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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
六章 ラインの乙女
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第百十七話


「…この先だ」


旧竜血研究所に隠された階段を前にして、グンテルは言った。


階段は長く、先には暗い闇が広がっている。


侵入者を撃退するような罠は存在しないが、どこか不気味な気配が地下から漂っていた。


「…案内はここまでで構わないぞ?」


「馬鹿を言うな。私も向かうに決まっているだろう」


気を遣うようなレギンの提案に、グンテルは不機嫌そうに言う。


「心配せずとも、足手纏いにはならない」


コツ、とグンテルは手にした銀の杖で地面を突いた。


グンテルも何の準備も無くこの場に居る訳では無いようだ。


「行くぞ」


短くそう告げ、グンテルは足を進めた。








鋼鉄の扉を開き、目に入ったのは赤。


吐き気を催す程に竜血と魔力が充満した悍ましい空間。


「………」


その中心に、狂王は立っていた。


レギン達に背を向け、ただ目の前に浮かぶ水晶を眺めている。


「アルベリヒ…!」


グンテルは怒りの形相で叫んだ。


名を呼ばれた狂王は、ゆっくりと振り返る。


「お前は…グンテルか。ようやく、余に協力する気になったのか?」


「協力だと? ふざけるな!」


グンテルは地に転がる失敗作のクローンを見た後、アルベリヒを睨みつけた。


「クリームヒルトは死んだ! 貴様はその死を冒涜しているだけだ!」


「…何を言う。クリームヒルトは死んでなどおらん」


アルベリヒは鈍く光る赤い眼でグンテルを見つめる。


「確かに肉体は多少腐ってしまったが、その魂はまだ残っている。ここに」


アルベリヒの背後にある赤い水晶。


その中には瞼を閉じたリンデによく似た少女。


それはクリームヒルトの遺体だった。


死して尚、供養されることなく装置に組み込まれたアルベリヒの娘だった。


「肉体だ。新しい肉体さえ用意すれば、クリームヒルトは蘇る。余は、余はその為に…ゴホッ!」


大きく咳き込むアルベリヒの口から血が零れる。


死人のような顔色で、アルベリヒは縋るように水晶を見上げた。


狂気の果てに見つけ出した暗い希望。


寿命などとうの昔に尽きていながら、それでもこの世に執着する理由。


「老人の妄言に付き合う気は無いぜ。リンデはどこだ?」


レギンは黄金の剣を向け、アルベリヒに言う。


「…『アレ』は器だ。クリームヒルトの新たな肉体となる」


そう言ってアルベリヒは赤い水晶に繋がれたフラスコの一つを見る。


他と違い、竜血に満たされていないそれの中には、意識を失ったリンデが入れられていた。


「アレは素晴らしい。あの器にクリームヒルトの遺体から抽出した魔力を全て注ぎ込めば、クリームヒルトは蘇る。今度こそ…今度こそ!」


アルベリヒの口元に暗い笑みが浮かぶ。


最早正気など欠片も残っていない。


知性も記憶も、全て喪われていた。


「…妄言に付き合う気は無い、と言った筈だ」


レギンは地面を蹴り、一気にアルベリヒへ距離を詰めた。


狂ったように笑うアルベリヒの首を一太刀で斬り飛ばす。


歓喜の表情を浮かべたまま、アルベリヒの頭部は地を転がった。


「まだだ…! 油断するな!」


グンテルの声が響く。


レギンの前で、頭部を失ったアルベリヒの身体がボコボコと波打った。


「チッ! コイツ、本当に人間かよ!」


不気味に蠢く肉の塊にレギンは左腕を向ける。


「『ブレス』」


左手から放たれる黄金の閃光。


光輝く灼熱はアルベリヒの肉体を焼き払う。


「…何?」


だが、完全に消滅させるには至らない。


ダメージが無い訳ではない。


だが、それよりも再生が速い。


レギンのブレスが肉塊を削り取った所から再生が始まり、深部まで届かない。


(どういうことだ…?)


攻撃の手を止めたレギンの眼の前で、アルベリヒの肉体が再生していく。


(この再生力、下手すると六天竜並み…)


否、六天竜であってもダメージを受けていた筈だ。


攻撃を受けてから再生するのではなく、受けながらでも再生できる再生力。


そんなことが出来るとすれば、六天竜以上。


無限に等しい魔力が無ければ…


(無尽の、魔力…?)


ハッとなり、レギンは肉体を完全に復元させたアルベリヒを見た。


「お前…!」


そう、無尽の魔力。


それはラインの乙女の性質だった筈。


人間であるリンデには、肉体を無尽蔵に再生することなど出来ない。


だがもしも、


無尽の魔力を持つリンデを、ドラゴンが喰らったら。


魔力が続く限り肉体を再生できるドラゴンが、無尽の魔力を手に入れたら。


「…ラインの乙女とは、ファフニールの竜血を最初に浴びた者」


かつて不死と呼ばれたファフニールの底無しの魔力。


それを奪った者、引き継いだ者がラインの乙女だ。


「ファフニールがラインの乙女を狙うのも当然のこと。かつて失った力を取り戻す為だ」


ラインの乙女がドラゴンスレイヤーを生み出すから、と言うのは建前に過ぎない。


本当の理由は、ラインの乙女を喰らうことで不死だった頃の自分に戻る為。


千年以上も諦めることなくラインの乙女だけを狙い続けた。


「ファフニールはラインの乙女を喰らうことで、無尽の魔力を得られる」


「………」


「では、人間はどうだろうか? 人間がラインの乙女を喰らった場合、その力の一端でも得ることが出来るだろうか? 性質をコピーしたクローンの場合は?」


「ッ…! まさか、お前クローンを…!」


「殺して喰らったよ。所詮は器にもならなかった失敗作。構わんだろう」


暗い笑みを浮かべるアルベリヒから魔力が放たれる。


底知れない膨大な魔力。


クリームヒルトのクローンを喰らって得た力だ。


「実の娘を喰らったのか…! 悪魔め…!」


「失敗作は失敗作だ。肉の塊に過ぎん。この肉体を補強する必要もあったしな」


憎悪の眼を向けるグンテルに対し、アルベリヒは平然と返した。


アルベリヒの身体を覆う包帯の隙間から腐った肉が見える。


既に寿命の尽きた肉体を無尽の魔力で無理やり補強した結果、人外に成り果てているのだ。


「竜を滅ぼす者をドラゴンスレイヤーと呼ぶならば…」


ボコボコとアルベリヒの左腕が変化し、巨大な口に変わる。


「竜の魔力を喰らう余のことは『ドラゴンイーター』と呼ぶが良い」

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