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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
六章 ラインの乙女
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第百二十話


その日のことは、今でも夢に見ることがある。


『はぁ…! はぁ…!』


ジークフリートが帰還した。


誘拐されたクリームヒルトを助ける為、ファフニールの下へ向かったジークフリートが生還したのだ。


城へ戻ったジークフリートは、ファフニールをこの手で倒したと皆に告げた。


しかし、クリームヒルトは…


あの子は…


『クリームヒルト…!』


グンテルは荒々しく扉を開け、部屋へ飛び込む。


そこには二人の人間が居た。


一人は佇むジークフリート。


もう一人は、ベッドで瞼を閉じたまま動かないクリームヒルト。


『あ…ああ…!』


凱旋したジークフリートはクリームヒルトを連れていた。


だが、戦いの中で竜血を浴びたクリームヒルトは昏睡していた。


すぐに治療を受け、魔力操作に長けたジークフリートもそれに協力していた筈だった。


『ッ…!』


グンテルは悲痛に顔を歪め、ジークフリートに掴みかかった。


『護ると、言っただろう…! お前が…お前が、あの子を…!』


そう信じたからこそ、グンテルは彼に妹を任せた。


どんな敵からもクリームヒルトを護ってくれると信じたから。


『なのに、どうして…!』


『………………』


ジークフリートは何も答えなかった。


しかし、その眼から一筋の涙が零れる。


それを見て、グンテルは胸倉から手を離す。


悲しんでいるのは、自分だけでは無かった。


むしろ、ファフニールに勝利しながらも目の前でクリームヒルトを失ったジークフリートの方が悲しみは大きいだろう。


『ッ…』


自分は、自分は何をしていた?


ファフニールが王都に襲来し、クリームヒルトを誘拐した時に何をしていた?


ただ邪竜の恐怖に震えていただけじゃないか。


『………』


何故、剣を手にしなかった?


例え無惨に殺されるとしても、たった一人の妹を救おうとしなかった?


責められるべきなのは、誰よりも罪深いのは、


ジークフリートでは無く、自分だ。


『………』


クリームヒルトが死に、数年の時が経った頃。


グンテルは父の狂気を知ってしまった。


自身と同じく、クリームヒルトの死を悲しんでいた父。


邪竜襲来の際ファフニールに負わされた傷が原因で病に伏せていたアルベリヒは、知らぬ間に悪魔の所業に手を出していた。


旧竜血研究所の地下。


そこで見たのは、ゴミのように積まれたクリームヒルトのクローン。


『………』


あまりの悍ましさに立ち去ろうとしたグンテルの足を、何かが掴む。


それは、小さな手だった。


人形同然のクローンの山に埋もれた少女が、グンテルの足を掴んでいた。


『…あ…あ…』


言葉は無い。喋る知能が無い。


しかし、懸命に口を動かし、その眼でグンテルの顔を見ていた。


必死に訴えていたのだ。


生きたい、と。


『く…あ…ッ』


涙が零れた。


グンテルはその小さな体を抱き締める。


コレは、自分の罪だ。


妹を救えなかったこと、狂気に堕ちた父を止められなかったこと。


全て自分の責任だ。


『………』


この子だけは、救って見せる。


例えどんな犠牲を払おうとも。


この腕に抱く、小さな命だけは…








「………」


白銀の刃が突き立てられた胸を、アルベリヒは無言で見下ろした。


赤く光る眼が、ゆっくりと銀の剣を握ったグンテルの顔を見る。


「愚かなり」


短く呟き、アルベリヒは腕を振るう。


パキン、と軽い音を立てて銀の剣は砕け散った。


「お前如きに、この余が殺せると思ったか」


「…ッ」


半ばで折れた剣を手に、グンテルは顔を歪める。


銀の刃は、届かなかった。


再生する肉に阻まれ、アルベリヒの心臓を貫くことは無かったのだ。


「愚かなる我が息子よ。お前には何もない」


アルベリヒは氷のように冷たい目をグンテルに向けた。


「ジークフリートのような剣技も無く、ジークムントのように命を懸ける度胸もない」


アルベリヒはグンテルの人生を嘲る。


どれだけ努力してもジークフリートに追い付けない凡才を。


ファフニールに立ち向かうことの出来ない臆病さを。


「お前は英雄にはなれない」


グンテルの劣等感。


心に抱えていたコンプレックスを嘲笑う。


「………は」


己の努力、人生すらも否定されたグンテルは僅かに笑みを浮かべた。


「英雄にはなれない、だと?」


グンテルは自虐するような笑みを浮かべ、アルベリヒを睨む。


「そんなことは自分が一番理解している…!」


折れた剣を強く握り締め、グンテルは叫んだ。


「ああ、認めよう! 私は、ドラゴンスレイヤーにはなれない! どれだけ憧れようと! どれだけ努力しようと! 私はドラゴンに勝てない!」


グンテルは折れた剣をアルベリヒへ突き付ける。


「それでいい。私は英雄では無く、王も分不相応かもしれないが…」


「………」


「それでも、妹だけは護ってみせる…!」


英雄としてでは無く、王としてでは無く、


ただ一人の『兄』として妹を。


今度こそ守り抜いてみせる。


「…ッ…何、だ…?」


アルベリヒは胸を抑え、苦し気に呻いた。


グンテルに負わされた傷は既に再生した。


銀の刃は心臓までは届いていない筈だ。


それなのに、この痛みは何だ。


全身を焼き尽くすような激痛は。


「…私が今まで、何の為に研究を続けていたと思っている」


元々はラインの乙女を調べる為に始めた竜血研究。


クリームヒルトの死後もそれを続けていたのは、全てこの瞬間の為。


「貴様を殺す『毒』を、作る為だよ!」


グンテルの握る刃の表面には、薄っすらと銀色の液体が塗られていた。


それは、魔力剥離砲を参考に作り上げた毒だ。


対象の体内に入り込むと魔力の結合を分離させ、全身の魔力を暴走させる。


効果は魔力剥離砲の百分の一にも満たないが、竜になりかけた元人間程度ならそれで十分。


その名を『銀の弾丸(ズィルバー・クーゲル)


魔を滅ぼすと言われる白銀の毒だ。


「ぎ、ああああああああああ!」


ボコボコとアルベリヒの全身が波打つ。


血肉が弾け、再生し、また弾ける。


再生と破壊を延々と繰り返し、アルベリヒの肉体が腐り落ちる。


「…か、あ…」


遂には人の形すら失い、アルベリヒの肉体は完全に崩壊した。








「…全く、何がどうなっているのやら」


同じ頃、地上ではハーゼが空を睨みつけていた。


空を飛び交うドラゴンの大群と、それと戦うドラゴンスレイヤー達。


戦いに巻き込まれないように身を隠しながら、ハーゼはドラゴンを観察する。


(…何か変なドラゴンですね。見た目はどう見ても成体なのに、年季が感じられないと言うか)


妙にちぐはぐな印象を受ける。


まるで、生まれたてのワームを無理やりドラゴンに成長させたような感じだ。


魔力量こそ多いが、戦い方は赤子同然。


理性の無い獣の方がまだ考えて動く。


「あの程度の相手なら、他のドラゴンスレイヤーだけで十分ですね」


どのみち戦う気は無いのだが、ハーゼは一人安堵する。


あんな紛い物のドラゴン程度、百体集まろうと王都を滅ぼすことは出来ないだろう。


ハーゼは息を吐き、ドラゴン達に背を向ける。


『グルァァァァァ!』


「ッ…」


妙な感覚を覚え、ハーゼは再び空を見上げた。


ドラゴン達が咆哮を上げている。


吠えるドラゴンの身体がボコボコと蠢き、集まっていく。


「何…?」


周囲に散っていた十体程のドラゴンが融合し、一つの大きなドラゴンへと変貌した。


(他を喰らったのではなく、自分から融け合った?)


まともな生き物では無いと思っていたが、想像以上だ。


このドラゴンは個々の意思すらないようだ。


(よく分かりませんが、あのドラゴンは中々厄介そうですね。見つからない内に避難しますか…)


ハーゼがその場から立ち去ろうとする時、視界の端に何かが見えた。


「あ…あ…」


(アレは…)


そこに居たのは、少女だった。


怪物を前に泣くことすら忘れ、呆然と空を見上げている。


(逃げ遅れた、のですね。運の悪いことです)


少しだけ不憫に思うが、助けてやる義理は無い。


ハーゼは冷めた目で少女を見つめた。


『グルルルル…』


ドラゴンは少女に気付き、口を開ける。


その喉の奥に、燃え盛る炎が見えた。


人間の肉を喰らうことも考えず、ブレスを放つつもりだ。


人も街も、何もかも炎で焼き尽くそうとしている。


(…炎)


メラメラと燃える炎を見て、ハーゼの古傷が疼く。


かつてその身を焼かれた痛みが、恐怖が、蘇る。


「た、助け、て…」


少女の口から掠れるような声が零れた。


「誰か、誰か、助け、て…」


涙ながらに助けを求める少女。


その姿が、かつての自分と重なった。


ワイバーンのブレスに焼かれた時の自分と。


あの時の自分も必死に助けを求めた。


そして助けは、来なかった。


『グルァァァァァ!』


ブレスが放たれる。


少女一人の命を容易く奪い取る炎が降り注ぐ。


「滅竜術『雪膜アイスベルク』」


しかし、それは白い膜によって阻まれ、少女には届かなかった。


恐る恐る閉じていた瞼を開けた少女の目に映ったのは、華奢なハーゼの背中。


「ああ、もう! 何だって私がこんなことを!」


自身の行為に心底嫌そうな顔をしながら、ハーゼは吐き捨てる。


思わず、身体が動いてしまった。


こんな見知らぬ少女など、どうでもいいのに。


つい自身と重ねて見てしまった。


「あ、あの…ありが…」


「うるさい! 礼を言っている暇があったら、さっさと逃げなさい! 死にたいのですか!」


「は、はい…!」


ハーゼの怒気に怯え、少女は慌ててその場から去っていった。


その背を見送った後、ハーゼは空に浮かぶドラゴンを見上げる。


「滅竜術『銀世界シュネートライベン』」


言葉と共にハーゼの足下から無数の氷柱が形成された。


吐息すら凍結するような冷気を纏い、ハーゼはドラゴンを睨む。


「このトカゲ如きが。私に最悪の記憶を思い出させた報いは、受けてもらいますよ!」








「チッ、巨大化したか」


ハーゼがドラゴンと交戦を始めた頃、別の場所ではファウストが戦っていた。


他のドラゴン達と共鳴しているのか、ハーゼの所と同様に融合したドラゴンを前に、舌打ちをする。


倒せない相手ではないと思うが、あの巨体は骨が折れそうだ。


王都を護る為に戦っている以上、周囲の被害も考慮する必要もある。


(だが、他のドラゴンスレイヤーも手一杯だろう。俺だけで戦うしかない)


出来るだけ周囲に被害を出さず、


出来るだけ迅速に倒すしかない。


ファウストは拳を握り締め、ドラゴンへ向かい合う。


「…な」


瞬間、ファウストの目の前でドラゴンの身体が炎上した。


紅蓮の炎に包まれたドラゴンは瞬く間に黒く染まり、崩れ落ちる。


炭化した骸の向こう側に、剣を握った男の影が見えた。


(…今のは、まさか)

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