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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
五章 悪竜
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第百二話


生まれ落ち、最初に感じたのは『恐怖』だった。


腐った泥土から顔を出し、初めて目にした世界全てを恐れた。


この広大な空に比べ、自分は何て矮小なのか。


心臓を締め上げるような恐怖を抑える為、ただ貪欲に力を求めた。


人間を喰らい、同族さえも喰らい、たった十年でワームからドラゴンへと進化を果たす。


その急激な進化の代償か、翼を持たない異形へと成り果ててしまったが、別に構わなかった。


俺には『竜紋』があった。


喰らった存在を吸収し、自らの力とする能力。


ドラゴン共通の弱点である心臓さえも複製できる不滅の力。


コレさえあれば、俺は誰にも殺されない。


俺は何物にも怯えず、永遠に生き続けることが出来る。


この恐怖から解放されるのなら、どれだけ醜い異形になろうと構わなかった。


それなのに…


『コレは、珍しい個体だな』


俺は、奴に見つかってしまった。


それは正に死神そのもの。


戦うことも逃げることも赦されない絶対的な死。


『クハハハ、この俺でも初めての経験だぞ。自分以外の竜紋を見るのはな』


『………』


『お前にも、我が竜血をくれてやろう』


逆らえる筈が、無かった。


俺は何の抵抗も出来ず、ファフニールの竜紋を刻まれた。


『お前には一つ良いことを教えてやろう。コレは、他に竜紋を与えた者にも教えていないことだ』


ファフニールは冷めた表情を浮かべて、そう言った。


『竜紋とは、お前の内部に埋め込まれた俺の竜血だ。それは俺の意思一つで、いつでも自在に動かせる』


竜紋はドラゴンを強化する祝福では無い。


その甘い餌で隠された正体は、首輪。


ファフニールが目を付けた強力なドラゴンを縛る鎖。


『お前の命は俺の気分次第と言う訳だ。理解したか?』


『………』


それから、地獄の日々が続いた。


いつファフニールの気まぐれで殺されるか分からない毎日。


俺は恐怖に震えながら、奴隷のように従い続けた。


例えるならそれは、命綱を他人に握られたまま暗い谷底を見続けるような日々。


気が狂いそうになるような地獄を、俺は数百年も味わった。


『………』


そして、あの日が訪れた。


ファフニールがジークフリートに倒された。


人間の英雄が、あの邪竜を滅ぼしたのだと。


俺は狂喜した。


やっと、あの恐怖から解放された。


もう誰にも支配されることは無い。


俺は自由になったのだ。


だが、


『お前が、ザッハークか?』


恐怖は、すぐにまた現れた。


ティアマト。


ファフニールに次ぐ魔力を持つドラゴン。


勝てる筈がない。逆らえる筈がない。


ファフニールと長く行動を共にしていた、と言う理由で俺は今度はティアマトの奴隷となった。


『ッ…』


俺は絶望した。


ファフニールが居なくなっても、何も変わらない。


弱者である俺は、強者に支配され続ける。


『俺は…』


この世にドラゴンが居る限り、俺に自由は無い。


ならば、全てのドラゴンを殺し尽くそう。


人も竜も、神すらも俺を救わないと言うのなら、救えるのは己だけ。


『俺は救われるんだ! 俺自身の手で!』








「………」


消える。


ザッハークが今まで奪ってきた命が。


弱い自分を補強してきた力が。


消える。


左肩から生える竜の首に隠した心臓が。


自身の命を守る最後の砦が。


「…ッ!」


胴を両断され、ザッハークの身体が崩れ落ちる。


しかし、本当の心臓は壊されていない。


まだだ。まだ死んでいない。


「ザッハーク!」


それに気付いたレギンは、黄金の剣を手に走り出す。


この戦いに決着を付ける為。


ザッハークに止めを刺す為に。


「あ、あ、ああああああああァァァァ!」


恐怖から、ザッハークは絶叫した。


かつての地獄が蘇る。


ファフニールに対する恐怖に身体が震える。


このままでは殺される。殺されてしまう。


逃げなければ(・・・・・・)


「~~~ッ!」


ザッハークは自身の肉体を切り離し、泥土に変える。


底なし沼のようなそれをレギンに纏わせ、その隙にザッハークは翼を使って逃走した。


「くっ、逃がすか…!」


ここまで追い詰めて逃がす訳にはいかない。


纏わりつく泥土を払い除け、レギンは急いでそれを追った。








「ッ!」


歪な翼が生えたワームのような姿になりながらも、ザッハークは必死に翼を動かす。


死にたくない。死にたくない。


どんなに惨めでも、醜くても、生きていたい。


この恐怖から、逃れたい。


「…な」


その時、動かしていた翼を何かが貫いた。


背後を振り返る余裕も無く、ザッハークはバランスを崩して地上へと墜ちていく。


「ぐ、お…!」


町外れの廃墟に突っ込み、弱った身体を叩きつけられる。


心臓は無事である為、すぐに再生するが速度が遅い。


肉体の大部分を切り離したことで、魔力不足に陥っていた。


「…人間だ。人間を喰えば、魔力を回復できる」


そうすれば全て元通りになる。


何度でもやり直せるのだ。


「そうは、させない」


「!」


後ろから聞こえた声に、ザッハークは急いで振り返る。


そこに居たのは、レギンでは無かった。


追い付いたわよ(・・・・・・・)。ザッハーク」


「…お前は」


ザッハークは目の前に立つ女、エーファを見て安堵と嘲笑を浮かべた。


「丁度良い。お前を喰って、魔力を回復させてもらうとしようか」


ザッハーク自身も弱っているが、エーファの体も万全とは言えない。


レギンの血で傷は塞がったようだが、ザッハークから受けたダメージはエーファの体に残っている。


手負いの女一人、容易く殺せる。


「舌なめずりをする前に、周りを見たらどう?」


「…周り?」


エーファに言われ、ザッハークは周囲に視線を向ける。


辺りに散らばっているのは、ザッハークが落下した時に破壊された廃墟の残骸。


長椅子に、古ぼけた本、巨大な十字架。


「…ここは」


そこでようやく、ザッハークは理解した。


この場所はただの廃墟では無い。


寂れた物だが、教会だった。


まるで、十五年前を再現するように。


「『天罰』は、追い付いた」


エーファは静かに、黒いスティレットを握り締める。


「天、罰…!」


その言葉に、ザッハークは青褪めた。


有り得ない。


そんな物はこの世に存在しない。


存在しないのだ。


もし神なんてものが実在するのなら、ザッハークはあんな地獄を味わうことなど無かったのだから。


「滅竜術『電磁万有フライクーゲル』」


エーファの手からスティレットが投擲される。


真っ直ぐ心臓を狙ってきたそれを回避し、ザッハークは空高く飛び上がる。


「フッ…!」


ザッハークを見上げ、エーファは逆の手に隠し持ったスティレットを握った。


(ギリギリまで引き付けてから、狙い撃つ…!)


エーファの身体を黒い雷が纏う。


自身と魔弾を反発させ、ザッハークの心臓を穿つ。


(今…!)


頭上にまで迫ったザッハークを睨みながら、エーファは魔弾を放つ。


魔弾はザッハークの心臓を貫き、その命を絶つ。


…その筈だった。


「…キヒヒ」


ザッハークの顔に嘲笑が浮かんだ。


盾にするように前に突き出したザッハークの右腕。


泥のように溶けた右腕に浮かぶのは、懐かしい顔。


死人のように青白い肌をしているが、間違いなかった。


それは、十五年前に殺されたエーファの…


「ッ!」


動揺からエーファの手が震える。


ザッハークの心臓を貫く筈だった魔弾は、ザッハークの脇腹を掠めて空へと消えてしまった。


「ヒャハハハハ!」


攻撃を外したことをエーファが理解するより先に、ザッハークの足がエーファを踏み付ける。


「が、あ…!」


骨が砕ける音が聞こえた。


口から血を吐きながら、エーファはザッハークを睨む。


「お、前…!」


「感動の再会に言葉も出ない、ってか?」


ザッハークはエーファの姉、エレナに変えた右腕を振りながら嗤った。


「甘ェんだよォ! 人間!」


元の形に戻した右腕を振り上げながら、ザッハークは言う。


終わりだ。


頭を砕き、その肉を喰らう。


やはり天罰なんてものは…


「『電磁万有フライクーゲル』」


ザッハークが腕を振り下ろすよりも先に、足蹴にされたエーファの体から黒い火花が放たれる。


骨が砕け、腕を動かすことすら出来ないにも関わらず、エーファは諦めていなかった。


(…こいつ)


その眼は希望を失っていない。


まだ心が折れていない。


(どこを、見て…?)


エーファの眼は、ザッハークを見ていなかった。


見ているのは、ザッハークの後方。


空だ。


「ま、さか…」


嫌な予感が浮かび、ザッハークはゆっくりと振り返る。


眩い太陽の光の中、漆黒の点が見えた。


それは『魔弾』だった。


狙いを外して空高く飛んでいった魔弾が、墜ちてくる。


磁力によってエーファ自身へ引き寄せられ、戻ってくる。


「報いを受けろ、ザッハーク!」


瞬間、魔弾がザッハークの肉体を貫いた。


エーファが全魔力が込められた魔弾は、肉も骨も突き破り、その心臓を破壊する。


「く、そ…」


最後の心臓が壊され、ザッハークの身体が力なく倒れる。


段々と迫ってくる死を感じながら、ザッハークは空へ手を伸ばした。


天罰など存在しない。


神など存在しない。


しない筈、だったのに。


「ちくしょう…俺の時は、助けなかったくせに、よォ…」


それが最期の言葉だった。


憎悪の眼で世界を睨みながら、ザッハークは絶命した。

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