第百十四話
正直、初めから気に食わない奴だった。
『…はじめまして、グンテル様』
邪竜襲来から暫くして、父が一人の男を連れてきた。
ジークフリート。
邪竜との戦いで命を落としたジークムントの一人息子だった。
自身を犠牲にして王都を護ったジークムントへの償いとして、アルベリヒは彼を王城に引き取ったのだ。
『………』
王城にやってきた当初は、一日中訓練をしているような愛想の無い奴だった。
こちらが何と声を掛けても反応が薄く、何者にも興味が無いように見えた。
『………』
しかし、いつからかジークフリートは年相応の感情を見せるようになった。
きっかけは恐らく、クリームヒルトだろう。
グンテルの知らない内に知り合っていた二人は、いつの間にか親しい友人になっていた。
研究が忙しく、最近は殆ど塔に顔を見せなかったグンテルの代わりに、ジークフリートがクリームヒルトの話し相手を務めていた。
『ジークフリートが…』
『またクリームヒルト様と…』
家臣の間でも、それは話題となっていた。
今まで、家族以外の男と関わったことの無い純粋な妹だ。
ジークフリートとクリームヒルトの間にある物が、友情だけでは無いことは薄々気付いていた。
それを知った周りの反応は、それほど悪い物ではなかった。
ジークフリートは英雄の息子であり、十四を超える頃には魔剣を使いこなした。
いずれは王女の相手としても相応しくなるだろう。
それどころか、王の座すら狙えるのではと思う者まで居た。
魔力の才能が無く、部屋に篭って研究ばかりしている王子よりも、
ジークフリートの方が王の後継者に相応しいのでは、と。
『…ッ』
グンテルは、居場所を奪われた気分だった。
孤独な妹を慰める立場を、いずれ偉大な父の跡を継ぐ立場を、
グンテルは何も成せていない。
数年続けた研究も、何の成果を得られていない。
同じ英雄の父を持ち、同じ年の男だと言うのに、どうしてここまで違う。
劣等感を覚えずにはいられなかった。
『気にすることは無い。グンテル』
そんなグンテルを見かねて、アルベリヒはそう告げた。
『誰が何と言おうと、余の後継者はお前だ。ジークフリートではない』
『…父上』
『お前はいずれこの国の王になる男だ。ならば人を妬むよりも、人を認めることを覚えるのだ』
アルベリヒはグンテルの肩に手を置き、前を指差す。
そこには、楽しそうに笑い合うジークフリートとクリームヒルトの姿があった。
『彼はお前の大事な妹を、そして多くの人々を護る英雄となるだろう。それでいいじゃないか』
王には王の、英雄には英雄の在り方がある。
力で劣るからと言って、妬む必要も憎む必要も無いのだ。
『…そう、ですね』
グンテルは父の言葉に大きく頷いた。
ジークフリートは様々な外敵からクリームヒルトを護る。
クリームヒルトの身が安全となることは、喜ぶべきことなのだ。
だからグンテルはジークフリートに抱いていた嫉妬心を抑えた。
何の心配も要らない、と自分を納得させた。
それなのに…
『………』
十三年前、二度目の邪竜襲来。
邪竜に奪われたクリームヒルトは命を落とした。
ジークフリートは、あの子を護ることが出来なかったのだ。
「来たか」
走ってきたレギンとエーファを前に、グンテルは言った。
「おい! リンデの居場所を知っていると言うのは本当か!」
「…歩きながら話そう」
問い詰めるレギンの顔を一瞥した後、グンテルは二人に背を向ける。
コツコツと銀の杖を突きながら歩くグンテルの横に二人は並んだ。
「最初に聞いておくが、貴様達はあの娘についてどこまで知っている?」
「どこまでって…」
「…五年前に田舎の老夫婦に預けられ、それ以前の記憶が無いってことくらいか」
困惑するエーファの代わりにレギンは知っていることを答えた。
その答えにグンテルは表情も変えずに口を開く。
「あの娘を老夫婦に託したのは私だ」
「え…?」
「何だと…?」
初めて聞く事実にレギンとエーファは表情を変える。
「五年前、私は王都からあの娘を連れ出し、老夫婦に託した。安全に、暮らせるようにな…」
作り話、とは思えなかった。
淡々と続けるグンテルの声には、隠し切れない感情が宿っていたからだ。
「私は、出来るだけあの娘を王都から離したかった。誰の眼にも触れることなく、静かに暮らせているならそれで良かった」
しかし、そうはならなかった。
成長したリンデは王都まで来てしまった。
父を探して、ドラゴンスレイヤーにまでなってしまった。
「…ハーゼの一件の時は好都合だと思った。貴様が危険なドラゴンであると判断されれば、あの娘がドラゴンスレイヤーとなることは無い」
「ハッ、そうなればきっとリンデは実家に帰っていただろうな」
「…その方が良かった。こんなことになるくらいなら」
ギリッ、とグンテルの口から音が聞こえた。
その顔に憤怒が浮かんでいる。
心から怒りを抱いているのは、自分自身とリンデを連れ去った者。
「何故このタイミングで行動を起こしたのかは分からんが、あの娘を連れ去ったのは間違いなく奴だ」
「…奴?」
「………」
レギンの疑問の声には答えず、グンテルは足を止めた。
目的地に着いたからだ。
「ここは、廃墟か?」
「旧竜血研究所。今の場所に移動する前の竜血研究所だ」
三人の前には、古びた建物が存在した。
窓は割れ、壁にもひびが入った廃墟。
旧竜血研究所。
「ここに、あの娘が居る筈だ」
「でも、ここって国が管理している筈では?」
エーファは思わず呟く。
既に使われていない場所とは言え、竜血研究所は国の重要機関だ。
誰でも入り込めるような場所では無い筈だが。
「だからこそ、だ」
「どういう…」
「…あの娘を連れ去ったのは、この場所を自由に使うことが出来る者。この国で最も強い権力を持つ者」
グンテルは忌々し気にその名を呼ぶ。
自身の父親の名を。
「国王アルベリヒ、だ」




