第百十九話
「はぁ…はぁ…!」
レギンは荒い息を吐きながら自身の右腕を見つめる。
咄嗟にブレスを放ち、相殺を試みたレギンの右腕は跡形も無く消滅していた。
相殺しきれなかった炎がレギンを焼き、体のあちこちに酷い火傷の跡があった。
(傷は深い、が…)
想像していた程では無い。
ティアマト以上の威力、レギンを存在ごと消し飛ばす攻撃を覚悟していたが…
(魔力の効率が悪いのか? 元が、人間だから)
ドラゴンが滅竜術を使えないように。
人間であるアルベリヒには、ブレスを上手く使うことが出来ないのだろう。
魔力効率は非常に悪く、六天竜以上の魔力を保有しながら、その威力はレギンを少々上回る程度だ。
「『ブレス』」
そして、そんなことはアルベリヒ自身も理解していたのだろう。
傷の再生に集中するレギンに対し、追撃を放つ。
先程と同威力のブレス。
今度は相殺する余裕も無く、レギンはその場から飛び退いて回避する。
「逃がさん」
「チッ…!」
回避した先へ竜の首を向け、アルベリヒは更にブレスを放つ。
即死する威力では無いとは言え、連続して受ければレギンでも危険だ。
右腕の再生に集中することも出来ず、レギンは急いで回避行動を取る。
(くそっ、どうする…!)
アルベリヒの魔力は無尽蔵。
防戦一方のままでは、先に倒れるのはレギンだ。
多少のリスクを負ってでも、攻撃を仕掛けるべきか。
「いや、そのままでいい…!」
攻撃を回避しながら思考するレギンに、グンテルは叫んだ。
「そのまま躱し続け、奴の魔力を消耗させるんだ!」
「消耗だと? 奴は無尽の魔力を持っているんだろう?」
「違う。奴が喰らったのは、ラインの乙女では無い」
グンテルは地に転がるクローンを見ながら言った。
「ラインの乙女を引き継いだのはリンデだけ。言うなら奴は、ラインの乙女になれなかった者達を喰らって取り込んだだけだ!」
ラインの乙女を正しく引き継げなかった者。
それは確かに無限とも思える魔力を身に宿していたのだろうが、決して無尽では無い。
使い続ければいつかは尽きるエネルギーだ。
「肉体再生もブレスも、大きく魔力を消耗する筈だ。消耗させ続ければ、やがて再生すら出来なくなる」
「なるほど、な!」
グンテルに答えながら、レギンは左腕をアルベリヒへ向けた。
アルベリヒが次の攻撃を撃つよりも先に、ブレスを放つ。
「………」
正面から黄金のブレスを受け、アルベリヒの頭部が消し飛ぶ。
瞬時に再生が始まるが、その間は攻撃が来ない。
(思った通りだ。再生と攻撃は同時に出来ない…!)
再生した右腕と左腕で剣を握り、レギンは大きく踏み込む。
「『魔竜剣・伍式』」
未だ再生中のアルベリヒの胴から上を斬り飛ばそうと、大振りの一閃が放たれる。
再生する肉に阻まれ、それは敵わなかったが、黄金の刃はアルベリヒの肉を大きく抉った。
(いける…! このまま反撃する隙を与えなければ…)
肉体の復元に集中し、動きが止まるアルベリヒ。
更に追撃をしようとレギンは剣を構え、接近する。
「ッ…!」
その瞬間、レギンは自身に迫る影に気付き、急いで後方に飛び退いた。
先程までレギンが居た場所に、二つの影が現れる。
それは、二体のドラゴンだった。
見覚えのある紋様を体に刻んだその二つの影の正体は、
「ザッハークとオルム…?」
人形のように表情の無い二体。
その姿形は、かつてレギンが戦った六天竜に酷似していた。
「六天竜のクローンだと? そんな物まで作っていたのか…!」
グンテルは驚愕に目を見開く。
ザッハークとオルム。
確かにこの二体の死体は王都に回収されており、アルベリヒが実験材料にしていることは予測していた。
だが、まさか自身の護衛用にクローンまで生み出しているとは。
「おいおい、悪夢かよ…!」
「慌てるな! 幾らクローンとは言え、その能力までは再現できない筈…!」
冷や汗を浮かべるレギンにグンテルは叫ぶ。
どれだけ外見が本物に似ていても、その竜紋は再現できない。
今、レギンの前に居るのはよく出来た魔力人形に過ぎないのだ。
「―――」
クローン達が動き出す。
言葉は無く、感情の無い顔で機械的にレギンへ襲い掛かる。
「チッ!」
オルムのクローンが放つ拳を躱しながら、レギンは舌打ちをする。
本物のように七星拳を用いることは無いが、その身に宿した魔力は本物以上。
振るわれる拳は魔力で強化され、掠っただけで肉体を粉々に破壊する。
「―――」
拳を躱したレギンへ今度はザッハークのクローンが迫る。
その三つの首が伸縮し、レギンの両腕を絡め取った。
「この…!」
剣を握った両腕を封じられ、レギンは至近距離から蹴りを放つ。
しかし、大量の魔力を帯びたクローンの身体は微動だにしない。
多少はダメージが入っている筈だが、痛みすら感じないのかクローンの表情に変化は無かった。
「くそっ、離…ッ!」
ずぶり、とレギンの背から音が聞こえた。
動きの止まるレギンの背後には、アルベリヒが立っていた。
「心臓を、握り潰した」
レギンの背から血に濡れた腕を引き抜きながらアルベリヒは呟く。
クローンの拘束から解放されたレギンの身体が力なく崩れ落ちる。
「…うん? こいつ、まだ生きておるな」
倒れたレギンを見下ろしながら、アルベリヒは少し意外そうに言った。
心臓を潰されたドラゴンは即死する筈だが、レギンの身体は未だ再生を続けていた。
「…まあいい。肉体を全て喰らってしまえば終わりだ」
すぐに興味を失ったかのように、アルベリヒは竜の首をレギンへ向ける。
例えレギンが心臓を潰されても死なない体質であろうとも、関係ない。
その血肉を余すことなく取り込む。
「アルベリヒ…!」
竜の首がレギンに喰らい付こうとした時、声が聞こえた。
聞き覚えのある声。
戦えもしないくせに、レギンと共に現れた愚かな息子。
ゆっくりと振り返るアルベリヒの視界に入ったのは、白刃。
常に持ち歩いていた杖に仕込まれた銀の剣。
「グン、テル…」
「終わりは、貴様の方だ!」
どれだけ膨大な魔力を持っていてもアルベリヒの身体能力、反応速度は常人と変わらない。
レギンの血肉を喰らうことに意識を向けていたアルベリヒは、回避が間に合わない。
「―――ッ」
白銀の刃が、アルベリヒの胸を貫いた。




