第百二十三話
「…全く、あなたも無茶をしますね」
アルベリヒの一件から三日が過ぎた頃、ハーゼは病室を訪れていた。
以前と同じ病室。
ベッドに寝ているのは、苦笑を浮かべたエーファだ。
「ようやくザッハークの時に負わされた傷が癒えそうだったのに、今回無理をしたせいでまた入院期間が伸びますよ」
「あはは…」
呆れ果てたハーゼからエーファは目を逸らして笑う。
そもそもエーファはまだ本調子では無かったと言うのに、リンデ誘拐の場に居合わせて負傷。
更にはその後も王都を護る為にドラゴンの大群と戦い続けた。
無理が祟り、ドラゴンの消滅を見届けた後は糸が切れたように気絶したのだ。
命に別状は無かったが、ハーゼの言うように退院がだいぶ遠退いてしまった。
「約束を忘れた訳では無いでしょう? あなたに無理して死なれると私も困るんです」
「そ、それは分かっているけど…」
エーファは不満そうな顔でハーゼを見た。
「それでもリンデの為、人々の為、私は寝ていることなんて出来なかったわ」
「寝ていればいいんですよ。怪我人なんだから」
エーファの反論をハーゼは冷静に返す。
「そもそも、王都には他にもドラゴンスレイヤーは居るのだから、戦う必要のない者まで戦うなんてナンセンスですよ」
理解できないものを見るような目を向けながら、ハーゼは言う。
「私なら絶対に…」
「あー!?」
その時、ハーゼの言葉を遮るように声が響いた。
鬱陶しそうに振り返ったハーゼは、自身を指差す少女の顔を見て固まる。
「私を竜から助けてくれたお姉さんだ!」
少女は満面の笑みを浮かべ、ハーゼの下へ駆け寄った。
「…人違いです」
「あの時は危ない所をありがとうございました! お陰で助かりました!」
「ひ、人違いだと言っているでしょう」
礼を告げる少女だが、ハーゼは頑なに認めようとしない。
少女と目を合わせないように顔を背ける。
「!?」
顔を背けると、嬉しそうに笑うエーファと目が合ってしまった。
「戦う必要のない者まで戦うなんてナンセンス…だっけ?」
「な、何ですかその顔は!? やめて下さい! 訳知り顔で頷くのをやめなさいー!?」
ハーゼは顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。
「これからだったんだ! これから! 始まる所だったんだぜ!」
本部の訓練場にて、フライハイトは魔剣で素振りしながら叫ぶ。
「この俺が颯爽と全てのドラゴンを退治し、ジークフリートすら超える人気を得る筈だったんだ!」
叫ぶ度に感情が昂ってきたのか、素振りの速度が上がっていく。
「なのに。なのに! 何で俺が倒す前にドラゴンが全部消滅するんだよ! 王都に被害が出なかったのは良かったが! それはそれとして! 俺の活躍の場はどこへ消えた!」
感情のままに魔剣を投げ捨て、フライハイトは頭を抱えた。
一言で言えば、愚痴だった。
ドラゴンの大群に襲われる王都。
そこへ颯爽と駆け付けたフライハイト。
絶好の機会だった。
フライハイトのテンションはかつてないほど上がった。
だが、満足に活躍することも出来ずに戦いは終了。
おまけに後から聞いてみれば、騒乱を収めたのはレギンとジークフリートだと言う。
これでは差が広まる一方だ。
「ぐぬぬぬ…!」
「………」
子供のように喚くフライハイトの肩に、ヴィーヴルは無言で手を置いた。
宥めているつもりなのか、ポンポンと何度も叩いている。
「…はぁ。まあ、実りが無かった訳でもねえけどよ」
ちらりとヴィーヴルの顔を見つめ、フライハイトは言った。
フライハイトがヴィーヴルと共に戦った姿は、多くの人々の眼に触れた。
既にグンテルがヴィーヴルを認めていたこともあり、本来は敵であるヴィーヴルは拍子抜けする程にあっさりと王都の人々に受け入れられた。
こうして本部の訓練場に入り浸っていても何も言われないことが何よりの証拠だ。
「?」
「何でもねえよ…腹減ったな。飯食いに行こうぜ」
「宝石?」
「まずは俺が腹を満たしてからな」
「…分かった」
ヴィーヴルは渋々頷き、フライハイトの後を追った。
フライハイト達は訓練場を去った後、器具の陰から三人の男が顔を出す。
「行った、みたいだな」
ボーゲン、アクスト、ドルヒの三人だった。
フライハイトの弟子である騎士達だ。
「久しぶりに戻ったと思ったら、まさかドラゴンを連れているとはな」
「しかも六天竜だぜ?」
三人の話題は当然、自分達の師であるフライハイト。
顔を寄せ合い、周囲に注意を向けながらひそひそと話し合う。
「あの人は一体どうしちまったんだ? ドラゴンなんて踏み台程度にしか思っていなかっただろうに」
「弱みを握られたり、脅されたりしているようには見えなかったな…」
首を捻るアクストとドルヒ。
あの竜がグンテルに認められたことは知っているが、フライハイトが傍に置く理由が分からなかった。
「…俺は」
一人黙っていたボーゲンが口を開く。
「人とか竜とか言う以前に、あの人が女を侍らしていることは信じられないッス」
「「た、確かに…!?」」
ショックを受けたようにアクストとドルヒは言う。
「…と言うことは、まさかアレか?」
「種族を超えた愛? 障害がある程に燃え上がる系?」
「ならば俺達がするべきことは、決まっているッス」
グッと拳を握り、勘違いした三人は気合を入れる。
弟子として、師の幸せは祝福しなければならない。
「そうと決まれば、善は急げッスよ!」
「「おー!」」
そうして、三馬鹿トリオはフライハイトの下に突撃し、仲良くボコられるのだった。




