な衝撃は勿論、特にブレスに対して強い防御力を発揮する防壁。
「ハーゼ! どうしてここに…!」
「私だってこんな所に来たくなかったですよー!」
泣き言を言うようにハーゼは思わず叫んだ。
「でも、あんなドラゴンを放置したら王都も全部終わりでしょう! だったら、協力しますよ! 主に私の身の安全の為にね!」
「…はは。お前らしいな!」
「と言うかあなた誰なんですか! ジークフリート? 雰囲気が随分違いません!?」
そんな会話を続けながらも、雪膜は黄金のブレスを防ぎ続ける。
「…まあいいです。私の雪膜はブレス特化の極寒防壁。例え六天竜相手でも、完全に防いで…」
自慢げに語るハーゼの声を遮るように、防壁から軋む音が聞こえた。
見ると、ファフニールから放たれた無数の刃が防壁に亀裂を入れている。
「んなっ! 同時攻撃!? マズ…!」
ハーゼの顔が青褪める。
雪膜はブレス特化の防壁だ。
物理攻撃にも多少の耐久はあるが、それでも六天竜級の攻撃を防げる程ではない。
亀裂は段々と大きくなっていき、致命的な音を立てる。
「竜紋『エーデルシュタイン』」
その時、雪膜に広がっていた亀裂が止まった。
雪膜の強度が上昇する。
それはまるで宝石の如く、鉄壁の要塞となる。
「これなら…!」
ヴィーヴルは額に汗を浮かべ、竜紋を発動させていた。
人間と竜の共闘。
竜紋と滅竜術を合わせたその防壁は、遂に最強のブレスを防ぎ切った。
『…鬱陶しい塵共め!』
空に浮かぶファフニールは憤怒の表情で地上を睨む。
そう、塵だ。
人間も竜も、自分にとっては塵に過ぎない。
吹けば飛び、燃やせば灰となる取るに足らない存在に過ぎない。
それなのに、何故潰しても潰しても、次々と湧いてくるのか。
千年の時が経とうとも、滅ぼすことが出来ないのか。
「ファフニール…!」
『!』
自身の名を叫ぶ声を聞き、ファフニールは視線を向ける。
そこは竜血研究所。
そして、その前に設置され、自身に向けられている物は…
『それ、は…!』
巨大な大砲のようにも見える物体。
かつて二度もファフニールに痛手を負わせた忌々しい古代兵器。
「魔力剥離砲だ。懐かしいだろう、ファフニール?」
グンテルは遠くの空を睨みながらそう告げた。




