第百十八話
『グルァァァァァ!』
「チッ! 次から次へと…!」
王都を襲うドラゴンへスティレットを投擲しながら、エーファは呟く。
魔力自体は六天竜とは比べるべくも無い弱さだが、数が多い。
最初に聞いた話では二十と言うことだったのに、現在は三十を超え、四十に届こうと言う所。
明らかな異常事態だ。
(それに、このドラゴン達は…)
ドラゴンの心臓を撃ち抜きながらエーファはそれを観察する。
王都に襲来したドラゴン達に変わった所は無い。
よく見るタイプの野良ドラゴンである。
しかし、
(何で、全部同じ姿をしているの?)
そう、ドラゴン達はどれも同じ姿形をしていた。
王都を襲う四十近いドラゴン全てがだ。
ドラゴンだって生き物なのだから、個体差は必ずある。
それなのに、全てが写し取ったかのように全く同一の姿。
(まさか、このドラゴン達もクローン?)
クリームヒルトのクローンのように、このドラゴンも作られた生命なのだろうか。
だとすれば、このドラゴン達は外から呼び寄せられたのではない。
アルベリヒがひそかに生み出し、使役していたのだ。
『グルァァァァァ!』
「ッ!」
思考に集中していたエーファの前に、大きく口を開けたドラゴンが現れた。
その喉の奥から炎が見え、エーファは身構える。
(ブレスが来る…!)
まともに受ければ、エーファであっても重傷は避けられない。
エーファは『電磁万有』を発動させ、回避行動を取る。
「『屠竜一閃』」
だが、ブレスが放たれる直前、ドラゴンの身体が一太刀で両断された。
絶命したドラゴンの遺体を踏み締め、その男は笑みを浮かべる。
「はははは! しばらく見ない内に、王都も随分と治安が悪くなったじゃねえか!」
「フライハイト…!」
「おうよ! ヴィーヴルも居るぜ」
けらけらと笑いながらフライハイトは後ろに居たヴィーヴルを指差した。
「………」
ヴィーヴルはあまり王都の様子に興味が無いのか、ぼんやりと空を見上げている。
「何で王都に…?」
「何日か前に王都へ戻るように通信があってな」
通信機を手の中で転がしながらフライハイトは言う。
「グンテルの奴がヴィーヴルのことも不問とする、とか言うから帰ってきてみれば、何だこの騒ぎ?」
グンテルはヴィーヴルの存在を把握していた。
だからこそ、近々アルベリヒと事を構えることに備えるべく、フライハイトを王都に戻すように手配していたのだろう。
「まあいい。事情は分からねえが…」
そう言うと、フライハイトは魔剣を握り締め、ドラゴン達を見上げた。
「俺の名を上げる絶好の機会だな! 行くぞ、ヴィーヴル! 英雄になるぞ!」
ヴィーヴルを従えてフライハイトは駆け出す。
詳しい事情になど興味は無い。
王都を襲う竜がいると言うなら、それを討伐するのがドラゴンスレイヤー。
英雄らしい行動を求めるフライハイトにとって、当然の行動だった。
「『魔竜剣・弐式』」
レギンの放った四つの斬撃がアルベリヒを切り刻む。
それはアルベリヒの血と肉を斬るが、骨までは届かない。
(浅いか…)
ならば、とレギンは思い切り地面を踏み締め、跳躍する。
両手で剣を構え、体重も乗せて振り下ろす。
「『魔竜剣・肆式』」
アルベリヒの頭蓋骨を砕き、そのまま全身を両断するべく力を込めるレギン。
竜の鱗を持たないアルベリヒの肉体は、常人と変わらない強度しか無い。
渾身の力を込めたレギンの一撃を受けたアルベリヒの身体が果実のように潰れる。
「ッ…」
だが、レギンの刃はアルベリヒの身体を両断する前に止まった。
異常な速度で再生するアルベリヒの肉に押されて、刃が止まってしまったのだ。
「くそっ…!」
盛り上がる肉に引き摺り込まれた剣から手を離し、レギンはアルベリヒから距離を取った。
やはりあの再生力は厄介だ。
恐らく、竜と同様に心臓が弱点なのだろうが、そこまで刃が届かない。
多少のダメージでは一秒と掛からず復元される上、致命傷を負わせようとしても攻撃の途中から肉体の再生が始まる。
(唯一幸いなのは、その魔力を再生にしか使っていないことか…)
膨大な魔力を使って攻撃を連発されれば、苦戦していただろうが幸いなことにアルベリヒはそれをすることは無かった。
こうしてレギンが攻撃していても、反撃すら殆どない。
複数のクローンを喰らって六天竜すら超える魔力を手に入れているが、ベースは人間のアルベリヒのままなのだろう。
(防御面では不死身に近いが、攻撃面ではそうでもない、のか?)
新たな黄金の剣を生み出しながら、レギンは思考する。
防御を捨て、全魔力を使って攻撃すれば、アルベリヒの防御を突破できる筈…
「…ふむ。中々強力なドラゴンのようだ、な」
アルベリヒは肉体を完全に再生しながら、独り言のように呟いた。
「その魔力があれば、実験の成功率が上がるかもしれん…」
ボコボコとアルベリヒの左腕が変化する。
それは、竜の頭部だった。
アルベリヒの左肩からアンバランスに生えたドラゴンの首。
ガパッと開いた口が、レギンへと向けられる。
赤黒い光が、その口内に収束する。
「コイツ…!」
レギンの顔が青褪めた。
この怪物、ブレスを使うことも出来たのか。
アルベリヒの魔力はティアマト以上。
大地を削り取ったティアマトを超える威力。
(回避が、間に合わな…)
「『ブレス』」
血のように赤い光が、その空間を埋め尽くした。




