第十話
幼い頃から、自分は特別な存在だと感じていた。
ドラゴンを知らない頃から多くの魔力を身に宿し、
誰かに教えられる前から魔力を扱うことが出来た。
私は他人よりも強い力を持っている。
だから、この力をより多くの人の為に役立てたいと思うようになった。
『私、王都へ行って騎士になりたい』
ある日、育ての親であるお爺さんとお婆さんにそう告げた。
反応はあまり良くなかった。
特にお爺さんは強く反対し、私は生まれて初めてお爺さんと喧嘩した。
それでも私の決意は固かった。
半ば喧嘩別れするように、私は村を出た。
『………』
王都での日々は、色々あったが充実していた。
偶然、現役のドラゴンスレイヤーと知り合う機会に恵まれ、滅竜術を伝授された。
基本となる四種の滅竜術を会得した後、私は一度故郷へと戻った。
立派になった自分を見せて、お爺さんに認めてもらいたかった。
しかし、
『…戻ったのか』
再会したお爺さんは、布団で寝たきりとなっていた。
私が村を出るまでは元気に歩いていたお爺さんの足は、どす黒く変色していた。
『………』
ワームが、現れたらしい。
森に材木を採りに行った時に、偶然ワームの巣を見つけてしまったのだ。
村には若い男が居なかった。
だから、村の皆で協力して退治したが、その際にお爺さんはワームの毒息を浴びてしまったらしい。
幸い、命に別状は無い。
だが、毒を浴びたその足は、永遠に元の機能を取り戻すことは無いのだと言う。
『―――ッ』
私のせいだ。
この村で最も強いのは私だった。
私が村に居たのなら、ワームぐらい倒せていた。
少なくとも、誰かが怪我を負うような事態にはならなかった筈だ。
私がお爺さんの言うことを無視して村を出ていったから、お爺さんは一生癒えない傷を負うことになってしまった。
『………』
ドラゴンの血液は、あらゆる傷と病を治すと言う。
それを手に入れればお爺さんの足を治すことが出来るかも知れない。
なら、私のすることは決まった。
私はドラゴンを退治し、人々を救う為に村を出たのだから。
「…ん」
ぱちり、とリンデの瞼が開く。
どうやら眠っていたようだ。
ライヒが用意してくれたご馳走を少し食べ過ぎてしまい、部屋で休んでいたのだ。
横になっていただけのつもりだったが、いつの間にか寝てしまっていた。
窓の外を見ると、まだ空には月が出ていた。
「レギン…?」
隣のベッドに目を向けるが、レギンの姿が無い。
リンデが寝る前までは居た筈だが、どこへ行ったのだろうか。
割と常識を知らないレギンがライヒに迷惑をかけていないと良いのだけれど。
「こんばんは…もう寝てしまいましたか?」
がちゃり、と扉が開く音と共にリーリエが顔を出す。
「起きているけど、レギンは居ないみたいだよ」
食事中に聞いた話では、同い年らしいのでリンデは普段より少し砕けた口調でそう言った。
「あ、そうなんですか」
親しくなってもリーリエの口調は変わらなかったが、コレは多分そう言う性格なのだろう。
「では、リンデ様。二人きりで少しお話をしませんか?」
「いいけど、この部屋で?」
「いえ、今日は月が明るいので、お外に出ませんか?」
無邪気な笑みを浮かべて言うリーリエに、リンデは困ったように頬を掻いた。
リーリエは過保護なライヒに外に出ないように言いつけられているのだ。
熊に襲われかけたことも相俟って、食事中も厳しく注意されていた。
「外出は禁止されていなかった?」
「お父様は私が一人で外出することを禁じられたのです。二人なら問題ありません」
「良いのかなぁ…」
見た目は大人しそうな雰囲気の少女だが、リーリエは意外とお転婆だったようだ。
自信満々にそう言われては、リンデは強く反対することが出来ない。
まあ、何かあれば自分が何とかすればいいか、とリンデはリーリエと共に屋敷を出た。
「調理していない生肉、でございますか?」
夜の厨房で屋敷に仕える使用人は困惑したように呟いた。
「出来れば採れたてが良い。死んでから時間の経った肉は、魔力が落ちる」
食事を終えたばかりだと言うのに厨房へ現れたレギンは、淡々と要件を告げる。
「は、はあ? それで一体何をするのですか?」
「食べるに決まっているだろう」
「え? ま、まさか、生で食べる気ですか!?」
「最初からそう言っている」
「お腹壊しますよ!?」
無茶苦茶なことを言う客人に使用人は思わず叫んだ。
使用人から向けられる奇異の眼は気にせず、レギンはマイペースに厨房を物色していた。
人間の食事はドラゴンの口に合わない。
味付けがどうこうの話以前に、料理に含まれる魔力が足りなすぎる。
魔力を含まない肉の塊など、どれだけ喰っても腹は満たされない。
「れ、れ、レギンさん! ここに居ましたか!」
「…ん?」
勝手に冷凍庫を開けていたレギンは、その声に振り返る。
「リーリエを、娘を見ていないですか!?」
息を切らせながら、ライヒは叫ぶ。
「部屋に居ないんです! リンデさんも!」
「二人でどこかへ出かけたんじゃないか? 朝までには戻るだろう」
「だ、駄目なんです!」
「?」
尋常じゃないライヒの様子にレギンは首を傾げた。
顔は青褪めており、滝のような汗を流している。
ただ娘が見当たらない、と言うだけでここまで心配するだろうか。
「夜は危険なんです! 特に、ここ最近は…!」
「だ、旦那様、お嬢様はもしかすると」
ライヒ同様に真っ青な顔をした使用人が震える声で告げる。
「『イーリス』を探しに行ったのでは…?」
「ッ!」
その名前を聞いてライヒの体が僅かに震えた。
「おい、さっきから何の話をしている? 俺にも分かるように説明しろ」
「す、すいません! 一緒に来て下さい!」
ぐいっとレギンの腕を引き、ライヒは慌てて走り出した。
付いていかなければ説明はされない、と考えてレギンも渋々それに続く。
「…イーリスと言うのは、この村に住むリーリエの友達だった少女です」
走りながらライヒは口を開く。
「だった?」
「ええ、一週間程前に行方不明になったのです」
ライヒはその少女を思い出し、沈痛な面持ちを浮かべた。
「実は、コレが初めてでは無いのです。数か月前から、度々若い娘が行方不明となっていて…」
「………」
行方不明、とは妙な話だ。
一人二人ならともかく、連続するのは偶然では有り得ない。
況して、対象が全て若い娘であるなど狙ったとしか思えない。
「リーリエは、次々と同年代の娘が消えていくことに心を痛めていて」
村で親しい者達が自分を残して消えていく。
残されたリーリエは、どれだけ傷付いていたのだろうか。
そして、最後に友人であるイーリスが行方不明となったことで限界を迎えた。
一週間前に居なくなった友人を見つけ出す為、リンデを巻き込んで外へ出ていったのだろう。
(関係ない人間が何人死のうが興味は無いが…)
自身の記憶の鍵となるリンデを失う訳にはいかない。
「………」
それに加えて、レギンは少し気になることがあった。
この屋敷に来た時から感じていた魔力。
村を包み込む魔力の正体を。