第1話~頼むから まともに生きて死んでね~
極道として死に、令嬢として生きる。
「八木澤ぁ、こりゃどういうこっちゃ、どないするつもりや」
(儂の後頭を膝で押さえ、横山がまたゴチャゴチャ言うとりますのぉ。)
まともな生活をしていれば、庶民は絶対に陥れないような危機にまたしても八木澤は陥っていた。ここまでくるとやらかしもまた、芸術の閾にあるものだ。平成小林一家三代目横山組の事務所では今日も今日とて若い衆のエンコが何本も飛んでいた。中小規模である総勢30人。これだけの規模の組ではさして上の覚えもめでたくはない。よくある三次団体、といった体だ。
「おどれぇ、こん俺に恥じば掻かせて、生きていられるち、おもうなや!」
横山は顔を青くして、どなり込んでいる。親分、儂、そっちの耳は聞こえんのですわ、と八木澤はケツにチャカを突っ込まれながら微笑んでいた。ここで死ぬならそれも良い。かつて八木澤が侠と慕い、身体を張った親はもうこの世にはない。
(刑務所務め中の代替わりで杯を直した親がこれじゃ、生きていても儂ャア極道の芽がもうないわい。)
グリグリとケツの穴に押し込まれるレンコンの銃口が思いの外軽く、短いのに八木澤は気がついた。儂、ケツの穴が広がったのか?ううん?
(オッとこれマルイのモデルガンじゃねーか)
(指つめのマサと呼ばれ、内部では恐れられている横山正人君)
(おどれの底も見えたのぉ)
折角、死ねそうな場面なのに、と八木澤は落胆した。この腐れ親分はもうどうにもならん。ヤクザだったら4の5いわず、ケツからチャカ突っ込んだら、即座に脳髄ふきとばさんかいっ!心のなかでさらに毒づいた男は嘆息して命乞いをする。命乞いしてやらねば、この親分がまた恥を掻く。八木澤克明は義理堅く、心優しき極道であった。
「親分、堪えたってください。儂が行って先方と話します。儂がナシつけてきます」
ケツの穴に突っ込んだチャカを引き抜くと、横山は銃尻で八木澤の額を殴りつけた。しばらく手近にある灰皿やら、倚子やらでボコボコにヤキを食らわした。
(こん程度じゃ、まだまだ親分のメンツはたたんちゅうことですかいの?)
いい加減やめてほしいのぅ、心の中でぼやきながら八木澤は血まみれで命乞いをした。
「どうか殺さんでください。必ずお役にたちますけん」
横山という男は、兎に角メンツに拘るヤクザである。どこまでやったら「流石親分」と恐れられるのか、周りの目をつねに気にする。まったく暴力を振るうにもやめるにも周囲を伺う面倒な男である。その満足する最後まで八木澤はやりきった。
人生なかなかうまくいかない。
「言葉の確認」
※レンコン→リボルバー 回転式弾倉がレンコンの切り口のように見えるから。
※極道→道を究める侠 ヤクザ、暴力団とは少し違うがやってるシノギは似たようなもの
※シノギ→その日、その日の生活をしのぐためにするアルバイト