第百二十四話
「む」
ドラゴンスレイヤー本部前にて、グンテルは思わず呟いた。
「あ…」
小さく声を上げたのは、驚いた顔で口を開けているリンデ。
丁度、本部から出ようとしていたグンテルとは逆に、中へ入る所だったようだ。
「一人か?」
「は、はい。レギンは途中に寄る所があると言っていたので…」
「そうか」
短く答えると、グンテルは足を止めた。
何やら考え込むように口元に手を当て、視線をリンデの顔に向ける。
「少し、話でもしないか?」
「え?」
突然の提案にリンデは目を瞬く。
キョトンとした顔を浮かべて、グンテルを見つめた。
「あ、はい! 私も、話がしたいと思ってました!」
言葉の意味を理解するとリンデは嬉しそうに笑みを浮かべる。
リンデの方も、もっと色々なことを話したいと思っていたのだ。
「…そうか」
再び短く答え、グンテルは歩き出す。
その横顔は少しだけ嬉しそうに見えた。
「………」
同じ頃、ジークフリートは一人空を眺めていた。
場所は本部から離れた王都の外れ。
殆ど人も住んでいない寂れた場所だが、ジークフリートはここを気に入っていた。
この場所は音が少ない。
ジークフリートは昔から静寂を好んでいた。
「…何の用かな?」
瞼を閉じたまま、ジークフリートは呟く。
「お前は背中に目でも付いているのか?」
気配を消して背後から近付いていたレギンは、少し驚いたように言った。
「ドラゴンの気配くらい目を閉じていても分かるさ。俺はこれでもドラゴンスレイヤーだからね」
「そうだったな…」
息を吐きながら、レギンはジークフリートに目を向ける。
「ドラゴンスレイヤー様はこんな所で一人日向ぼっこか?」
「それも悪くないと思っていた所だよ」
ジークフリートは瞼を開けながら言った。
「一人の方が楽で良い。ここは人が多過ぎる」
「へえ。人混みが苦手なんて意外な弱点だな」
リンデへの態度で勘違いしそうになるが、ジークフリートは割とドライな性格をしている。
名声や地位に執着することは無く、情に流されることも無い。
愛想が無い訳ではないが、博愛主義と言う訳でも無い。
案外、尊敬と羨望を集める最強のドラゴンスレイヤーと言う地位に辟易しているのかもしれない。
「…こちらの質問に答えていないようだけど?」
スッとジークフリートは目を細めた。
何の理由があって、わざわざこんな所までレギンは現れたのか。
リンデを連れていないことも気になる。
「ああ、そんな顔するなよ。用って言っても大したことじゃねえんだ」
ひらひらと手を振りながら、レギンは言った。
「十三年前。本当は何があったのか、お前の口から聞きたくてな」
「―――」
レギンの言葉に、ジークフリートは口を閉じる。
十三年前。
当然、ファフニールのことだろう。
クリームヒルトを誘拐したファフニール。
それを助けに向かったジークフリート。
誰も知らない一人の人間と、一体のドラゴンの戦い。
そこで一体何があったのか。
「ファフニールをその魔剣で斬り殺した、なんて言わねえよな? それだけは有り得ない」
最早、考えるまでも無いことだ。
認めたくないことだが、様々な事実が証明している。
レギンこそがかつてのファフニール。
ジークフリートが殺した筈の邪竜だ。
「お前がファフニールを殺したと言うなら、俺は何故生きている? 何故俺にはその時の記憶が無い?」
クリームヒルトは十三年前に死んでいる。
ファフニールだったレギンは記憶を失っている。
だとすれば、その時の真実を知る者はもうジークフリートしかいない。
「………」
ジークフリートは答えず、レギンの眼を見た。
そして答えを聞くまで諦めないと悟ったのか、大きくため息をつく。
「…俺も、殺したと思ったんだけどねぇ」
だらり、と脱力してジークフリートは言った。
「動かなくなったファフニールの身体に魔剣を突き立てて、肉片も残さない程に破壊し尽くした」
「………」
「それなのに、十三年経ってみればピンピンしているんだから。正直、こっちが驚いたよ」
ジークフリートはじろり、とレギンを睨む。
「そりゃあ、記憶も無くなるよ。一度完全に死んでいるんだから」
「…つまり、お前は嘘をついた訳では無く、本当にファフニールを討伐したってことか?」
当時ジークフリートはファフニールを殺し、死体すら跡形も無く消し飛ばした。
しかし、ジークフリートの知らない所でファフニールは肉体を再生。
記憶の欠落はあったが、十三年の時をかけて復活した。
それがレギンの正体だと。
「あとは何だか性格が変わっているみたいだから、様子見ついでに味方に引き込めないかなってさ」
「………」
「俺が知っているのはそれくらいだよ」
レギンが復活した理由までは分からない、と。
今までその事実を隠していたのは、レギンに自覚させない為だろう。
自分がかつてファフニールであったことを思い出せば、レギンがどうなるか分からなかったからだ。
完全に破壊しても死なないドラゴン。
迂闊に手を出す訳にもいかなかったのだろう。
「…なるほどな」
「あまり面白い話では無かったろうけど、納得して貰えて何よりだ」
そう言うと、ジークフリートはレギンに背を向けた。
「さて、そろそろ俺は行くよ。仕事が溜まっているのでね」
「ああ、悪い。最後にもう一つ良いか?」
「?」
歩き出そうとしていたジークフリートは思わず足を止める。
ゆっくりと振り返るジークフリートに、レギンは真剣な表情で口を開く。
「…何故、リンデを誘拐したんだ?」
「―――」
ジークフリートの顔から、表情が消えた。




