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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
最終章 黄金竜
127/135

第百二十七話


「………」


ジークフリートは自身を貫いた剣を、無言で見下ろした。


人間であれば致命傷。


ドラゴンであっても死を免れない傷。


心臓を貫かれ、口から血を零しながらレギンを見る。


「…は」


その口元が吊り上がる。


獣のような獰猛な笑みだった。


「ッ!」


悪寒を感じ、レギンはジークフリートから距離を取る。


同時に引き抜かれる黄金の剣。


ぽっかりと空いた傷口から零れる血が、止まる。


(何、だ…?)


唐突に脱力感を覚え、レギンの身体がふらつく。


片膝をついたレギンの前で、ジークフリートの傷が『再生』し始めた。


「………」


貫いた心臓だけではない。


斬り落とした筈の右腕まで、新たに生えてくる。


人間では有り得ない光景。


心臓を破壊されると言う死からの完全復活。


「ククク…クハハハハハハ!」


再生した右腕で魔剣を掴み、ジークフリートは嗤った。


「塵如きが! この俺を殺せると本気で思ったか!」


「お前は、一体…」


「滅竜術『黒爆点アオスブルフ』」


魔剣の先端から黒い太陽が放たれる。


「チッ!」


それを見て、レギンとフライハイトはその場から飛び退き、回避行動を取った。


数秒遅れて二人の存在した空間を黒い炎が消し飛ばす。


(どう言うことだ。何故ジークフリートの肉体が再生する? 奴はドラゴンだったのか?)


いや、そんな簡単な話では無いだろう。


仮にジークフリートが人化した竜だろうと、心臓を潰されれば死ぬ筈だ。


ジークフリートは心臓を貫かれた上で、肉体を再生した。


そんなことは六天竜であっても不可能の筈…


「おい、レギン! アイツは何で死なない! どうなっている!」


「今考えている所だ!」


炎の魔剣を躱しながら、レギン達は叫ぶ。


「…アイツもザッハークみたいに心臓が沢山あるとか言わねえよな?」


「それは…」


レギンの脳裏に三つ首の悪竜が過ぎる。


確かに、あのドラゴンも心臓を貫いても死ななかった。


ドラゴンの弱点は心臓。


心臓が無事である限り他の部位は何度でも再生できるが、心臓自体は再生できない。


肉体を再生するには魔力を送る心臓が必要だからだ。


「………」


だが、逆に言えば心臓が複数あれば、壊された心臓を別の心臓を使って再生することが出来る。


ザッハークは三つの心臓を用意することで、それを可能とした。


(なら、ジークフリートの心臓を再生させたのは、もう一つの心臓…!)


『二つ目の心臓』はザッハークのようにジークフリートの体内に隠されているのか。


それならばどこに…


(…違う(・・)


その発想に思い至り、レギンの背筋が凍り付く。


違う、そうではない。


レギンは既にその場所を知っていた。


ジークフリートが心臓を失った瞬間に感じた脱力感。


アレは、肉体から魔力を抜かれる感覚だった。


それは、つまり…


「気付いたようだな?」


愕然とするレギンの顔を見て、ジークフリートは嘲笑を浮かべる。


「その通り。俺の持つ第二の心臓とは、お前自身だ」


ジークフリートは、絶望の真実を告げた。


「ど、どう言う意味だ!」


言葉の意味が分からず、フライハイトは叫ぶ。


「レギン。お前は既に気付いているのだろう? 何故、俺が死なないのか。何故、お前が今まで死ななかったのか」


ジークフリートだけの話では無い。


レギンもまた、心臓を破壊されても死ななかった。


リンドブルムと戦った時、アルベリヒと戦った時、


二度も心臓を壊されていながら、その度にレギンは蘇った。


「俺達は『二人で一つ』なのだよ」


結合した存在であるが故に、片方が致命傷を負っても、もう片方が無事である限り死なない。


例え心臓を貫かれようと、もう一方が魔力を送って再生する。


「どうして、そんなことが…」


「そもそもの話、だ」


ジークフリートは壮絶な笑みを浮かべ、口を開く。


「たかが十六の餓鬼に、このファフニール(・・・・・・・・)が殺されたと本気で信じていたのか?」


そう、真実を告げた。


黄金の眼を見開き、牙を剥いたジークフリートの顔。


それは、ドラゴンによく似ていた。


「お前がファフニールだと…? ってことは、レギンは…!」


「本物の、ジークフリートだ」


それこそがレギンの探し求めていた真実。


レギンはファフニールでは無かった。


その残骸に宿ったジークフリートの自我。


記憶を失い、肉体を奪われた英雄こそが、レギンの正体だったのだ。


「滅竜術『日輪狂瀾ピュロマーネ』」


囁くような声と共にジークフリート、否…


ファフニールの周囲に無数の火球が展開される。


「さあ、どうするレギンよ? 俺を殺したいと言うのなら、まずは自分の心臓を抉らねばな! ククク、クハハハハハハ!」


「ぐっ…!」


ファフニールの言葉は正しかった。


例え目の前に立つ男の身体を欠片一つ残さず破壊したとしても、ファフニールは殺せない。


ファフニールの肉体が、心臓が、ここに残っている為に。


「燃え尽きろ!」


「ッ! フライハイト…!」


振るわれる魔剣の動きに合わせ、火球が放たれる。


砲弾のように降り注ぐ炎からフライハイトを庇うように、レギンは前に出た。


火球はレギンの身体に触れた瞬間に起爆し、その血肉を大きく抉った。


「…馬鹿が、何故俺を庇った!」


「俺が奴を殺せないように、奴も俺を殺すことは出来ない筈だ…」


骨まで炭化した腕を抑えながら、レギンは呟く。


二人で一つ、と言うのなら条件は同じだ。


レギンがどれだけ傷を負おうと、ジークフリートの肉体が生きている限り再生できる筈。


「せいぜい嫌がらせをして、時間を稼いでやる…!」


レギンとファフニールの戦いは決着が付かない。


同時に死ななければ死ねない以上、戦いは永遠に終わらない。


だが、時間稼ぎにはなる。


ファフニールの不死を破る方法を見つけるまで、いつまでも戦い続ける。


「…確かにその通りだ。俺はお前を殺せない」


火球を操りながら、ファフニールは言った。


「だが、それは肉体に限った話だ」


何、とレギンが呟くより先に、ファフニールは魔剣を振るった。


それを合図に、無数の火球が雨のようにレギンに降り注ぐ。


連続する爆発がレギンの血肉を削り取り、臓器を焼く。


「お前も覚えがある筈だ。死から復活する度に本能が強くなる感覚を。肉体は復元しても、精神の傷までは治らない」


「ぐ、が…」


砕かれ、潰され、焼かれ、再生する。


破壊と再生を繰り返すレギンの眼から理性が消える。


「が、ああああああああ!」


その皮膚が裂け、黄金の鱗に覆われる。


手足に鋼のような爪が生え、体が段々と膨張していく。


「理性も知性も失い、ジークフリートでもファフニールでも無い、ただの獣に成り果てるがいい! クハハハハハハハハ!」


「ッ…ぐ…」


(抑えろ…! 本能を、抑えろ…!)


膨張を続ける自身の肉体をレギンは強靭な精神で抑え込む。


このままでは心までドラゴンになってしまう。


身も心もファフニールへ成り果てる。


(…ファフニールに、成り果てる…?)


必死に本能を抑える中、レギンはふとある事が頭に浮かんだ。


策とも言えないような賭け。


いや、自爆行為にも等しい方法が頭を過ぎる。


(どのみち、いつまでも本能を抑えることは出来ない…! なら、一か八か…)


『アアアアアアアアア!』


黄金の竜が咆哮を上げる。


人型を保っていたレギンの肉体が崩壊し、完全なドラゴンへと変貌する。


「レギン! 駄目…!」


思わずリンデが叫ぶが、その声はレギンに届かない。


黄金の翼を広げ、鱗に赤い竜紋を浮かべたレギンは、もう誰にも目を向けていなかった。


「ははははは! 見ろ、人間共! これこそが我が呪い! 我が復讐! この俺から黄金を奪った報いを受けろ、人間共! クハハハハハハ!」


「テメエ…!」


激高したフライハイトが手にした剣を振るう。


だが、それはファフニールの魔剣の一振りで破壊される。


千年を超える竜の魔力と、最強のドラゴンスレイヤーである肉体。


その二つを手に入れたファフニールに、人間は勝てない。


「塵が、消えろ」


フライハイトへ顔を向けたファフニールの口内に光が収束する。


全てを破壊する黄金の光。


あらゆるドラゴンを超越した魔力によって放たれる、黄金のブレス。


「ちく、しょう…!」


その光、その威力は、フライハイトを滅ぼすだけでは収まらない。


王都の半分を消し飛ばし、そこに住む全ての生命を殺す一撃。


「『ブレス』」


滅亡の光が放たれる。


その時だった。


「――――?」


ドクン、と心臓が強く脈打った。


ファフニールの心臓、否。


乗り移った肉体、ジークフリートの心臓が激しく鼓動する。


「何、だ…?」


思わずファフニールは疑問を口にする。


瞬間、その肉体に真っ赤な紋様が浮かび上がった。


額から足先まで、全身を埋め尽くすそれは竜紋ファフナー


ファフニールの竜紋だ。


「馬鹿な…コレは…!」


全身に浮かぶ竜紋を見て、ファフニールは空を見上げた。


「…過去はどうあれ」


黄金の翼を使って空を飛ぶ黄金の竜は、告げる。


「今は、俺が『ファフニール』だ」


ファフニールと同じく、全身に竜紋を浮かべたレギンは地上を見た。


「ッ!」


「ならば、俺がお前と同じことが出来ないなんて道理は無いだろう?」


理性を奪われ、知性を削られ、レギンの精神は侵食されていった。


しかし、同時に得るものもあった。


それは肉体の記憶。


精神が竜に染まることで得られたファフニールの記憶。


かつて、ファフニールがジークフリートと戦った時の記憶。


そして、二人の精神を入れ替える方法。


「その肉体、返してもらうぞ!」


「き、さま…!」


「『赤き黄金よ。災厄を齎せ』」


全身に刻まれた竜紋が光を放つ。


その赤い光はファフニール、レギンの全身を包み込み、姿を掻き消す。


「―――――」


光が収まり、魔剣を握った男は自身の手を見つめた。


「レギン、なんですか…?」


恐る恐るリンデは尋ねる。


レギンの作戦は成功したのか、と。


「…いや」


男は小さく首を振った。


「俺は、ジークフリートだ」


真の姿を取り戻した英雄は、そう答えた。

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