第3話~渡世の義理でもう一度セーブポイントからやってみる~
渡世の義理で今生を全うしたは良いが、三途の川の向こうでは親分が「てめぇ、こっちに来たらしょうちしねぇぞ」と怒り狂っている。あん親あっての子の儂じゃ。地獄の鬼がなんと言おうとも渡っちゃいけねぇ。儂は帰るぞ。帰らにゃ親分に顔向けできねぇ。小舟の上から兎にも角にも降りるしかねぇ。よくわからねぇが船頭を蹴り飛ばして次の船に飛び移る。そしてまた飛び移る。八艘飛びで現世に舞い戻ったるわ。おらおら罷り通らせい。ゲシッ。
「うん。馬鹿はもっぺん死んでなおそっか」
あと僅かで岸辺にたどり着く。ドリャアと叫んで小舟から飛び出した。まさにその瞬間、岸におった婆の櫂の一振りを脳天にくらい、グルグルと意識の底まで落ちていった。(だれが婆やねん!?)なんか言うとる奴がおるが、もうどうでもええ。
* * *
「はい、ストーップ」
暗闇に浮かぶ女神の間では、これまでの反省会が綿密になされていた。『ファーストコンタクトから今までの失敗、その経緯と原因を探る!!』などと横断幕まで掲げられている。意外とこの女神様(無免許)は子供っぽい趣味をしているようだ。空中には映像が投影されるがごとく、八木澤克明(48)の最初の死人人生が流れていた。
「うん?どうした。」
八木澤は諸肌を脱ぎ、背中を女神様に見せつけている。ガマカエルの上になにやら人が乗っている絵が描いてある。その絵の中のガマの様な笑みを口角に浮かべ、優しく八木澤は女神に問うた。
「ここ。重要な分岐点じゃありませんか」
「最初の最初。死んですぐじゃねーか。何か問題があるかのう」
女神様は微笑んで淑やかに言う。
「私のこと、こんな風に見えてました?」
八木澤は、半分、ああまたか、と思いつつ、丁寧に答えてやる。
「ああ。こうなんていうか、女船頭というか、脱衣婆というか」
「奪衣婆、ですね。うーん。これはもしかして…やはりあなたは…」
「なんだ、言うてみぃ」
「仏教徒ですよね。そうですよね」
やたらと明るく、如何にもせいせいしたと言うような声で、自称女神様(無免許)はにこやかな顔を見せた。「あんたはうちの取り扱いではない」と暗に言いたいようだ。しかしそうは問屋は卸さない。一度ゲソを脱いだ以上、意地でもあんたに付いていく。そんな訳のわからない感情を抑え、八木澤はあえて冷静に答えた。
「仏なんてなぁ。みたことねーからなぁ。いねーんじゃねーのか?」
「じゃあ、なんでこんな風に見えて居るんですか。もろ仏教説話の世界観じゃないですか。」
「そういわれてものぅ。」
「ああ、煮え切らない。煮え切らない男。ほんとヤダヤダ」
「あんたも大概、地が出てきちょるのぅ」
まぁもう遅い。今、現状で八木澤の魂の取り扱いはこの、自称女神様(無宗派)なのだから。これはもう決定事項である。よくわからんが、そういう仕様らしい。最初の仕分けの段階でこうなったら、最後まで責任をもつ制度なのだそうだ。人間の魂ともなると、あの世では高級品。そう簡単に廃棄処分にはならないらしい。リデュース、リユース、リサイクル。いわゆる3Rの神界指針である。
人は死ぬとその宗派の世界に自然と行く。そのように信じた世界を魂が自ら作り出す、という側面もある。いずれにせよ、そうした各宗派の天国は無数にあり、それぞれ切磋琢磨してさらに魂を磨き込んでは、さらに転生を繰り返し、物質世界とも精神世界ともにさらなる進化を目指す、というのがこの世の仕組みらしい。いんやあの世か?ともかく色即是空、空即是色。あの世もこの世もすべては一つの事象に過ぎないのだ。
「ほらほら。やっぱり色即是空とかって言ってるし。仏教徒と見たっ!」
…ともかくそのような仕組みの中、八木澤の魂は行き場を無くしていた。これは何も珍しいことではない。いかに人間の様な高級霊魂と言えど、自らを見失い、死して後ちの行き場が見つからぬ、ということも多々あるのだ。無信心、無宗教で中道を信念として来た者の魂の負の側面である。宗派の教えに凝り固まった魂というのも取り扱いが面倒ではあるが、こうしたむしゅうき
「おーい。あなたの女神様ですよぉ。無視しないでください~。」
…。女神様がこの250年のうちにどんどん庶民めいてきた。親しみ易いというか。八木澤はたまに馬鹿そうな顔をする女神を横目でジロリと見た。まあこういうところが可愛い気がある、とか考えてみる。
「ポッとなると思いました?残念ながら、そこはごめんなさい、ですわ」
どこから出したのか、女神様はお茶を啜っていた。番茶のようだ。八木澤の分も淹れてそっと差し出してくる。案外、気の利く娘である。ポッ。
「ポッ」
「う、うーん。これは突っ込んだら負けちゃう感じなんでしょうね…スルーで。」
まぁさすがの年の功であろう。いや、間違えた。女神様は女神様だけにお歳はとりにならない。当然のことである。永遠の存在、永遠の17才なのだから。
「そういうフォローも要りません。ここではすべてが筒抜けになるのですよ。」
「それは知っちょるが、ならその黒い殺気もやめてくれんかのぅ。チャカを突き付けられよったときより、怖いんじゃが…」
じゃれ合うのはもうやめましょう、との女神様の鶴の一声で、一時ストップされていた八木澤の人生劇場が再び再生された。粛々と人生は進んでいく。
* * *
最初の死の直後、魂の浄化のため、説明もなく、いきなり転生させられた。最初の転生先はどこかの世界の錬金術師の師弟だったようだった。八木澤はもうよく覚えてすら居ないが、最後はどうもまた不遇の死を迎えたようだ。特に見るに値しない。八木澤どおりの平凡な人生だった。死体は無数の針が刺さり、手足はもげ、そのまま葬儀すらされずに谷にうち捨てられた。
「まぁ、最初の死よりはましですのぉ。最初のはチャカでケツの穴ぶち抜かれて脳髄その辺に散らかして、そのままマンホールにうち捨てられましたけんのぅ」
「中途半端にあなたの意識を残したのがまずかったのかしら」
「白い粉作って、かなり儲けはしたんで、儂としては充実した一生でしたわ」
「…」
* * *
問題はこの後ちである。この世界から回収された錬金術師の魂は八木澤克明(48)のままであったのだ。なんの初期化もされていなかった。満足して死んだだの、本人は充実した人生だのと言っているが、はっきりいって失敗だ。何かやり残したこと、心残りが有ったに違いない。抜き出した魂がそのまんま、八木澤克明(48)の姿で有ったとき、女神様は絶句した。こんな事例は初めてみた。普通、ひとつの人生を終えるとその形は大きく変わる。なのにこの男は…。
女神様は最初の面談を実施し、本人が男が男として生きていける社会を強く希望したため、二度目はとある王国の第一王子として生まれ、戦乱の世を強く駆け抜けるような設定になった。しかしここからが八木澤の真骨頂、女神様の悲劇の始まりである。女神様は情けないと涙にくれ、八木澤は八木澤で「儂は儂であることをやめられませんからのぅ」と何処か誇らしげである。
* * *
三度目の人生でも、八木澤は横死した。その後、繰り返すこと数十回。転生先を工夫し、本人のスキルを高機能に改造しても、何が何でも人生を全うするように人生のひな形に介入しても、すべからく横死。ここまで来ると何かに呪われているとしか思えない。最後は禁忌の手段、性別も転換し、魂の性格改変まで行った。それでも婚約者の恨みを買い、実の弟に押さえつけられ、最後は大広間で公開火葬である。父が国王の懐刀と言われた、公爵家令嬢としてはなかなかに穿った最期である。
八木澤の希望でその後の世界というのも少しサービスで覗いたのだが、怒り狂った公爵が国王に反旗を翻し、王国は滅亡、王子をとらえ我が子共々、宦官としたらしい。ライバルであった男爵家令嬢は、どこかに逃げだし、次に表舞台に出てきたときは隣国の大使夫人であった…という笑えない逸話まで見せてくれた。
(この男爵令嬢、すさまじいまでのハイスペックである。最期は大国の王として人生を終え、一段上の霊魂としてリデュースされたようだ。今はどこかで天使か精霊王でもやっているのに違いない。)
* * *
こうして女神様は八木澤の250年分の人生の断末魔を聞き、ため息ながらにこう提案した。
あなたの場合、意識を消したり、魂の初期化を行ったとしてもどうにもなりません。こうなったのは、よくわかりませんが、新しい世界、新しい環境へと次々に転生させたのが原因かもしれません。
ならば、次はすべての記憶とスキルと持ったまま、再度この世界に、この時点に転生させてはどうなるでしょうね。その方がいっそ楽しくないですかね、と。
「うーん。それはちょっとどうかのぅ。もうなんか投げやりになっちょらんか?」
「聖女と言われた、この私の性格をそのまま魂に違法コピーして、みんなに慕われるような設定にして、どうしたって絶対に幸せになる環境にしたのに、こんな公開火あぶりですからね。さすがにもう、私もネタ切れですっ。この世界で我慢してください!」
こうして八木澤は、女神様の提案に従い、もう一度、公開火あぶりセーブポイントから人生を謳歌することと成ったのだった。しかしあの性格は女神様の性格じゃったのか。なかなかに良い性格じゃのう。