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殺伐としたこの世界から放たれて  作者: きんぎょくさん(金玉燦)
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第5話~このアマの説法はやたら長いし長吟味~

サンマの頭も信心次第。こうなったからには姐さん、一生ついて行きますわい。


「あのな、姐さん。一言ええか。」

「…どぞ。」


 澱んだ空気の立ち上る、白き神殿の片隅で反省会が繰り広げられていた。なぜか女神様は正座、八木澤は…膝に手を乗せ肘を張り、いわゆる安座?の体勢をとっていた。極道が手本引きでもするかのような床座である。洋風な顔立ちの癖に女神様も上手に床にお座りできているようだ。なかなか珍しい光景である。


「火をつけられてから、あの世に行くまで、わずか5分。これでどう生き直せるんで?」

「…戻す加減を間違えました。たまには、ね?」

「本当に頼みますぜ。」


 女神様の透徹した視線によると、アルシオーネの場合、死の直前に重要な分岐が見えるらしい。そのため、何度も条件を変えて八木澤の逐次投入が行われていたのだが…。どうやら少し投入時期を間違えたらしい。火あぶりの最中に意識を戻された八木澤はヤクザの癖にみっともなく悲鳴を上げ、グルグルと転げ回り、会場中を火の海にと変え、多くの級友たちを巻き込んで、最後は駆けつけた宮廷魔導消火隊により沈静化されたのだった。


「回復魔法」


 ポツリと女神様がつぶやく。次回の逐次投入は回復魔法に決定したようだ。まぁこの世界では魔法も一つの技術として確立している。回復魔法が起死回生の一手になるか。


「儂、既に回復魔法持ちなんですわ。ほれ、どこぞの王子やった時、チョロチョロと使っちょったじゃろが…。そんなのあってものぅ」


 八木澤は現在、転生の繰り返しで身につけた全スキル、知識等々を無理矢理魂に乗せた状態にある。転生するたび、様々な職業やら知識やらを身につけたため、器用貧乏ながら凄いことになっていた。


「勇者回ですね。あのときはかなりの魔法の才があったのに、貴方はなぜかいつも夭逝してしまって…」


 あの時も何度も何度もやり直させてみたけれど、結局だめだったのよね、と女神は少しあきらめが入っていた。何度も何度も箱庭をいじり、あとちょっとで生き残るように工夫したのだが、結局、最後は魔族に実験材料にされて人生を終了する回だったのだ。


「む、あれは勇者じゃったか!少しもいい目みておらんのう」

「まぁ大抵10才までに魔族にさらわれてましたものねぇ」


 本当はさらわれて後ち、魔族の大賢者ノクラハーンに気に入られ、助命。養子兼弟子とされて魔法を徹底的に仕込まれる流れにあったのだが、八木澤氏は初期の段階でドコまでも抵抗し、自爆魔法で城兵もろとも消し飛ぶ最期を選んだのだった。

 城兵の中には後の勇者パーティに連なる剣士や魔法士なども居たのだが、王子奪還作戦中に改めて出会う宿命に設定されていたのだ。まずは王子に一度さらわれて貰わないとどうにも話にならない。 


「あれはあれでストーリーが気に入って、選んだ世界だったのですけれど…」

「ガラをさらわれたら、あとはいたぶられて惨めに死ぬだけじゃ。惨めに死ぬより華々しく逝かにゃ、侠が廃る!」


 その後、女神の権能をまともに使い、無理矢理、さらわれるように運命介入するも、この八木澤王子、どうあってもノクラハーンとそりが合わない。本当は師弟の暖かい交流、父と子としての熱い交流のようなものがあり、最期は父子対決して涙ながらの別れ…があったはずなのに、そこに八木澤の魂をぶち込んだだけですべてが崩壊した。で、最期はまぁ人類魔獣化計画の実験材料である。魔力が異常に強く、事象変換効率も良い個体だったため、ノクラハーンとしても研究が実にはかどったらしい。


「そんなことよりも回復魔法。最後、使ってましたよね?」

「ああ、使ったぞ。意識が戻った直後から使っちょったが、どうにも効きがわるくてのぅ」


 八木澤によれば、最後の最後に急に効きが良くなったらしい。苦しんで苦しんで転げ回るしかなかった臨終ではあるが、最後の数瞬だけ痛みが引き、みるみる身体が再構築されたのだそうだ。女神様が映像を確認すると確かに最期は二足歩行している。炭化した身体で急に起きあがり、両手を前ならえの状態にして、のそのそ前進したのだ。


「おお、シュウシュウ言いながら身体が治っていくぞ?なんじゃこりゃあ?」

「消火隊の皆さん、これターンアンデット掛けてますね」


 消火魔法の合間にどこからか、ターンアンデットが飛んできている。まぁこの状態で生きているのもまともじゃないし、こんな状態から回復魔法が効くのもそもそもおかしい。亡者判定されてもしかたないのかもしれない。しかしそれにしても…。


「消火隊の魔法も急に効きがよくなりましたね」

「そうかのう」

「気のせい、というレベルじゃないでしょ、これ」


 女神様は空中で指ををくるくると回すような仕草をし、映像を巻き戻した。ちょっと止めてはチョイチョイと指先を動かし、視点を切り替えたり、ちょっと再生したりして難しい顔をしている。こうしてお仕事顔をすると、この女神様(無免許)はなかなかに神々しい。話しかけづらくなった八木澤は、とりあえずしばらく寝ることにした。


*                 *              *


 安座の姿勢のまま、そっと横目で女神様の様子を窺うが、特に何も言ってこない。あれから2~3日は優に経っているようだ。こうなると居眠りモードより本就寝の方が八木澤としても寝やすい。さて、女神様の前で横になるのは不敬罪になるのか、否か。どうしたものか。

 八木澤は案外、その辺は礼儀を心得ている。組の月寄りの席で居眠りしたこともない。月寄りも皆出席のまじめな組員なのである。この神殿内では肉体的な問題は特に出ないので、腰が痛くなったり、背筋が凝り固まったりすることもないが、気分的には横になって寝ていたい。


(仮就寝~掛けてくれぬかのう)(糞まじめに仕事しちょるのう)


 二度寝すべく、八木澤は目をつむる。寝ようと思えば何年でも眠り続けられる。それがここ、神殿の間のあり様である。無宗派女神の特有の能力と言うわけでもない。おそらくこういうのが神様の世界の普遍的なあり方なのだろう。八木澤はこんな世界で体感250年過ごしている。まじめに魂の切磋琢磨をしている堅気の皆さんに申し訳ない。などとうつらうつら考えていると頬をチョンチョンと付かれた。 


「汝、迷える子羊よ。行き詰まり懊悩する哀れな魂よ、妾の前にその罪科を指し示せ」


 チョンチョンされた左の方を向くと、自信あふれる女神様(無免許)が後光を背負って浮かんでいた。その表情は慈愛に満ちあふれ、なにやら自信に溢れている。こういうパフォーマンスに出たと言うことは、結論がでたのだ。しかもいつもの間違っちゃったパターン。やれやれ、と八木澤は思いつつも女神様に敬意をもって応ずることにした。


「ハハァ」


 平伏した八木澤の姿を見て、女神様は一瞬きょとんとした顔をした。基本、八木澤は乗りが良い。女神の前振りにはなんのてらいもなく、いつでも応じられるし、信者霊として答える準備がある。まぁ、もともとそういう男なのだ。「一度、ゲソを脱いだ以上、姐さん、一生ついていきますわ」というやつである。ノリと勢いだけの信仰心である。まぁ信仰心…。もともと無神論者とは言え、目の前に顕現された以上、女神様としてお慕い申し上げねばなるまい。存在自体はともかくも否定できなくなった。信心せざるを得まい。


「ハハァ」


 目の前の女神様が女神らしくあろうとするのならば、のってやるのが信者霊というものだ。親が黒いといったら白いものでも黒くなる、そういう世界に八木澤は居たのだ。再度、平身低頭崇め奉ってみると、女神様は居心地悪そうに身じろぎをした。


「こほん」


 咳払い一つで、居ずまいを正すと女神様は説明を開始した。この解説は微に入り細にいり、どうせ長くなる。平身低頭のまま、八木澤は意識を飛ばした。親分の説教と違い、木刀が飛んでこない分、ゆっくりできる。子分とか信者とか要領よくいかにゃのう。額を床に擦りつけ、三角についた両手で気道を確保し、八木澤は意識を睡眠学習モードへと切り替えたのだった。

しかしこのアマ、説法ながいのう。わしゃ、脳みそかゆくなってきたわぃ。


※「月寄り」…月に一度の寄り合い。これに組員は必ず出なくてはならない。

※「仮就寝」…刑務所に務めた経験があれば、解説するまでもない。

      この号令が掛からねば、寝てはいけない。勝手に横になったら懲罰である。

※「サンマの頭も信心次第」…鰯の頭も拝んでおけば、そのうち有り難くなってくるという皮肉。

             八木澤はイワシは大嫌いなのでサンマ、サンマともっぱら読んでいる。

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